第29話 涙の告白

 テーブルの上に『グレービーボート』が静かに置かれた。

 その魔法のランプのような形をした容器はソースポットとも呼ばれるうつわのようだった。ほ~、アニメとかでしか見たことないぞ、こんなの。

 それと小さな銀の小皿がいくつか。

 スパイスの利いた香りただようカレーが美味そうだ。

 ご飯とナンが届き――どうやら俺がナンを、倉片さんはご飯の方を選んでいたようだった。



「本場のインド料理って感じだね」

「そうだね、キョウくん。ナンとかはじめて見たよ~」


 テニスのラケットのような形をしたパン。そうだな、普段ナンとか食わないしな。俺自身もはじめてだ。

 ちぎってカレーにつけ、食べながらも俺は“二番目の理由”を聞いた。


「続きを頼む」

「……あ。そうだったね、でも食事のあとがいいかな」

「そうだな。分かった」


 どうやら重め(?)の話になりそうだ。今は楽しい食事をしよう。



 ◆



 様々の味のインドカレーを楽しんだ。どれもこれも味が違い楽しめた。濃厚のうこうで美味かったなぁ……。

 倉片さんも満足してくれたようで花火のフィナーレのような笑顔がえなかった。俺はそんな彼女の笑みを見られただけで幸せだ。



「あ~、美味しかった。キョウくんの選んでくれたインドカレー店最高だったよ~」

「たまたまだけどね。インド人の店員さんもフランクでデザートをおまけしてくれたし」

「うん、いいひとだった」



 街灯に照らされた夜道を歩く。都内にしては人の気配はまばらで、少しさびしげだ。けれど、俺としては今この瞬間ときがたまらなく嬉しい。不思議で神秘な高揚感こうようかんに支配されたような気がした。


 ――ああ、そうか。金を稼いで美味いものが食える。しかも、倉片さんのような可愛い女の子と一緒。なんて最高なんだ。この為なら地下強制労働だってするねっ。



 近くに公園があり、そこで少しだけ休憩きゅうけいすることにした。



 闇夜の中で煌々こうこう明かりLEDを灯す自販機。その前に立ち、コーヒーとコーラを購入した。

 ドコンと音を立てて缶が落下。取り出し口から取り出し、コーラを倉片さんに差し出した。


「はい、おごり」

「え。キョウくん、わたしがコーラ好きっておぼえてたんだ」

「当然だよ。高校の時、よく飲んでいたのを目撃したからね」

「うれしい」


 本当に嬉しそうに目を細める倉片さんは、缶を両手でにぎる。俺の偉大なる息子コルトパイソンも――あ、いや、いかんな。今は想像すべきではない。



「――で、二番目の理由なんだが」

「そうだったね。んと、これはありがたちな理由なんだけど“借金”がね」

「マジで。詳しく聞いても?」


 近くにあるベンチに腰掛け、飲み物を一口。それから倉片さんは神妙しんみょう面持おももちで理由を話してくれた。

 まさか結構な金額があるのだろうか。


「実は高校卒業後にある事業やろうと思ってね、失敗しちゃった」

「え……。事業って、会社を作ったの?」


 うん、とうなずく倉片さん。まさか経営者をやっていたとは。高校卒業と同時にやるとは、凄い行動力だ。普通はそれなりの会社に就職して、それなりに稼いでからやるものだと思っていたが……。


「ネイルサロンをね。でも、上手くいかなかった」

「へ、へえ。ネイルって、つけ爪とかのアレだよね」


「そう。スカルプチュアって言うんだけどね」



 女性の世界だなぁ。男の俺には分からん。

 だけど、調べてみるネイルサロンはありふれた存在らしい。割と都内や地方にもあるらしく、そして需要じゅようもあるようだ。知らなかったなぁ。


 しかし、ネイルサロンを立ち上げていたとはね。

 その失敗によって結構な借金を背負ってしまったようだ。それでお金を返すために“立ちんぼ”というわけか。


「そうだったのか。そりゃ返済に追われて大変だよな」

「うん。でも、キョウくんのおかげで少しは返せているよ」


「といっても全然足りていないんじゃ……。こう言ってはなんだけど、俺程度の支援ではすずめの涙というか、完済かんさいには程遠いんじゃ?」



 こくっと静かにうなずく倉片さんは、ちょっとだけ涙目になっていた。……やっべ。そんなつもりはなかったのだけど。しかし、困っているようだな。



「……うん、まだたくさんある」

「ちなみに、残りいくらあるの?」



 おそるおそる聞いてみた。すると。



「い、いちおくえん…………」



 …………へ。


 ――――スゥ。



 えーっと……んーっと……。倉片さんは今、なんと?




 いちおくえん?


 一億円?



 一億円!?



「なにぃッ!?」

「…………あぅ、ごめん」



 ついに涙をこぼす倉片さん。そんなに借金があったの!?

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