第26話 倉片さんから握られただけで……

 編集部屋へまねき、まずはペットボトルのお茶を出した。

 キッチンにあるものは自由に使っていいらしいので、遠慮えんりょなく飲み物をいただいた。


 丁度、のどかわいていたので緑茶でうるおす。



「今日も来てくれてありがとう、倉片さん」

「ううん、いいの。昼間はやることないし~」

「そうなんだ?」

「夜の仕事がメインだからね」


 それもそうだった。昨晩はまさに『見学店』で働いているところをリアルタイムに目撃し、直に体験してしまった。


 つい尾行びこうしてしまったが――後悔こうかいはしていない。むしろ、倉片さんの置かれている状況を知れて良かった。いい機会だから、この際ハッキリさせておかねば。

 これからこの会社で働く以上は尚更なおさらに。



「倉片さん、少し重めな話があるんだが」

「……う、うん。なんか怖いな」


 俺の真剣な視線を感じ取ったのか、倉片さん少し構えていた。

 多少引かれるだろうが、覚悟の上だ。少しでも正しい方向へ導いてやれるのなら……言うしかない。


「確か、見学店で働いているって言っていたよね?」

「そうだね。あ、もしかして興味ある~?」


 と、倉片さんは俺がまだ利用したことがないと思っている。当然か。お店はマジックミラーになっているから俺の存在なんて知るよしもない。



「実は、昨晩なんだけど利用した」

「え?」


「倉片さんの後をつけてしまったんだ。すまん、自分でもキモいと思う。でも、知りたかったんだ」



 謝罪しゃざいも交えながら、けれど俺は素直に本音を告白した。



「そうなんだ。ううん、別にキモいとか思ってないよ。あ、もしかして……あの時のお客さん? 60分コースの!」



 ハッと思い出したのか、倉片さんは『コース』で俺を特定した。それで分かるのかよ!


「そ、そうだけど、なんで分かった?」

「うーん、なんとなく」



 と、倉片さんは怒るでもなく笑った。不快感を示すことなく、むしろ利用してくれて嬉しいとまで言ってくれた。

 こりゃ意外だな。

 指名が入れば、それだけ稼げるという。

 しかも時間の長い方が女の子は喜ぶという。ほーん、そういうものなんだな。



「それで、なんだが……。見学店を辞められないかな? 要望なんだが、こっち専門にして欲しい」



 この会社の専業として働いて欲しいと俺は頭を下げて懇願こんがんした。そのまま土下座する勢いで。これくらいの誠意せいいは必要だ。



「いいよ」

「え?」


「いいよって言ったの」



 めちゃくちゃアッサリ!

 まさかこんな簡単に返答を貰えるとは思いもしなかった。完全に予想外だったぞ。

 てっきりキモイ、最低、クズなどとののしられると俺は思ったんだがな。しかし、そうだった。倉片さんは昔からノリが良いのだ。そういう性格であることを失念していたな。



「じゃあ、この会社で……!」

「うん。見学店はどのみち辞めるつもりだったよ。だってほら、立ちんぼの方が稼げそうだったし。でも、キョウくんと再会したからさ」



 俺が支援していた分で、それで十分稼げているという。

 この会社に所属してギャラが貰えるのなら、乗り換えてもいいと言い切った。さすが倉片さんである。脱帽だつぼうだよ。



「ありがとう、倉片さん」

「いいんだよ。わたし、キョウくんと一緒に働ける方が楽しいし」

「マジか! 嬉しいこと言ってくれるな~」

「だってさ、知らない人よりも知っている人の方がいいじゃん」



 その意見には同意だな。俺もどちらかと言えば知り合いの方がヤりやすくていい。そもそも、倉片さんとの体の相性はバツグンなのである。

 何度ヤっても最高だし、幸せを貰える。

 あと百回ヤっても足りないと思う。

 俺はまだまだ――いや、倉片さんを無限に愛せる。



「決まりだな! 伊勢崎さんに言って契約も結んでもらうけど、いいよね?」

「もちろん。じゃ、今晩で見学店は辞めちゃうね」


 あと“立ちんぼ”も引退すると宣言した。その方がいいだろう。知らない男とヤって欲しくない。今後は俺だけでいい。

 俺も倉片さんしか興味ないし、ずっとヤりたいと思っている。

 ああ、でも伊勢崎さんと織田が『仕事』を求めてきたら……仕方ないが。



 これで正式に決まった。



 今後、倉片さんはこの伊勢崎さんの会社で“専属”だ。主に俺と個人撮影ってところになるかな。まれに伊勢崎さんと織田と撮影することになるかもしれんが。今後話し合おう。



「よろしくね、倉片さん」

「こちらこそ! わたし、一生懸命いっしょうけんめいがんばるからねっ」


 仕事熱心なのは昨日の見学店でよく分かった。倉片さんは、えっちな事に関しては手を抜かないし、事務的でもないし、常に全力。男を満足させてくれる女神タイプだ。


 もっと別のお店で働いていたのなら、常にNo.1嬢だったろうな。



「じゃ、また試し撮りしていこっか」

「昨日の感じでやればいいんだよね」

「そそ。俺まだカメラワークとか下手でね。その辺り改善していきたい」

「分かった。がんばろうね」



 手を優しく握られ、俺の偉大なる息子コルトパイソンは一瞬で暴走モードに突入した。……いかん、我慢できねえ。


 って、いかんいかん。稼ぐ為にキチンとした映像を撮らねばならんのだ! ただヤればいいってモンじゃない。倉片さんの一挙手一投足いっきょしゅいっとうそく、甘い声や細かい仕草しぐさ、いやらしいテクニックも全てカメラに収めていかねば。



 撮影開始――!

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