第15話 危なかった

 下着姿となった伊勢崎さんにおそわれた俺だったが、さすがに止めた。いくらなんでも、突然すぎんだろ!


 面接でいきなり脱ぐとか意味分からん! ……いや、そういうAVがあった気がする。S〇Dだったかな。


 そして、なぜか正式採用となり、なぜか入社祝いに50,000円が貰えた。

 こうなっては逃げられないな。いや、そんな不義理ふぎりをかますほど落ちぶれてはいないが。


「いいんです? もらっても」


 下着姿のままの伊勢崎さんに問うと「祝いだからね」と簡単にね返された。採用された以上は……まあいいか。

 月収もかなりいいし、ヤって稼げるのなら悪くないな。

 しかも相手は伊勢崎さんと織田。二人とも美人で可愛いし、胸も大きい。最高じゃないか。



「今日はどうします?」

「帰っていいよ」

「へ」

「この後、配信があるからね。キョウくんはまた明日ね」



 そういうことか。えっちな配信なのだろうか……気になるな。

 内容を知りたい気もしたが、邪魔しても悪いので帰ることにした。


「では、また。お先に失礼します」


 挨拶を済ませると、伊勢崎さんは「うん、おつかれ」と。織田も「オツ~」と短く返してきた。……織田に関しては後でいろいろ聞かねばな。



 ◆



 気づけば日が沈んでいた。

 今晩は倉片さんとは会えない。……寂しいな。


 などと悲しみに暮れていると、スマホにメッセージが入った。その送信者の名を見て俺は歓喜した。


 倉片さんじゃないか!



【やっぱり会いたくなっちゃった。今晩、いつもの場所でどうかな】



 なんてこった! 用事があるとかで無理だったはずが、オーケーになってしまった。なんということだ。断る理由なんて皆無かいむ。大地震が起きようが、雷や槍が降ってこようとも俺は向かうぞ。


 直ぐに返信した。



【嬉しいよ。じゃあ、向かうよ】


【よかった。急でごめんね】



 まさかの連絡に俺は心の中でガッツポーズ。ついでに叫んだ。



 いやっほおおおおおおおおおおおおぅ!!!



 今日はなんて良い日だ。

 動画編集者の仕事に採用されて月収三十万以上が保証されたし、入社祝いで50,000円を貰ってしまったし、用事で会えないはずの倉片さんとは会えることになった。

 今なら神を信じられるな。



 時間まで飯を食ったりして時間を潰した。


 ――時刻は十九時。いつもの時間に迫ってきた。



 ……わぁ、なんだろう。ソワソワしてきた。

 いつも緊張しているけど、それ以上だ。まさか会えるとは思っていなかったし、俺自身、倉片さんとずっと会いたかった。


 軽い足取りで俺は夜の街を闊歩かっぽする。

 今日は可愛い女の子とよくすれ違う。その隣には明らかに不釣り合いな中年男性。あの感じは交渉が成立したのだろうな。

 きっとあのまま大人なホテルへ消えていくのだろう。


 もうこの辺りは“立ちんぼ”の聖地だ。


 空気が変わって独特な雰囲気に包まれる。今夜も多くの若い女性が立ち並ぶ。おぉ、今日はレベルが高そうだぞ。……マスクしていて分からんけど。

 けれどスタイルは分かる。うん、細くてみんな綺麗きれいだ。

 もし、倉片さんが用事で来られなかったのなら、俺は別の娘と商談していたかもしれない。今日はそれほどまでに質が高そうに見えた。


 女の子が立ち並ぶ道を俺はゆっくりと前進していく。倉片さんは……どこだ?


 探している最中だった。



 赤色灯が見えるや、複数のパトカーが停まった。中からわらわらと警察官が出現。立ちんぼの聖地へ猪突猛進ちょとつもうしんしてきた。



 ……やっべ、取り締まりだ!



 それに気づいた女の子たちは一斉に逃げ出す。


 お、おいおい……こんな時にマズいって。


 倉片さんが大変なことになる。



 探さなきゃ……今直ぐに!



 猶予ゆうよはほとんど残されていない。

 逃げ惑う女の子たちの中を探さなければ……どこだ! どこにいる!?




「倉片さん! どこにいる!!」



 思わず叫ぶ俺。すると反応があった。




「キョウくん、こっち! ――きゃあ!」




 一歩遅かった。倉片さんは警察官に取り囲まれ、捕まっていた。……チクショウ!

 だけど、俺は諦めないぞ。彼女を補導なんてさせない。



「ちょっと待ってください」

「なんだね、キミ」

「その子は俺の連れで……立ちんぼココとは関係ないですよ」


「そうは見えなかったけどね。この場所に立って並んでいたように見えた」

「いや、歩いていましたって! たまたま待ち合わせ場所にしていただけで、彼女は無関係ですよ」



 俺は必死に警察官を説得した。しかし、渋すぎる顔をされて、むしろ疑われまくった。くそう、警察官はこういう時は融通ゆうずうが利かないというか!


 だけど、それでも俺は訴えた。


「だがねえ~…」

「彼女と俺は付き合っているので!」


 ハッキリと言ってしまった。


 すると倉片さんもうなずいた。


 それでいい!




「本当かね? ここで金銭のやり取りはなかった?」

「ありません。キョウくんは彼氏ですっ」



 恥ずかしそうに――でも、動揺をなるべく抑えて倉片さんは告白するように、自白した。よかった、俺のハッタリに乗ってくれた。これで乗り切れるかもしれん。




「……健全に付き合っているならいいがね。こんなところにいたら間違われても仕方ないよ。今日のところは見逃してあげるけど、次回はそうはいかない。気を付けて」


「は、はいっ!」



 倉片さんは安堵あんどしていた。俺も心の底から脱力して『よかったぁ……』と何度も何度も反芻はんすうした。


 なんとか誤解(?)は解けて解放された。警察官は引き続き、取り締まりへ向かった。


「よ、よかった。倉片さん……」

「う、うん。キョウくんいなかったら危なかったよぅ……」



 やや涙目で倉片さんは呆然ぼうぜんと立ち尽くす。ギリギリセーフだったな。

 となると今夜のホテルは自重じちょうしておいた方がよさそうだ。単純なデートといこうかね。

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