第10話 立ちんぼの聖地で起きた事件

 労働中は、倉片さんのことばかりを考えていた。

 昨日きのうのこと、一昨日おとといのラブホでの一件を思い返していた。

 息遣いきづかいや肌の感触……思い出しただけで下半身が痛い。



 時間は経ち、俺はまだ日銭ひぜにを稼ぐ為にスキマバイトを応募していた。ちょうど十五時頃に近所のコンビニが募集していた。そこへ向かった。

 接客はできれば避けたかった。しかし、たったの一時間労働にも関わらず、やたら報酬が良かったので入れてしまった。


 向かうとすぐに若い女性店長が現れた。

 歳は二十歳はたちくらいだろうか。ギャルで店長とは……なんだか珍しいというか。もしかして、ここ家族経営のフランチャイズなのか?



「キョウくんだね、よろしく」

「よろしくお願いします」

「コンビニ経験あるんだね?」

「ほんの少しですが」



 そう、俺は高校時代に“三十分だけ”コンビニのアルバイトをしていたことがあった。しかし、あまりに接客が向いておらずバックレたわけだが。

 あの時のわずかな経験のおかげで、今回はスキマバイトという形で応募する勇気は得られた。

 果たして業務をこなせるのか未知数すぎるが、金の為にがんばるしかない。

 一時間で『5,000円』は上手すぎるだろう。


 現在、店長しかおらず猫の手も借りたい状況だったらしい。なるほどね。



「じゃあ、さっそくレジを頼むよ」

「分かりました」

「うむ」



 コンビニといったら接客しかない。

 しかも、都内だからやたら人の出入りが激しい。こんな陰キャぼっちの俺でも対応できるかどうか……。

 ええい、ここは心を無にして働くしかないッ。


 倉片さんの為に!!



 半分ヤケクソになった俺は、さっそく接客をはじめた。手と声がブルブル震えて、明らかにヤバイ人になっていた。



「……い、いらしゃませ?!」

「チキンください……」



 お客さんであるサラリーマンは引きまくっていた。……うあああぁぁ、俺ってば! クソぉ! プライベートで相手が女の子なら、少しはマシに会話できるし、動けるんだけどなぁ。

 やっぱり、労働の接客はキツいぜぇ……。


 こうなったら、ここは“立ちんぼ”と思うしかない。相手も美少女に変換して対応すればいい。ああ、そうすることにしたッ!


 すると不思議なくらいに対応できるようになった。



 なんとか地獄の一時間を終えた俺……。死んだ。



「…………うぅ」

「大丈夫かい、キョウくん」



 女性店長である伊勢崎いせざきさんは苦笑しながらも、報酬をスキマバイトアプリ内に付与してくれた。

 そこにはきちんと『5,000円』の数字が。

 こりゃ美味すぎるな!



「ありがとうございます、店長」

「君、本当は接客業苦手でしょ」

「……分かりましたか」

「まあね。キョウくん、犯罪者みたいな動きしていたし」



 ですよねえ……。自分でもどうかと思った。でも、バックレることなく最後まで働ききったことは自分の事ながら、よくやったとめてやりたい。



「では俺は行きます」

「また機会があったらよろしく」



 ギャル店長・伊勢崎さんと別れた。

 あのコンビニの募集があったら、またやってみようかな。高報酬は魅力的みりょくてきすぎる。



 ◆



 日が落ちた頃、スマホにはめずしく倉片さんからメッセージがあった。


【今日どうする~?】


 三日連続で労働と夜のいとなみ。さすがの俺も体力的にきびしいのだが――しかし、この関係がいつ終わるかも分からん。

 倉片さんの気が変われば連絡すらも取れなくなる日も来るかもしれない。


 人生、いのないようにしたい。


 それに、亡くなったじいさんが『キョウ、若い内に遊んでおけ。女を抱いてこその人生だぞ』とみょう遺言ゆいごんというか迷言めいげんを言い残していた。小学生の頃だった。

 思えばなんつージジイだったんだと、大人になった今なら理解できた。


 なので俺は、ぶっ倒れる覚悟で『いつもの場所で会おう』と返答した。

 疲労がヤバすぎて死にそうだけど、でも、それでも倉片さんに会いたかった。あの胸の中でされたい。



 立ちんぼの聖地へ向かうと、今日も多くの女の子が並んでいた。毎晩まいばんすごい人数だな。現時点で十人はいる。どの子も若いし、高校生もいるんじゃないかって疑いたくなる。



 そんな中、倉片さんを発見――って。



「君ぃ、可愛いねぇ! 俺とホテル行こうぜ」



 俺よりも先にチャラい男が倉片さんに交渉こうしょうしていた。……おいおい、まてまて。



「や、やめてください。わたし、立ちんぼしてるわけじゃないんです!」

「え~? ここにいるってことは……そういうことだよね」



 倉片さんは拒絶きょぜつしていたものの、しかしチャラ男の言う通りだった。こんなところに居れば勘違かんちがいされるわな。

 集合場所を別の場所にしておくべきだったか。


 このままにもしておけないし、助ける。



「おい、倉片さんを離せよ」

「んぁ? なんだオメー」



 ギロっとにらみつけてくる男。こえぇ……。チビりそうになったが、専属契約である俺の方が圧倒的に有利だ。堂々といくべきだ。



「彼女は俺のだ。手を放してもらおうか」

「んだとぉ! 横取りすんじゃねぇよ」



 ブンッとほほをかすめるグー。……っぶね!

 運よくけられたが、まとにらっていたら吹っ飛ばされていた。全治一週間のケガってところだったぞ。セーフだったな。


「キョウくん!」

「大丈夫だ。奇跡的に回避かいひした」


 心配してくれる倉片さん。今すぐ助けてやるからな!



「今のはたまたまだろうが。これでしまいだ!」



 右ストレートをはなつチャラ男。まずい、今度こそまともに食らう! だけど、倒れるつもりはない。えてやる! 気合で!


 受けるつもりでくしていると、グーが顔面の目の前に。



(う、うあああああああああぁぁぁ……!)



 ボコッ……っと、にぶい音がした。



「このヘナチョコパンチが!!」



 思わず俺はそうさけんだが、ぜんぜん痛くなかった。むしろ、チャラ男が吹き飛んでいた。



「うぎゃあああああああああ……」



「「え?」」



 俺も倉片さんもおどろいた。なにが起きた!?



「……雑魚ざこが引っ込んでな」



 よく見ると、いつの間にが超美人のギャルが足蹴あしげりをかましていた。……おぉ、あのサラサラのロングヘアの女性ギャルが助けてくれたのか。


 ん……まて。



 どこかで見覚えある顔だぞ。



伊勢崎いせざき……さん?」

「ん、キョウくん!?」



 たがいに名前を呼び、おどろいた。な、なんでコンビニ店の店長がここに!? しかも、超おめかししてるし。別人みたいに美人だぞ。

 てか、ここに立っているってことは……まさか。



「あの……店長って立ちんぼもしているんですか」

「は……はぁ!? ちゃうわ! あ、あたしは……キャバ嬢もやってんだよ」



 なにィ!?

 キャバ嬢だって? マジかよ。どっちが副業なんだか分らんが、こんなことってあるんだな。おかげで助かったけど。



「ありがとうございました」



 伊勢崎さんに礼を言うと「そんなのいいよ」と笑い飛ばしていた。台風のように去って人混みに消えていく。……アッサリしてるなぁ。



「よかったぁ、キョウくん!」



 泣いて抱き着いてくる倉片さん。安堵あんどして俺に柔らかい体を押し付けてきた。こ、こんなところで大胆だいたんだなっ。

 けど、俺も倉片さんが無事でホッとした。

 これで安心してラブホへ行けるな。

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