第9話 大人のお店で働く倉片さん

 時間になった。昨晩よりもはるかに短い夜だったけれど、とてもい時間を過ごせた。

 別れぎわ、倉片さんの方からキスをしてくれた。

 以前も突然こうしてくれた。もしかして、キス魔なのかなと思い始めてきた。ありがたいけど。


「今日もありがとう」

「ううん、いいの。……気持ちよかったし」


 声が小さくてほとんど聞こえなかった。今、なんて?


「じゃあ、ホテルを出ようか」

「そうだね」


 手をつないだまま外に出て、少し歩いたところで別れることに。


「また連絡れんらくするよ、倉片さん」

「うん。お仕事がんばってね」


 おかしいな。直ぐに離れるつもりが互いに引っ張り合っていた。俺も、倉片さんも手を離せないでいたのだ。


 なんてこった。


 まだ“物足りない”って体がさけんでいるじゃないか。しかも、両想いで。



「……ちょっとだけ歩くか」

「いいの?」

「倉片さんがよければ」

「もちろんだよ。むしろ、嬉しいっていうか」


 まさかのアフターありとは。いや、この場合は単に倉片さんのノリが良いだけというのもある。

 一秒でも多く過ごせるのなら俺はなんだっていい。


 大人のお店が並ぶ街中を歩く。


「そうえいば、倉片さんは普段ふだんなにやってるの?」

「そ……それは、うん。キョウくんには本当のこと言うね」


 言い辛そうにしながらも、倉片さんは仕事のことを教えてくれた。本業は『見学店』という大人のお店で働いているようだった。


 一言でおどろいた。


 見学店といえば、基本的に接触や会話がなくて“見せる”だけのサービス。女の子が制服だとかにコスプレして下着を見せたり、際どいポーズをするんだよな。オプション料金を支払うと過激なことも可能のようだが。


 ――なるほど、倉片さんが立ちんぼへの道を選んだ理由というか、片鱗へんりんうかがえた。



「そうだったのか。まさかそういうお店で働いていたとはね」

「引いた……?」

「いや、そうでもないよ。大変なんだろ?」

「うん、そうなんだ。だから、立ちんぼも始めた」



 やはり、なにか困っていることがあるようだな。この際、聞いてみるか。……いや、ダメだ。さっきストップを掛けたばかりじゃないか。


 それよりも、もっといろいろ聞いてみたい。


 もう少しだけ時間はあるはずだ。


 くたびれたサラリーマンとすれ違いながらも、俺は話を続けた。

 すると学生時代では知りえなかった倉片さんのことが徐々じょじょに明らかになってきた。


 最近は美容に興味があって特に肌の手入れを重視しているとか。それでこんなモチモチでスベスベなんだな。触り心地が神掛かっているからな。

 それと最近はスマホを最新機種のアイフォンに変えたらしくて、それが二十万近くしたそうな。一括で払ったのかよ。すごいな。

 まさか、そういう支払いが負担になっているんじゃ……?



「ゲームとかアニメとか興味ないの?」

「アニメは配信サイトで見てるよ。異世界のヤツとか」

「マジか。意外だな」

「女友達で好きな子がいて影響えいきょうを受けたの」


 アマゾネスプライムとかネットブリックス、ネズミープラスやら便利な配信サイトが多いからなぁ。という俺も最近はアマプラでアニメや映画を見まくっているが。


 そんな他愛たあいのない話を続け、駅前に到着。そこで自然と手が離れた。


「解散にすっか」

「そうだね、うん。またね、キョウくん」


 外国人も驚きの厚い抱擁ほうようをされ、俺の脳内は天国に染まった。ここまでされると何だかいろいろ勘違かんちがいしてしまいそうになる。本気で恋しちゃいそうになるぞ。……いいのか!?


 子猫のような愛らしい笑顔で倉片さんは、駅中に消えていく。俺はその小さな背中を最後まで見送った。



 ◆



 次の日も俺は、スキマバイトを鬼のように入れまくった。もはや、阿修羅あしゅらすら凌駕りょうがする存在と化した俺。

 倉片さんに会う為なら、俺は大学生活よりも労働を取る。


 というか、働くことに意義を見出してしまったといった方がいいだろうか。

 勉強しているよりも、お金を稼ぐ方が圧倒的に楽しいと思えてしまった。


 快楽の為なら労働によるストレスも、ほとんど気にならなかった。しかし、スキマバイトでは稼げる金に限界があるな。こうなったら、フルタイムで働ける職場を探す方が早いまであるぞ。

 だが、そこまで無理をしたいわけではない。休みたい時に休めるのがスキマバイトの強みなのだ。ある程度はゆっくりしたいからなぁ。


 うーん……手っ取り早く稼げるバイトはないものか。


 SNSを見ているとダイレクトメッセージDMが届いていた。


 なんだこれ。



【簡単なバイトをしませんか? 高額の報酬をお支払いできます!】



 高額だって?

 気になって内容を見てみると、1回の仕事で報酬10万とか書かれていた。おいおい、そりゃすげえな。



 ――って、なるかいッ!



 ある民家に入って金品を取ってくる??



 世間をさわがせている『闇バイト』じゃねえか!! アホか!!

 これ、普通に強盗で捕まるヤツじゃないか。ニュースにもなっているし、本当に悪質でしかない。甘い言葉にだまされてはいけない。



 しばらくはスキマバイトしかなさそうかなぁ。

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