第2話 愛を叫べ

魔界に赤い月が昇る頃、今宵も勇者がやってきた。


彼は大きな扉を開けると、こちらを見ている。だがその表情は今までと違っていた。

そしてなぜ切りかかってこない?


「俺は殺したいんだろ。さぁかかってこい」

「僕は争いを好まないな」

「ではなぜ来た?」

「殺すに値するかどうかを見極めるためだ」

「たわけが」


彼からは確かに殺気も、戦意も感じない。

なんなのだ、この勇者。


「君はなんで勇者を殺す?」


それは、


「君はなんでそんな表情をしている?」


分からない。自分がどんな表情かなんて。

分からない。殺す理由なんて。

分かんないんだよ。何もかも。


彼はゆっくりと歩み寄り、剣を落とす。その剣は持ち主から離れると真の実力を感じさせた。


「どういうつもりだ?」

「僕が"その呪い"を解いてあげよう」


どうしてこの呪いに掛かっていることが分かった?今までの勇者に気付いた者はいなかった。


「諦めろ。お前には無理だ。俺にもできないことなのだから」

「試してみないとわからな」


俺はいつのまにか勇者の頭を狙うように拳を突き出していた。それは彼の頭を無くすことはなく、頬をかすめる程度だった。


「これ以上近づくな。俺とお前は相容れないのだ。」

「そうか。それは残念だ。」


彼は剣を持ち、先ほどとは違った顔を見せる。


彼もか、彼も結局は人間なのだ。変数が現れようとも俺は不変なのだ。


一瞬、瞬きをしただけだった。


彼の剣は俺の真ん中へ吸い取られるよう、刺さっている。音、気配、未来予知からもこのような結果は予測できなかった。


「お前は本物の勇者か?」

「いや、彼らも本物の勇者だ。彼らもここに来るまでに幾度となく挫折や恐怖を味わったんだ。そしてそれを乗り越えて君の下へやってきていた。」

「大事なのは強さじゃないのかもな」

「ああそうだとも。」


彼はゆっくりとそれを抜く。


俺は初めて膝をつき、朦朧とする意識の中、彼に何か、最後に尋ねようとしていた。


「教えてくれ、お前は俺よりも強かった。それでもお前は強さは大事ではないと言った。あれは勝者こそが言えるセリフか?それとも本当に強さよりも大事なものがあるのか?」


彼は俺のお腹に手を当て、なにやら魔法を唱えている。


「治療か?」

「いや違うよ。君には死んでもらう」

「ああ。それで君の呪いはこの身体と共に消える」


ようやく父から離れることができたのか。


「なぜ、そのようなことをする。俺は、今まで数多の勇者を殺してきたのだ」

「それがね。さっきの俺の答えだよ。」

「どういうことだ?」

「強さよりも大事なもの、それは愛なんだよ」


俺は最後の力を振り絞ってこう答える。


「俺には、分からないものだな」







気がつくと真っ白な空間に浮いていた。

これが死後の世界なのか?


何もなく、ただ無音が広がり続ける世界。

これが何を意味しているのか分からなかった。


俺の人生が無意味だったと言うことか?

それなら確かにそうかもしれない。結局、自分には夢や希望もなかった。彼の言った"愛"も分からなかった。俺は、はたして生き物として生きていたのか?


(愛を知らないのは情けないことだな)


どこからか声が聞こえてくる。どの方角からかもわからない。もしかしたらこの真っ白い空間に実は無数の穴があって、そこから聞こえているかのようにも思えた。


「俺は、生き物として生きていたか?」

(さぁな。それの答えを探すのは無理なことだろう。だから次は答えを出せるように生きろ)

「俺は、まだ死んでいないのか?」

(死んだな。正確に言えば転生だろうな)


あの勇者がやったことだろう。


「話しかけてくるお前は誰なんだ?」

(私か?そんなことはどうでも良いだろう)

「教えてくれ」

(言うなれば"愛"を知るものだ)

「俺はそれを知れば、良いのだろうか」

(答えは自分で見つけろ。愛だけが全てじゃない。冷酷さも時には愛に変わる。」

「よく分からないな。」

(当たり前だ。さぁ、目覚めろ。朝日を愛でろ。起きるんだ。)


目覚め方も何もかも分からないが、頭のどこかで理解していた自分がいた。


(一つだけ、頼み事を聞いてくれるか?)

「構わない。」

(この世界にいずれ、魔王が生まれる。それも自分の意思で殺戮を行うだろう。そしてそれによってほとんどの生き物が死ぬ。お前にはそんな未来を回避して欲しい。)

「俺にそいつを止める権利は、あるのか?」

(見過ごす権利もないだろう)

「それはそうだが」

(それ以外は好きに生きたら良い。私はお前が殺戮を好むようなやつとはお前ないからな)

「そうか。死んだ体に染み渡る言葉だな」

(無駄話はもういいか?)

「ああ」


俺は再び目を閉じる。


(大切なものはいつも/)


言葉を聞き終わる前に眠りについてしまって、俺は答えを忘れてしまったようだった。



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