六月二十三日 使命
「お前、もうちょっと具体的に言えや?!」
中庭にて、
「だって、僕が全部言ったらどうしようもないじゃないか。試行錯誤が人を成長させるんだよ、永信殿」
ギッと妙な声をあげながら、永信は数本の棒手裏剣に手をかざし、術式の構築をする。そこに、白髪の鬼、すなわち白夜が通りかかった。
「何をしてるんだ?」
「おー、白夜。ええところに。前言ってた新術の『千本』の術式を組んでるんやけど」
やや大きめの芝居じみた身振りで言う。
「何が千本だか。まだ三本もまともに操作できていないのにね」
「ここから千本までいくんや。だからもうちょい丁寧に言うてくれ」
言いつつ、永信は棒手裏剣を浮かせた。念動術だ。
「失礼だな、僕は丁寧に助言しているつもりだよ」
「その助言が飛躍しすぎやねん。もっと凡人が分かるように教えてくれ」
「注文が多いよね、永信殿」
その会話を聞きつつ、白夜は縁側に座る。しばらくして、永信の棒手裏剣のうちのひとつがあらぬ方向に飛び、白夜の方に向かった。スイ、と体を逸らして避ける。
「めちゃくちゃ危ないな」
「不器用なんだよねぇ……」
「発想はいいのに」
「うるさいなお前ら……あと白夜、お前は自分のこと棚に上げんな」
白夜は霊力操作がすこぶる下手くそなのである。鬼になったことで大幅に増えた霊力量を完全に持て余していた。
「今から訓練するんだよ」
「独学でか? なんやったら明孝に教えてもろたら」
「なんで僕なのさ?」
「いや、大丈夫だ。もう師は決まってるから」
白夜はやんわりと断る。その柔らかい笑顔は、ここに再び来た当初と違っており、どこか
「みんなもここにいたんですね」
その声とともに現れたのは
「……師って寧のことか」
寧姫は武術の腕はさることながら、霊力操作についても武士団随一の腕前であった。
「まあ、今の白夜の霊力量やったら寧に教えてもらうんが一番ええかもな」
「ほら、無駄口叩いてないで永信殿はさっさと術式を組む」
「……はい」
かなり手厳しい教え方だ。
その夜、今はもう葉っぱばかりとなった桜の木の枝の上で月を眺める白夜のもとに明孝が訪れた。
「なかなか上手くなったようだね、霊力操作」
それに気がつくと、白夜は小さな音を立てて地面に降り立つ。
「……何か用か」
「あはは、まだ僕に苦手意識があるんだ」
「それは……ちょっと、第一印象が」
言いにくそうに目を逸らしながら呟く。彼にとって明孝との第一印象というのは、開口一番の『見損なったよ、兄上』だった。
「まあ、分かるよ。僕だけ頑なに暁孝君って呼び続けてるしね。……それはそれとして、どういう心境の変化だい?」
「どういう、というと?」
「寧姫の髪飾り。兄上は昔から寧姫の髪が好きだよねぇ」
月明かりに照らされ、白く浮かび上がる頬に朱がさすのが暗がりの中でも分かった。
「暁孝君のいない空白の期間の寧姫を見て、なにか思うところがあったのかい?」
およそ一ヶ月ほど前……明孝は白夜に“暁孝が死んだあとの寧姫”の記憶を見せると約束していた。それが決行されたのが十日ほど前のことだ。
「……“壊れた”って言っていた意味を知って、何か行動を起こすべきだと思ったのは事実だ。でも、知っただけで、理解できたわけじゃない」
「知らないことが一番罪だよ。それよりは前進しているからマシさ。……君はもっと自覚すべきだったね。寧姫に想われていることを」
「そう思う。だけど」
そこで少し言葉を切る。
「今の俺は亡霊みたいなもので、寧姫のそばにいていいのか、とも思う」
彼は片手で顔を覆った。
「今、俺に記憶がなくて、それがどこかで歪みを生んで、また寧姫があんなふうになったら……? 今度はどうするんだ」
「まあ、座りなよ」
手を引かれるがままに、白夜は縁側に腰掛けた。並んで明孝が座る。
「僕には兄上の気持ちなんてちっとも理解できないけれども」
「……そこは分かるって言うところじゃないのか」
「僕は思ってないことは言わないんだよ」
月明かりの下、風が吹いて桜の木が揺れた。
「改めて聞こう。兄上の一番大事なものはなんだ?」
それは、白夜が武士団を襲った夜、永信が怒鳴りながら告げた台詞だ。あのときとは異なり、ほとんど間髪入れずその口は開かれる。
「寧姫だ」
その瞳はかつてのものとは違い、鮮やかな黄色だ。しかし、もはや自分が分からずに揺らいでいたときのものとも違う。その光は暁孝の持っていた光そのものに思われた。
「あの人と、あの人が大切に思うものを、どちらも失わせないことが、俺の使命だ。寧姫は自分だけが生き残ることなんて望んでいないから」
「ふふ……何が“知っただけ”だか。ちゃんと理解しているじゃないか」
どこか満足げに……そして、なぜか寂しそうに明孝は言う。
「ありがとう。聞きたい答えが聞けた。わがままを言って悪かったね」
明孝は白夜の右手を握り、指を二本立てた。
「兄上に、術を返そう」
まるで待っていたかのように旋風が巻き上がる。
「最初の盾『椿』と、もうひとつの盾『桜』」
「……盾」
「……これは、僕からの頼みでもある。僕では、守りきれないんだ。だから」
白夜は、これまで明孝のことを腹の底を見せない男だと思っていた。その彼が、今、苦しそうに声を絞りだす。
「寧姫を、守ってくれ……」
まやかし戦国〜英雄らが夢の跡〜 千瀬ハナタ @hanadairo1000
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