第23話 突然現れる黒い影

 私のいる教室は、廊下との境にある壁に曇りガラスの窓がついている。だから廊下の状況は鮮明にはわからないんだけど……そこに人が居るんだって事実ぐらいは簡単にわかるんだ。


 今、廊下の方を見た時——曇りガラスに黒い影が写っている事がわかった。


 明らかに人影だ。そう……だって、しっかりと判断できるの。


 —— 一体、アレは誰?! 


 また、毎日見る夢に変数が現れた。あの赤い靄が正面玄関を壊して入ってきてからというもの、おかしなことしか起こってない。

 この夢は、ナニを伝えたいんだろう? 私は、この状況変化についていけないし、まったくと言っていいほど、理解はできない。それに、肝心の記憶は戻ってくる気配すらない。本当に思い出そうとしてるんだろうか……私?


 と、私の頭を疑問が埋め尽くす中。


 次の瞬間——



『——ッカン!!』


「——ッ!!??」



 すぐそばで、金属質な音が鳴ったの。


 そう、赤い靄だ。


 気づくと、教室の目の前まで来てしまっていたみたい。

 私、ガラスに写った影に驚いて、ぼぉ〜っとしちゃってて——その間に靄はすぐそこまで近づいていたんだ。


 ついに……


 曇りガラスに、赤い影が写った。


 『黒』と『赤』の2つの影が並んだ。


 その時——



「……おい」


「——ッ!?」



 声が聞こえた!? 


 喋ったんだ。あの影が……


 え、え、え!? どっちの影が喋ったの——今!?


 

「やってくれたな。この野郎。オマエ……疾うに命運尽きてるって言うのに……どうして執拗に付き纏う。もう、放っておけばいいだろうが……?」

 


 この感じ——声の聞こえてくる方は黒い影からだ。男の人の声……聞いたことのない声だ。


 

「事は既に終わりを迎えた。彼女は忘れている。だというのに……オマエさぁ、本当に——迷惑な奴だな……出てくんじゃねぇよ。クソが……」


『——ッカン!!??』


「ん? なんだ怒っているのか? 奇遇だ。俺もだよ」



 なんだろう。このギスギスした感じ?! お話の内容はまったく分からないけど……黒い影と赤い影は仲が悪いみたいだってことぐらい私でも分かるよ。



「俺が現れた理由は分かっているんだろう? オマエが俺から奪ったモノ——返してもらうからな」



 それにしても黒い影の人、よく喋るな。声音の感覚では、若い感じの男の人……ここからじゃ、どんな人かなんてわからないんだけど……今ある情報は鼓膜に伝わる声だけなんだ。だから、その人がどんな人かなんてまったくつかめない。


 良い人なの? 悪い人なの?


 私が、1番心配なのはそこなんだ。両方から追われるなんて……絶対に嫌だからね?!


 と、そんな心配が私に過ぎってしまった時だ——



「…………ゆ……な……」


 (——ッえ?!)


 

 私は、とんでもないモノを耳にする羽目になる。


 声が聞こえた。


 でも、それは黒い影の人のものじゃない。



 赤い靄が喋ったんだ——!?



 だけど、問題はそれだけじゃなくて——



「…………ゆ……いな……!!」



 ——ッ!? わ、私の名前だ……!!



 そう、私の名前。


 声は掠れていて、ノイズが走ったように不鮮明。聞き取りづらかったんだけど……赤い靄は、私の名前を呼んだんだ。


 その瞬間——私……急に身体が冷たくなった。悪寒が走ったの。


 なんで?


 どうして!?


 なぜ、私の名前を知ってるの??


 って——考えるにつれて、どんどん怖くなってきたの。


 一体……









 “あの赤い靄は誰なの?!”





 





「オイ……」



 だけど……その時震えて強張っていた私は、また声を聞いたの。黒い影の男の声だ。



「テメェ〜〜が、その名前を口にするんじゃねぇ……コ・ロ・ス・ゾ——!」



 え!? なんで——!!


 つい、私はそう思ってしまった。

 黒い影はとっても怒ったの。言葉が汚い、ワルワルさんなんだけど……赤い靄が私の名前を呼んだ事に、凄く怒ってしまったみたい。それは、声を聞けばすぐ分かる。低〜い声で、とってもピリピリ、チクチクする。


 だけど……なんでだろう。


 とっても、嬉しいんだ。


 怒ってる人の声って……聞いていて、あまり気持ちのいいモノじゃないはずでしょう? 私なんて、ママのど正論武装ですぐヒヤ〜〜っとしちゃうもん。

 当然、黒い影さんの、声はとってもヒヤヒヤなんだけど……なぜか嬉しい。私のために怒ってくれたからかな? よくわからない感覚が私に降りかかった。


 そして……



「…………グゥゥ……」



 赤い靄は、唸り声を上げながら曇りガラスに写らなくなった。ゆっくりと後退して消えたんだ。




 




 

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