第19話 喋れない理由

 でね。私の声が出なくなったきっかけだけど……


 

 “とある事件”が関係しているらしいの。



 とは言っても——私は何も覚えてない。これといってちっともね。

 本当だよ? まったくと言っていいほど覚えてないんだ。

 声がだせなくなるんだからよっぽどの事があったと思うんだけど……私は常にケロッとしてるの! 


 ——ケロケロ〜〜♪


 知ってることといえば……





 このことで、私の周りは





 昨日のママの反応覚えてる? 電話のあと、私に驚いて通話の内容をはぐらかしたでしょう?

 私が確信に迫ることがあると決まってママは、ああやって私に隠し事をするの。

 最初はね。気になって執拗に聞いてたんだ。


 だけど……



『結菜……ごめんなさい。今は言えないわ。でもね。ママはね。あなたに意地悪をしたいわけじゃないの。これは、あなたのことを思ってるからなの。分かってちょうだい』



 ママは……私をムギュ〜〜として、耳元で囁いたんだ。この時、ママは鼻を啜ってた。たぶん、泣いてたんだと思う。私は忘れちゃったから、どうしてそこまで悲しいのかは分かってあげられない。だけど、ママが悲しんでいることに……私も悲しくなった。そう思った時には『何があったのか?』な〜〜んて……もう、どうでもよかった。

 それよりも……私はママを慰めてあげたかった。

 だから私もムギュ〜〜ってしてあげたんだ。ムギュ〜〜は魔法のおまじないなんだもん。きっとママは元気になってくれるはず。



『……結菜?』



 そうしたらママ——驚いた表情で私の顔を覗いてきてね。私はその時、ニコッて笑ってコクコクと2回頷いた。「分かったよ!」「もう聞かないよ!」ってママに伝えたかったの。



『ありがとう。結菜。大好きだよ』




 そう言って、ママはもう一度ムギュ〜〜って……してくれたの。とっても暖かかった。



 (うん。私も——ママのこと大好きだよ!)



 声が出なくなってしまったことは、特に気にしてなかったんだけど……この時すぐママに私の気持ちを伝えられなかったのが悔しかった。

 

 でも……


 ムギュ〜〜は、きっと……そんな私の気持ちを代弁してくれたはず。だって魔法のおまじないなんだもん! 言葉がなくたって『大好き!!』だってことは伝えられるでしょう? きっとママには伝わったはず——そうだと良いな。



 そして……



 この日から私は、ママに“とある事件”について聞くことは無くなった。

 はぐらかす素振りを見せた時は、追求はしないし、そもそも気づいてないフリをしてママに気を使わせないようにした。



『あら!? もう、こんな時間! 夕飯の支度をしないと……結菜何が食べたい……って、その顔はオムライスだな〜〜! じゃ、今日の夕飯はオムライスにしましょう!』



 だって……その方が、み〜んな幸せなんだもん。

 一応、気にはなるけど……その“とある事件”とやらは、既に起こってしまったこと。今から後悔したところでどうしようもないんだ。それよりも、明日ことや明後日のこと、ず〜〜とその先——未来のことを考えた方が良いと思うんだ。

 夕飯を楽しみにして、ママの作ってくれたオムライスに舌鼓をうつ。そうやって幸せを感じている方が良いに決まってる。

 『臭いモノに蓋』って言葉があるけど……そんなお鍋は、蓋を取らずにそのままポ〜イだ!





 喋るきっかけは、たぶん“とある事件”にあるとわかってるんだけど……



「はい。結菜ちゃん。お疲れ様! 今日のカウンセリングはここまでね」


[ありがとうございました。せんせい]



 別に喋れなくたって私の気持ちを伝える方法なんて、いっぱいある。浅見先生とお話しする時だって、タブレット端末のメモ機能を使ってるの。あまり早くは打てないんだけど、先生は『大丈夫』って言って待っていてくれる。

 私の周りにいるみんな……私に優しいから全然、困ることはないんだ。


 私って、喋れなくたって全然……幸せ者だね?

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