第17話 どうして怒ってるの?

 リビングルームに向かう通路の途中——ベル音の後に電話を取るママの声が響いてきた。


 どうも今日は仕事が早かったみたい。



「はい——そうですけど……え?! ??」



 だけど、次に聞いたのはママの驚愕する声。



「一体、なんの用なんですか? ……うん? ……はい? ……えぇ……」



 その後、ママは相槌のレパートリーを連ねる。だけど、その声音はちょっとヒヤッとしちゃった。


 ——この感じ……ママ、怒ってる?



「お断りします。え……なんでって、当然じゃないですか?!」



 そして、ようやくママが喋ったかと思うと、その声のトーンは普段より若干高い。これ、絶対怒ってる。だって、私を怒る時と一緒だもん。——ひぃ〜〜!



「うちの娘はまだ回復してないんです! あの時から……。そんな遺族の声を聞きたいって——あなた方は無責任過ぎませんか? どうして放っておいてくれないの?! そうやって思い出させようとして——ふざけないでください!!」


「——ッ!?」



 私……驚いちゃった。ママがこんなに声を張り上げているのなんて、聞いたことなかったから……

 私はいつも怒られる時は、正論で静かにぶん殴られてるし。

 ただ叫ぶ姿なんて—— 一度も見たことない。



「失礼します!!」


『——ガチャン!!』


 

 大きな音が聞こえた。この時の状況から、私には目に見えなくともこれが受話器を置いた音だってすぐわかった。



「——ッ!? 結菜?! 起きてたの?」



 私は扉を開けてリビングへと顔を出す。ママは受話器の横で、そんな私の顔をオバケでも見る様な驚く表情で見つめてくる。

 だけど、私がコクッと頷くと、いつものママの表情に戻ったの。



「結菜……まさか、今の聞いてた? ごめんなさい。驚かせちゃったかしら?」



 私は、その言葉を聞くと首を少し傾げ、受話器を指差した。それはきっと、ママに「なんのお話をしてたの?」って——聞いてる様に伝わったと思う。



「うんん。気にしないで……結菜は知らなくていいことよ。あら? 髪が濡れてる? お風呂に入ってたの? あなたは本当にお風呂が好きね。そうだママが拭いてあげる。そこに座って……」



 コクッと頷く。この時のママの提案を受けた。


 大人しくリビングの椅子に座って後ろから髪の毛を拭いてもらった。だって……明らかにママ、はぐらかしたんだもん。聞き出したい気持ちもあるんだけど、私にはその術は限りなく少ない。決まってママは私の行動を押さえつけて、聞き出さない様にはぐらかすことがあるから。


 でもね……

 

 私のことを思ってくれてるんだってわかるんだ。きっと、この話は聞かない方がいいんだと思う。ママも、聞かせない様にしてるんだ。きっと……

 無理に聞いて、ママを困らせたくないから、私はそんなママの言う通りに行動する。



 理想の形を演出するの。



「結菜。明日は、カウンセリングの日だから、今日は早く寝ないとね? 晩御飯は早めにしましょう。そ〜ね〜唐揚げにでもしようかしら? 今日は、プリンも買ってきてあるからデザートに出してあげるね」



 ——やった! プリン!!


 この瞬間、ママの隠し事なんてどうでも良くなっちゃった。



「あら。この子ったら……そんなに頭動かしたら拭きづらいでしょう? まったく……」



 私は上機嫌で頭を右往左往と揺らしてルンルンだ。だってプリンだもん! 嫌なことはこれで忘れられる。


 ——そうでしょう? ね! ウサギさん?



「ん? 結菜部屋からヌイグルミなんて持ってきてたの?」



 私は横で座らされていたウサギのぬいぐるみを抱えて、しばらくママに髪を拭いてもらってた。



 

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