第3話 思い出せないパパの素顔
振り返ってリビングの扉を開ける。真夏だったけど、ママがクーラーを効かせてくれたみたい。リビングはそこまで暑くはなく、冷風が場を支配するのがとても心地良い。
キッチンに向かうと、冷蔵庫から麦茶を氷の入ったカップに注ぐ。私のお気に入り……ウサギの描かれたマグカップだ。
カップをテーブルに置くと、ふとテレビのリモコンに目が止まったのでテレビをつけてみた。
この家には今は私1人。
カーテンは締め切って灯りをつけてないから、薄暗くて部屋は冷たい印象。少し寂しい。その寂しさを紛らわそうと、誰でもいい、テレビの向こうの人のお話を聞きたかったの。
『……さらに、酒100ccに味醂100ccと濃口醤油を50cc……ここで豆板醤を匙一欠を……』
チャンネルを変える。
『……続いてのニュースです。今日からちょうど1年前……集団殺人事件を引き起こした◯◯被告の死刑が執行され、遺族が語った……』
チャンネルを変える。
『◯◯番レース……続いての予想ですが……』
チャンネルを変える。
『最近、流行りのスイーツ! SNSで絶妙にマズイところが『超ウケるwww』と人気を博すチョコバナナのお茶漬けを……今からいただいていき……』
チャンネルを変える。
『今日の予報ですが、この夏は例年通りの猛暑が続き、全国的に暫くこの暑さが続きそうです……』
テレビを消す。
う〜ん……パッとしない。
寂しさを紛らわすために取った行動だけど、しっくりこなかった。私が求めてやったことだけど、ため息を1つ漏らしてテレビを消しちゃった。なんか私って凄く偉そうだね。
でもね……
やっぱり、今晩のことを思うと……私はどうしても憂鬱なんだ。
今日もおそらく『赤いナニか』との追いかけっこをしなくてはいけない。それを思うと夜が怖い。まだお昼前だっていうのに、今日の終わりのことが頭から離れない。
はぁ〜〜嫌だな……
『——パタン!』
……ッ?
その時、音がした。テレビとはちょうど反対側。
何も刺さっていない一輪挿しと、その隣のフォトフレームが電話の横に置かれているのに目が止まった。
留め金が緩んでたのかな? 写真が倒れちゃってる。たぶん音の正体はこれだ。
近づいて写真を手に取った。
ここに写っているのは3人の人物。随分と昔の写真になる。小さかった頃の私と左に居るのがママ……
そして、最後——右に居るのが……
パパ……
3年前に死んじゃった。
この写真は遊園地の帰りに撮った写真……私の左手は大きなパパの手を握って、反対の手にはピンクのウサギのぬいぐるみ。
ぬいぐるみに振り回されてヨタヨタ歩く私の背中をママが支えてくれている。そんな風景を切り取った思い出の写真。
——あ……!? 拾った写真のパパの顔。罅が入ってる!?
どうしてこんなピンポイントで——顔は完全に罅が邪魔をして誰だかわからなかった。
激しく倒れたってわけじゃないのに……どうしてだろう。
……あれ?
——おかしいな?
写真のパパの顔は、罅が邪魔をして見えなくなってる。
だけど……
パパって……どんな顔してたんだっけ?
なんで……思い出せないの?
ここに置いてあるフォトフレームは、毎日変わらず電話と一輪挿しに挟まれて置かれている。私はこれを常日頃から見ているはずなの。
だけど……
思い出せない。パパの顔が……
思い出そうとすると、記憶の中の写真はパパの顔をクレヨンで塗りつぶしたようなノイズが走っている。
頑張って思い出そうとしても、黒く塗りつぶされている。
「——ッ!?」
——ッ痛い!? 急に頭が……
それに……
『……オマ……の……せい……ゆい……』
声……? これは……
『……マエの……いだ……ゆいな……』
頭の中に響いてくる。まるで耳鳴りのようにキィーンとうるさく。
『……オマエのせいだよ。ゆいな……』
——うるさい!!
——◯◯◯◯え!!
『…………』
静かになった。
なんだったんだろう。頭痛も、私が、ムッ——としたら直ぐに止んだ。よくわからない。寝不足なのがいけないのかな?
でも、医者じゃないんだし。私が今この事を気を留めても原因なんてわからないよね。
それよりも、今日1日——何をしようか考えよう。
夜に向けて準備しなくちゃいけないし。
ふふん♪ 今日の私は少し違う。
なんてたって秘密兵器があるんだから!
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