第48話 魔法屋

 メルカトルのキャラバンに便乗させて貰い、俺はケイオス地方、混沌山脈の麓、フォボス街へとやって来た。

「獣人だ。ドワーフも居る。ありゃぁ魔族か?教会の力が強い国だったら見つかっただけで殺されるな」

 色々な人種が入り乱れてて流石の俺も好奇心丸出しでキョロキョロしちゃうぜ。

 

 建築様式も滅茶苦茶だ。多国籍が過ぎる。人間だけでも遠く離れた土地だと肌の色や顔付きとかも違うんだぜ?そこに亜人種までぶち込んだらそりゃぁ混沌の坩堝だわな。


 ロイヤル王国を仮に中心とすると、フォーゲイル王国からキャナビスタ王国辺りぐらいまではまぁ大体似た様な体格や顔付きだ。大昔は一つのでけー国とかだったらしいしね。

 お、あの肌が白くて薄着の連中は北方人か?厚着で日焼けした連中は南方人だな。


 獣人をリーダーにした冒険者らしき一団とすれ違う。ドワーフに人間も居る。エルフの女が俺とシルクをチラリと見やるが何も言わずに通り過ぎて行く。

「かっかっか。なかなか良い街じゃんよ」

 気に入ったわ。

「おい、ベアナックル。一応気をつけろよ?絡まれても殺しは無しな?無法だが一応ルールはある」

 メルカトルが心配してくれる。

 まぁなぁ。あんま強そうでないガキが四肢の無い美麗なエルフを抱いて歩いてたら悪目立ちしそうだよね。

「解った気をつけるよ。ありがとさん」

 俺はメルカトルに礼を言い、彼に教えて貰った場所へと向かった。



☆☆☆☆☆


 

 フォボス街の露店には偽物の魔道具に混じって、かなりヤバイ空気を放つガチの呪いのアイテムも売られてる。おいおいマジかよ。

(呪いの内容までは解らんが、不吉な気配が半端ねぇ)


 恐らくは禁忌に触れる様な魔術式もゴロゴロしてるだろう。

「敬虔な教徒がこれ見たら卒倒するわ。邪教の街とは良く言ったもんだぜ」

 魔族っぽいおばちゃんがダラリとやる気無い感じに露店の店番をしてる。エルフっぽい親父が赤ら顔で飲んだくれてる。なんだこの街は。

 

「おい、兄ちゃん。いいもん持ってんな」

「それ置いてけや」

 男達に突然絡まれた。獣人一人と人間二人。

 それ?どれ?

 もしかして―――


「俺の女の事か?」

「ああ、そいつを置いてけや」

「何処で拐って来たか知らねぇがてめぇみてーなガキにゃ………」

 俺は、右目に魔力が漲っていくのが解った―――


「(殺し合え)」



☆☆☆☆☆



 ……………………………………うん。コロシテナイヨ?

 いやぁ怖かったわー。

 目の前で突然仲間割れが始まり、それぞれが持ってた刃物で突き刺し合ってたよ?うん。

 ははは。笑けるぜ。

 三人が死んだかどうか知らんけど、倒れた三人を誰も見向きもしない。何人かは俺の方を向いてたから邪眼に気付いたかも知れんけどね。

 ふむ、良い街じゃないか。


「お前は俺の女だ。誰にもやらん」

「…うん…」 

 シルクを抱き締めおでこにキスしてやると、シルクも俺に顔を擦り付けて来た。可愛いなぁ。


 しばらく進むと目的地が見えて来た。

 アビス横丁。

 通称アビ横だな。

 遠く、入り組んだ路地裏の奥に、小さな看板を見つける。

「あったあった魔法屋はっけーん」

「魔法、屋?」

 シルクが可愛らしく小首を傾げている。

 シルクは最近ご機嫌だ。やっぱり女は光り物に弱いな。


(だがまたいつ自殺するか解らねーんだよなぁ)

 勝手に死んだり逃げたりしないように四肢切断したけど、最近はちょっと事情が違ってきた。


 シルクの奴、風の精霊魔法も使える様になったし、それを差し引いても木魔法の威力も上がってる。

 散々犯してるせいだろうな。魔力をガンガン循環させながら出しまくってるもんね。


 そのパワーアップした精霊魔法で俺から逃げるなら逃げるで、追っかけて捕まえるのも楽しそうだけど、そんな素振りも無い。

 俺に心を許してそうだが油断出来ない。

 一番困るのが、逃げた先で死なれる事だ。風と木の属性魔法を全開にして逃亡&自殺されたら流石に防げないと思う。俺は死者蘇生までは出来ねぇ。

(事前準備を万端にすれぱ蘇生する仕掛けは作れそうだが、絶対じゃねぇしな)

 

 俺はシルクを―――

(死なせたくない)

 俺はまだシルクに飽きてない。そう飽きてない。飽きたら死んでいい。勝手に死んで構わない。飽きたら捨てれば…

(だめだ。死なせない。捨てたくない)

 俺には決まった相手が居る。他の女はそれまでの繋ぎだ?あれ?そんな相手、居たっけ?

(嫌だ。シルクがいい。シルクならきっと―――………)


 俺がぎゅっとシルクを抱き締める。

「?…ぺろっ、ちゅっ」

 不思議そうなシルクが俺の頬を舐めてキスしてくる。可愛い。

 子供。子供が出来たら捨てなきゃ…………

 え?なんで棄てないといけない?

 俺は―――?

 

 俺は…

 家族が…

 欲しい…


『…エスペル、安心。私が新しい、家族』

 シルクが言ってくれたんだ。

 俺の家族になってくれるって…



―――『妾から逃げられると思うなよ?』―――



 ………?

 …なんだっけ?

 まぁいいか。


(エルフは出来難いっつーしな。孕ませてから考えよう。)

 俺はぼんやりした頭を振る。うーん、疲れてるんかな?やっぱ魔石のカッティングを徹夜でやったのが響いてるか。初めてだったしね。

 

 俺はシルクを抱きかかえてアビス横丁を進む。

 アビス横丁。

「なるほどアビスか」

 大魔境に存在すると言うアビスの大穴。奈落の底。

 それにあやかって名付けられたらしい。

 このアビス横丁は実際にやや窪地に作られている。

 進めば進む程に段々と下へ下がって行く感じだ。

 それに複雑怪奇に入り組んだ路地や、多国籍な言語や古代語で書き殴られた看板の群れ。

「まるで異界に来たみたいだな」

 俺は地べたに座る住人や、客引きもしてないやる気の無い店番の居る商店を通り過ぎる。

 そして、廃屋じゃね?みてーなボロい店に辿り着いた。


「俺の邪眼は即死系」

 邪眼や魔眼にも相性や多分向き不向きあんだろうな。

 俺の邪眼はあまり他人を操るのに向いてない。

 強い意志を持ってるとなかなか言う事を聞かせられない。

 『死界』は格下用の殲滅技なので、逆に死なない様な命令はかけ難いし、シルクぐらい魔力ある奴には効かないだろう。困ったもんだわ。


「まぁだから抱けば抱くだけ魔力も強くなんだけどね」

「?」

 シルクの頭を撫でてやると気持ち良さそうにしている。

(魔石のチョーカー作ってやったらなんか泣き出したしな。まだ情緒不安定なのかも?やっぱ言語が通じないと意思疎通も完璧じゃねーな)

 死なせない。殺させない。奪わせるものか。

「さぁ、目当ての契約魔法あっかなー」

 俺は希望を胸に魔法屋の暖簾を潜る。


 ケイオス地方の事はカドイナ村で暮らしてても話には聞いた事があった。

 ケイオス地方、混沌山脈。

 アメーバ状に広がる魔の領域が大地を縦断し、さらにはモザイク上に魔の森や魔の谷が飛び地しまくってるせいで、まともな法治国家が生まれない。各市各街がそれぞれのルールで独自にコミュニティを形成している。


 モンスターを防ぐ堅牢な壁を持つ都市国家。

 魔の平原を走り暮らす遊牧民。

 そして他種族が混じり合って暮らすアンダーグラウンド、それが此処フォボス街。


 ケイオス地方は太古の昔、神々の戦争があったとかなんとか。

 魔峰霊峰が連なり、癒しの女神の神殿があると噂される隣の山に冥界の門があり、亡者達の坩堝が有るんだとか無いんだとか。

 眉唾だが誰も確かめられない。

 大魔境よりもさらに強いモンスター…いや、最早神獣とでも呼ぶべき神話クラスのバケモノが住んでいる…らしい。

 大昔は各国が混沌山脈の征服を目指して冒険者を派遣してたらしいが、全滅したのか誰一人帰って来てない。個人の冒険者には生還した者も居るらしいが真偽は解らん。


 勿論俺は、そんな所に行く訳ないけどね。

 興味はあるが命を懸ける価値があるか疑問だ。

 神々や悪魔が集い争うその神域には、それ故人智の及ばない様な魔法や魔道具が発掘される事もあるだろう。


「ここか」

 前置きが長かったな。

 つまりここ、混沌山脈の麓の街の怪しげな横丁の妖しい魔宝屋。

 ここには本物があるって訳だ。



☆☆☆☆☆



「アタシが店主のヘラだ。ヘラの魔法屋になんか用かい?坊主」

 半魔族の婆さんが新聞を読みながら適当に話しかけてくる。人間の新聞だな。キャナビスタ王国での反乱の事が見出しに大きく書かれてる。首謀者一族郎党粛清だって。怖いねぇ〜。ん?反乱軍討伐功績者は勇者ランスロット?お姫様を救出ね。うわぁ、普通に勇者やんけ。俺とは大違い。


 狭い室内には胡散臭い物がところ狭しと並べられている。それらを興味深く見つめるシルクの頭を撫でながら俺も名乗る。

「勇者エスペルだ」

 俺がキリッとして答える。

 ヘラ婆さんはチラリと新聞を見やるとふんっと鼻を鳴らす。

「今時の若い者は本物の勇者を知らん。ありゃぁ歩く厄災だよ」

 新聞をバサリと折り畳む。

「ですよねぇ〜」

 実は自称勇者って結構居るのよね。

 魔王が姿を消し、魔王軍が鳴りを潜めて大分経つ。

 大国がそれぞれ勇者を立てて他国を牽制しているが、そもそも武功を上げる相手、魔族が不足してる。てか近年魔族による災害は聞いた事無いな。


(だから人間殺したぐれーで勇者なんて名乗れる)

 

 俺も婆さんも新聞から目を離す。

「婆さん魔族か?」

 なんとなく訊いてみる。

「生粋じゃないね。半魔族…魔人とでも好きに呼びな。ガチもんの魔族はこんな所に居ないよ。魔族ってのはピンキリだけどね。最下級の魔族でもこんな街は簡単に滅ぼせるよ。上位魔族は角や羽を生やしたり解り易い見た目してないし、魔力を隠すのも上手い。だからアビ横に居るのも大体半魔族の魔人だよ。もしも本物の魔族が来たら店畳んでとんずらするわ」

 ヘラ婆が吐き捨てる様に言う。


 魔人と名乗りつつも、純粋な魔族は忌避してるらしい。まぁ純魔族って瘴気を吸って吐いて生きてるからな。完全に別の生き物だよね。

(そんな魔族を一撃で葬り、魔王すら単騎で討伐する。それが勇者だ。そらバケモノだわな)


「そうか。確かに魔族っぽい見た目の連中もそこまで強そうじゃなかったしな。魔力量は多かったけど」

 俺が今日見た半魔族の連中を思い出す。皆魔力量は人間よりかは多そうだったけど、あんま強そうには見えなかったよね。そう…


(アイツと違って怖さを感じない)


「んで、アタシと世間話しに来たのかい?金取るよ?」

 ヘラ婆さんが太々しい笑みを浮かべる。客に対する態度じゃねーよ。

「キャバクラかよ。魔法売ってくれ魔法」

「うちを狙い撃ちって事は契約魔法かい?良いのがあるよ」


 ヘラ婆さんはそこで初めてシルクを見てニヤリと笑う。

 そう、この魔法屋は契約魔法の専門店だ。

「奴隷かい?買ったんならそこで契約魔法使えたろうに」

 このフォボス街はエルフの奴隷の売買もされている。勿論人間や亜人種もな。

「個人的に捕まえただけだよ」

 それを聞いてヘラ婆さんは片眉を上げる。

「人攫いかい?犯罪者は勘弁だよ」

 婆さんが嫌そうな顔をしてる。この街で買う奴隷は非合法だが合法でもある。しかし他所で拐って来た奴隷だと後々面倒事になる可能性があるからだ。

 

「いや、俺が襲われたんだよ。そんで一人生け捕りにした。理由は知らん。会話出来ねーしよ」

 俺の言葉を信じた訳じゃないだろうが、婆さんは割とどうでも良さそうだ。

「ふーん。売っ払っちまった方が良いんじゃないかい?」

 面倒臭いだけかな。

「嫌だよ勿体無い」

 怯えて泣き叫ぶのも可愛かったし、今のやたら懐いてきてるのも可愛い。手放す気は無い。


「ま、アタシにゃ関係無いわな。イヒヒヒッ」

 ヘラ婆さんは抜けた歯を見せて笑うと、後ろの棚からスクロールをいくつか取り出す。

「今ある契約魔法はコレだね」

 机に並べて説明してくれる。一応邪眼で視ると、なんだか怪しい魔力が立ち昇っている。


「奴隷契約。これは一般的なヤツだね。主人に逆らえなくなるヤツだ。強く念じて命令すれば言う事を聞かせられるよ。あとは主人に害を及ぼす事は出来ないよ。楽しんでる最中に殺したり、寝てる間に逃げたり出来なくなる」


 隷属の首輪の魔法版だな。隷属の首輪は破壊すれば解呪出来るが、契約魔法はそうはいかない。発動すれば並大抵の者では解呪出来まい。

「自害は防げるか?」

 そう、大事なのはそこだ。

 ヘラ婆さんは首を傾げる。

「どうだろうね。奴隷が主人の財産て認識なら自害は防げるかも知れないが…」

「奴隷か」

 少し悩む。

 奴隷墜ちさせてもそれはそれで構わない。

 俺が奴隷を持ってても誰も責めたりはすまい。

 しかし、シルクの扱いが最低限になってしまう。

 正式なパーティーメンバーにも加えられない。

 扱いは備品、所有物扱いだな。


「奴隷に産ませた子供は?」

「奴隷の身分になるね」

 問題はもう一つ。俺はこのエルフを孕ませてみたい。生まれたハーフエルフは結構強くなりそうじゃん?育てるかは微妙だが産ませてみたい。

「奴隷契約は無しだ。他には無いのか?」

「そうだねぇ」

 俺と婆さんの遣り取りをシルクは黙って見つめてる。

 

「使い魔契約」

 自害を封じる内容が無い。むしろ自害を命じる術式が組み込まれてる。

「パス」


「主従契約」

 あんま変わらん。内容が多少違うだけだな。

「パス」


 ヘラ婆さんはプロの意地なのか、あれこれ注文のうるさい人間のガキにも律儀に応対してくれる。

「じゃぁこれならどうだい?古代遺跡のダンジョンから出土したスクロールだよ。かつて栄華を極め、そして滅んだ国の…古の契約魔法さ」

 大仰に言って持ち出してきたスクロールは確かに異彩を放ってはいた。が…

「そんなん大丈夫なんかい?」

 開封した途端に悪魔が召喚されてバトル突入とか勘弁だぜ?


「安心しな。解読はされてるよ。悪魔と契約したりする訳じゃない」

 婆さんは自信たっぷりに言う。まぁ信用して良いか。ここで疑ってたら先へ進めない。

「内容は?」

 とにかく先ずは契約内容による。

「婚姻魔法さ」


「…………………」

 俺とシルクが見つめ合う。若干シルクの顔に力が入って赤くなってる気がする。

「婚姻…結婚かぁ…」

 俺の頭の中を様々な女の顔がよぎったのだった。

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