第49話 シルクとの結婚
「結婚結婚エスペル結婚しる」
今までずっと大人しかったシルクが突然興奮し出した。短くした手足をバタバタ動かしフリフリドレスもバサバサ動く。
それだけでなく、感応した風の精霊が部屋を舞い踊り、ヘラ婆さんの店の色んな物がガタガタ動く。
ちょ、ちょ待てよ。
「落ち着こうかシルクさん」
幸い何か落下して壊れるとかの被害は出てないが時間の問題だろう。俺はシルクをぎゅっと抱き締め、赤ん坊をあやすように背中をぽんぽんしてやる。
(だいじょ〜ぶか〜?店追い出されねーといーけどよ)
騒ぎ出した四肢の無いエルフをヘラ婆は黙って見つめている。少しだけその目線が優しい?
「んで、内容は?」
俺はシルクの頭に口付けしてやる。ガタガタしてた店内の物が少し落ち着いて来た。ポルターガイストかよ。
「ん?ああ、ちょっと待ちな」
ヘラ婆さんは辞書を取り出しスクロールを読み始める。古代語の辞書か。欲しいけど読めねーな。ページの端にところどころ書いてある走り書きも人間の文字じゃない。魔族文字だろうか?
シルクも身を乗り出して熱心にスクロールとヘラ婆の辞書を睨んでる。読めんの?
「………ふむ。ま、生涯を誓わせるものだね。あと来世…だね。未来永劫、輪廻転生した後まで添い遂げるそうだよ。古の神々の名前も刻んである」
「厳ちーな」
今世だけでないその制約力に俺が戦慄してる側で、シルクがうっとりしてる。セックスには自信があるけど、そこまで俺なんかに惚れれるもんなの?女心解んねー。
「来世だ転生だなんて確かめようもないからね。本当にそこまでの効果があるかは保証出来ないよ。ま、呪印の強力さから見ても契約魔法としては一級…特級の品だね」
ヘラ婆さんが正直に言ってくれる。正直ってか誠実だね。
「うーん…」
俺が別の方面での悩みを思い浮かべる。
結婚て事は…対等、平等かな?
シルク以外と結婚出来ない…他の女を犯せないのは困るなぁ。
下手をすれば女側に有利な内容かも知れん。武力がモノを言う現代では男に都合が良い事柄が多い。一夫多妻制もそうだな。王侯貴族は妻を複数持てるし、裕福な平民でも妾を囲ってたりする。
だが今よりもっと平和な時代は女神信仰を基本とした母系社会が多かった。子供を産める女は偉大であり神聖なものとされていたそうな。
まぁ平和な世でも男女関係無く邪悪な奴は居る訳で…歴史に悪女として名を刻んでるとある女王は、自分より若くて可愛い女ぶっ殺しまくり、拐った美少年の性器をコレクションしてたらしい。滅んだけどねその国。
思考が脱線しかけた俺の耳に、色々察した婆さんの笑い声が届く。
「イッヒッヒッヒ。安心しな。大分男に都合の良い内容だよ。多分これはあれだね。略奪や侵略して得た敵国の姫とかを娶る時の契約魔法さね。アンタが他に女作ったり重婚しても別に問題無い内容だよ」
「そうなん?そら良かった」
安堵する俺とは裏腹に、シルクの顔がみるみる不機嫌になっていく。
「…契約内容、変更希望」
耳をピンと伸ばしてハッキリ物申してる。
「シルクさん?」
そんなシルクにヘラ婆さんは無情にも言い放つ。
「無理だね。アタシはただの古物商さ」
良かったー。
「むむ〜」
ホッと胸を撫で下ろす俺の胸を頭突きしてくるシルクさん。ふはは、残念だったな。
「貞操の厳守。生まれた子供の親権。あとアンタが気にしてた自害の防止もある。それを包括したものとして、命の危機に瀕した際には夫に魔法的お知らせが来るらしいね」
「いいね、それ」
そいつぁいい。俺の知らん所で死なれたら困る。万が一死んでも、死にたてほやほやで損傷が激しくなければ治せると思う。
「…エスペル、私、心配?」
シルクが俺をジッと見つめて来る。
俺は素直に答える。
「ああ、死んで欲しくないし、殺させない」
「…なら、これでいい」
シルクさんにもご納得頂けたようです。
「確かにこれは、今の俺達には一番都合が良いな」
自害防止だけでなく、ピンチになったら教えてくれるのは有り難い。
今のシルクは拐われる危険がある。四肢無いしね。
(いや、例え手足があったとしても、ケイオス地方を引き篭もりのエルフが歩くなんざ、狼の群れに仔羊を放り投げる様なもんだよね。むしろ今、達磨状態で俺が抱っこしてるのが一番安全とも言えるね。トイレや風呂まで一緒だし)
「なるほど婚姻魔法か。字面はメルヘンチックだが政略・戦略魔法だなこりゃ」
ヘラ婆さんの言う通り、鹵獲したお姫様と無理矢理結婚して子供を産ませるための魔法だな。敵国支配には相手の王族に子供を産ませるのが一番だし。
「よし、買った。この契約魔法にすっぞ」
こんなとこで達磨エルフ相手に結婚するとは思わなかったけど…まぁいっか、俺初婚だし。隠し子はたくさん居そうだけど。たまには結婚してみよう。
「まいどあり〜」
ヘラ婆さんもニッコリ笑顔だ。それにしても…
「こんなよう知らん人間のガキによく商売してくれるよね?」
俺が疑問を投げかけるとヘラ婆さんは片眉を上げて事も無げに言う。
「アンタが強いからね。この店にゃ好事家垂涎のお宝がたくさんある。悪意を持った者、魔力の弱い者は辿り着けない術式の契約魔法を土地に仕込んである。アンタが強盗の類か、もしくは単なる観光客なら絶対にうちにゃ来れてないよ」
「はーなるへそ」
初対面の割にゃ対応良い訳だぜ。冷やかしや悪党は、そもそも暖簾すら潜れないって訳ね。
「おっと、その前にアタシと契約だ」
婆さんが違うスクロールを一枚取り出して来る。
「いや、婆さんと結婚する気は…」
俺が両手を前に出してぷるぷる振るとヘラ婆さんが呆れた様に言ってくる。
「売買契約だよ。アンタ金あるんかい?」
確かにそのスクロールは売買に関するものだ。契約を破ったら命を取られるとまでは書いてないが、資産の差し押さえとかあるな。この場合真っ先に差し押さえられるのはギルドの銀行口座でなく、シルクだな。俺はその項目を指で指し示し応える。
「シルクを手放す気は無いっての。ちきんと払わせて貰いますとも」
総額で、ロックドラゴンの素材分全てじゃ足りないぐらいだな。だがベアナックルの残高はまだある。全財産ぶっぱしなくてもなんとかなりそうやで。
俺は手付金としてメルカトルから貰った金貨をほとんど渡す。昼飯食いたいし多少は残しとく。
「ほれ、ギルドカード。全額先払いなら今すぐ下ろしてくるぞ?」
ロックドラゴンの料金はまだ入金されてないだろうが、なんだったらロメロン信金から借り入れしてでも支払うつもりだ。
(まぁしたらルピアにここに居るのバレるか?情報が伝わる頃には俺は居ないけど。足取りは掴まれちゃうわね)
俺のギルドカードを見てヘラ婆がニヤリと笑う。
「うんにゃ。信用するよ勇者エスペル。いや、ドラゴンキラーベアナックル。後払いで構わんよ。ロックドラゴンの素材は高値て売れたかい?」
耳が早いなぁ。いや、メルカトルが予告通り喧伝してんのかもな。
「俺、そんなに有名かね?変なのに目付けられてなきゃいいんだけどなぁ」
この婆さんやメルカトルは無関係だろうが、俺に絡んできたチンピラ。ありゃぁ誰かにけしかけられた感じがする。
「この街で四肢の無いエルフを連れた人間のガキなんて一人しか居ないだろうよ。アンタ、目立たない様に普段着で非武装なんだろうが、この辺りで手ぶらでぷらぷら出来る奴がまともな訳がないさ。逆に目立ってるよ」
それもそうか。俺も場違いに無防備な奴には気をつけよう。上位魔族は魔力を消すのも上手いっつーし、可愛いからってなんとなく犯した村娘が魔族だったらさぁ大変。
ヘラ婆はよっこらしょと掛け声を上げて立ち上がると俺達に手招きする。
「こっちに来な」
店の奥へと案内される。階段が下に続いていた。
「この地下室は結界になっとる。邪魔は入りゃせん」
地下へ行くと部屋があり、中は確かに強力な結界が張られていた。
契約魔法を行う祭壇…儀式場か。
☆☆☆☆☆
順序として、先ずは婆さんと売買契約をした。
そしていよいよ本番てーか本命だ。
「よし、契約するぞ。本当に良いんだな?」
俺が婚姻魔法のスクロールをシルクに見せつける。最初の頃のシルクだったら、嫌がってなんかおもしろリアクションが見れたかも知れないが、今のシルクは俺に良く懐いてる。
「…?」
シルクは不思議そうに小首を傾げキョトンとしてる。どちらかと言うと若干ウキウキしているかも。
「早く早く」
急かされました。
解らんなぁ。
婆さんの指示に従い俺とシルクの血をスクロールに垂らす。
(!?)
「なんかゾワッとしたな」
悪寒を感じた。なんだ今の?
「?」
シルクの方は特に何も感じなかったらしい。
結婚は人生の墓場だと言う。
ここに来てビビってるのか俺?
まぁ面倒臭くなったら離婚すりゃいーか。
「なぁ婆さん、これって離婚出来る?」
「エスペル?」
俺が恐る恐る訊ねるとシルクが真顔で見上げて来る怖い。
「無理だね。少なくともアタシにゃ無理だ」
なにそれ怖い。
ズズズズズズズズズッ…
地響きの様な音が鳴り、部屋が揺れ始める。
やっべ、早まったか?
「ごめん。やっぱナシで。一旦ストップー」
「もう遅いよ。てーかなんだいこの揺れは?この部屋は空間として隔絶されとるはずなんじゃが?気の所為かね?」
ヘラ婆がキョロキョロしてる。
え?これ契約魔法の効果じゃないの?
「エスペル?」
スクロールを見て首を傾げる婆さんと、俺を真顔で見つめて来るシルクさん。
やはり地響きは鳴り止まず、俺達は黙ってスクロールを見ている。すると俺とシルクの垂らした血が魔力を伴い、スクロールの文字を走り抜けて、その文字が次々と光り輝き出す。
「あーあ…」
(やってもーた)
すでに結婚する事をちょっと後悔し始めてる俺の目の前で―――………
ボッ!
スクロールに火が着き、一瞬で燃え尽きる。
これで婚姻魔法の契約は成された。
「ぬぐっ!?」
瞬間、頭に激痛が走り、胸も苦しくなる。
こんな反動あるんか?先に言ってよ。
「シルク、平気か?」
この俺でも足がぐらつぐぐらいの反動だ。シルクなんかは―――
「エスペル?汗すごい?だいじょうぶ?」
逆に心配されてしまった。シルクは全然平気そうだ。
俺が今、変なのか?
そう言えば俺、あんなにシルクと結婚したかったのに、なんで土壇場で後悔した?マリッジブルー?
あれ?もしかしてこれ、適当な気持ちでやったら駄目なヤツ?いや、政略・戦略魔法だろこれ?使用者の気持ちなんざ良くも悪くも汲んでくんねーだろ。
(じゃぁこの止まらない悪寒と震えはなんだ?)
俺はシルクを掻き抱く。
俺はシルクを失いたくない。
だから契約を…
契約、婚姻契約魔法を…
(だけど駄目だ。結婚だけは駄目だ―――)
死なせたくないシルクが死んでしまう。
俺はシルクを守りたかったはずなのに………
「◯✕△□…?」
(シルクが何か言ってる?なんて?)
「来る」
来てしまう。
女は男を挟んで女と揉めた時、男を責めずに…
………ィィィィィィィン………
女の方を攻撃する。
リィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィッ!
鈴の音がする。
地獄の鈴が鳴っている。
「なんだっ!?」
物凄い悪寒と恐怖。
勘違いじゃない。部屋中がミシミシと音を立てて軋んでる。地震?違うっ!
何者かが結界を破って来るっ!
「アンタふざけんじゃないよっ!?アンタ結婚してるねっ!?しかもこりゃ高位魔族っ!正真正銘の悪魔だよっ!悪魔の婚姻魔法がかかってる!」
ヘラ婆が目を剥いて怒鳴って来る。
結婚?俺が?いつ?
ドーン!ドーン!ドーン!
「重婚を察知されたっ!マズイマズイマズイマズイっ!正妻がっ!本妻がっ!正室が来るっ!ただの魔族じゃないよっ!魔界貴族っ!いや準魔王クラスだよっ!結界が突破されるっ!」
バン!バン!バチン!バチーン!
部屋の扉を…いや、この部屋の空間そのものを外側から平手で叩いてる奴が居る。
今この部屋は小さな箱庭だ。ヘラ婆が張った結界と俺達の婚姻儀式による結界が重ね掛けされている。
だがそれすら心許ない。
「アンタとその娘を殺しに来るよっ!」
ヘラの言う通りだ。俺もシルクもヘラも殺される。
逃げ延びる、生き残る選択肢は無い。確実に死ぬ。
「勘弁しとくれっ!巻き沿いで死ぬなんて嫌だよっ!」
―――ツカマエタ―――
「がっ!?」
(な、誰…だ)
俺の首に、魂に手がかかったのが解った。
俺は強い。凄く強い。魔境のモンスターにだって勝てるしドラゴンだってワンパンだ。戦らずにやり過ごした大魔境のモンスターにだって上手くやれば勝てる自信が実はあった。
だが俺は死ぬ。このままだと死ぬ。俺が強いとか弱いとか関係無い。そんな次元の話じゃない。アイツの手は俺の魂に指を引っ掛けている。
このまま握り込めば俺の魂は粉々に砕け散るだろう。
生まれ変わりとかあるのかどうか知らんけど、あるとしたらそれすらもう出来なくなる。そんな確信がある。
だが今際の際に俺が感じたのは恐怖や怒りや憎しみではなく…安堵だった。
(へっ…そんなに俺がいいかよ?)
少しホッとしたのは、シルクを無視した事だな。
女って、男を挟んで揉めると男じゃなくて女を攻撃すっからな。そもそもそう言う女だったらホーミィやルピア、アーニスとか、俺が孕ませた女達も殺られてるわな。
(シルクが無事で良かった)
まぁ手足ちょん切っちゃってるから五体満足じゃないけど強く生きてくれや。
じゃぁな。最期まで、俺は誰も愛せなかったのかもなぁ。道連れにしたいとも思わん。別に独りでいい。
粉々に砕けた俺の魂は奴に回収される。業腹だが仕方無ぇ。俺がシルクやヴェーツェ、ウィンディ達にしてきた事と同じ。
強さこそ正義。強ければ何をしても許される。
(強いんだから誰に許しを乞う必要も無い。それが強いと言う事だ)
―――火遊びは許そう。じゃが結婚は許さぬ―――
(解ってるよ■■■…仕方無い奴…)
俺は目を閉じる。
アイツは俺の魂をどうするつもりだろうか?
手元に置いて愛玩するのか、喰って一心同体にすんのか。どのみちもうまともに何かを認識する事は出来なくなるだろう。
終わりだ。
そして俺は永遠の眠りに――――
パキィィィィィィィィィィィィィィィィンッッッ…
…その時、何か、巨大な樹木が割れて倒れる様な音がした。
☆☆☆☆☆
「エスペルっ!エスペルっ!」
顔が冷たい。いや、暖かいな。
目を開けると闇が晴れ、金色と碧色、赤色が飛び込んでくる。
「エスペルっ、エスペルぅ…」
シルクは泣きながら俺に頬擦りをしてくれている。
俺は部屋の真ん中に倒れていた。
「ゲホッ」
血の塊を吐き出す。
顔中血だらけだぜ。
目、口鼻、耳からも血が流れてる。
大出血サービスだな。
内臓もやられて骨もちょっと折れてる。
「魔王眼…相変わらずの高火力だな」
知らないはずの単語が口を衝いて出る。
今度も逃切ったぞ?ざまぁ見ろ。
「いててて、体が動かん」
招かれざる客は帰ったらしい。
結婚式に元カノが乗り込んで来るとは思わなかったぜ。お前とは終わってんだろうがよ。
(………名前も顔も思い出せん。まぁこのまま忘れちまおう)
もう魔界に行く気は無いからな。
「……………た、助かった」
ヘラ婆が腰を抜かしてる。よく失禁しなかったな。シルクがお漏らししても悦んで綺麗にしてやるがババアのお漏らしなんて世話してやんねーからな。
部屋内がめちゃくちゃだ。物理的な意味だけじゃない。結界も破壊されてる。九死に一生を得たとは正にこの事。しかし、いったい何故―――?
ヘラ婆は床に腰を落として汗を拭っている。
「良かったねアンタ。その娘は、何か大きな加護を得ていたよ。その娘を守る者が厄災を肩代わりしたんだ」
そうなんだ?
俺がシルクを見ると微笑まれた。可愛い。
「この娘、死にそうな目に何度も遭ってるだろう?でも助かった。それは守られてたからさ。しかしアンタの受けてた呪いを肩代わりした所為でその加護も大分弱まったよ。失ってはいないようだけどね」
ヘラ婆さんは俺を責めない代わりに、シルクの頭を優しげに撫でている。
「守っておやり。アンタにはその責任がある」
キッと俺を睨んでくるババア。
「責任とか一番嫌いな言葉なんだけど」
俺が上体を起こすとシルクが抱き着いて来る。
「好き。エスペル。愛してる」
「ああ、俺もだよ」
シルクの髪をかき上げて長い耳に触れる。
「シルク愛してる」
口付けを交わして愛を確かめる。
この日この時、俺とシルクは結婚し夫婦となった。
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