第47話 エルフの嫁入りその8 結納品の首飾り
エスペルと私はキャラバンのお世話になる事になった様だ。人間のお祭りにコッソリ行った時に貨幣による支払いと言う概念は学んだ。
エルフは基本的に物々交換とお互い様精神の助け合いでやりくりしている。
山菜や果実を多く採った者や狩りで多く動物を仕留めた者が他の者にその成果を分け与え、それを受けた者は織物や革細工等をお返しする。里によっては人間の金貨をそのまま流用してる所もあるが、エルフ自らが貨幣を作り出したりはしない。
(ロックドラゴンをキャラバンの者達が解体してる。所有権はすでに彼等に移ってるのね。そしてその代価に私達は金貨と食事と寝床を得た)
あの獲物はいったいどのくらいの価値になったのだろう?
私はエスペルに抱かれてメルカトルのテントに入る。そこには人間達の料理が並べられていた。
テントに敷き詰められた絨毯はふかふかして柔らかくて暖かそうだ。椅子ではなくそこに座って食べる様ね。
何人か給仕が控えていて、その内の一人の女性が私の世話を申し出て来た様だが…エスペルが断っている。ふふ、当然ね。私は彼の物だもの。
メルカトルはお酒を飲みながら魔境の事やドラゴン退治の話をエスペルから聞いている。
「…しょっぱい…」
人間の料理は見た目が派手で綺麗で面白いけど、味も比例して濃くなっている。ちょっと無理かも。
私が一口齧って食べなくなった肉料理はエスペルが食べてくれる。私の食べかけなのに嫌な顔一つしないエスペル好き。
「果物を」
エスペルが頼むと色とりどりの果物が運ばれて来る。切り分けて貰った物をエスペルが食べさせてくれる。
「甘い。美味しい」
エルフの隠れ里周辺で採れる果物よりもずっと糖度が高くて瑞々しくて美味しい。
(これが人間の力)
家畜だけでなく、野菜や果物も交配や品種改良を繰り返し、より美味しく育てていく。
(これは、精霊魔法でどうこう出来るものではないわね)
私の木魔法でこの味は再現出来ないだろう。種苗を貰って育成方も教えて貰えれば同じ様に作れるかも知れないけど、ここまで完成された物はエルフには作れないわね。
育つのが早い植物は気付くと、枯れてしまっていたり、実が成ってるどころか熟れて腐ってたりする。
なのでエルフの主食は足が遅くて収穫時期や育成方が細かくない物ばかりだ。
…正直、繊細ぶってて大雑把と呼ばれるのが我々エルフだ。逆におおらかに見えて神経質なのがドワーフだけど。ドワーフ達は貨幣制度を導入していたっけ。
私が人間の果物に夢中になっていると、メルカトルが私に視線を向けながら話題を変えてきた。
「そのエルフ■お嬢さん■どうしたんだ?いったい何故そんな姿に…」
ふむ、大分聞き取れる様になってきたわ。
私の今の状態が知りたいのね?
メルカトルは体はゴツくてムキムキだけど、洗練された衣装と同じく、とても紳士的だ。
控えてる給仕の人間達も、四肢を失ってる私を珍しそうに絶対に見てこない。皆プロの商人なのだろう。
(別に良いのに。この手足はエスペルの愛の、欲望の証なんだもの)
エスペルが答えずに黙っているので、私が代わりに答えてあげようと思う。
「私、酷い、人間に、腕、足、切られた」
そう、エスペルったら本当に酷い人だったわ。私の手足を切って無理矢理犯して…。でもそんなにしてまて私が欲しかったなんてね。可愛い。ほら、今も私をじっと見つめてくれている。
「でも、エスペル、優しい。私、エスペルの、妻。私達、夫婦」
でもエスペルは優しいの。ちょっとエッチ過ぎる気もするけど、いっぱい優しくしてくれた。エルフの流儀とは違うけど、もう私達は夫婦なの。
(…結納品は欲しいかも。人間は確か指輪を贈る習慣があるんだっけ?)
里が無事だったら御神木の枝を貰って指輪を作ってあげたのだけど………
私が甘い果物を食べながら甘い妄想に浸っている時だった。
「うおおおおおっ!そうかっ!君を■■に遭わせた■■をっ!エスペルがやっつけて■■■っ!■■二人は恋に■■結ばれた■っ!」
メルカトルがなんだか大きな声を出したわ。
聞き取れた単語は、恋に、結ばれた―――うん。その通りよ。解って貰えて良かったわ。
「…………………」
エスペルは黙ってる。
何を考えているのかしら?
メルカトルは涙を流しながらまだ叫んでる。
「感動■っ!ベアナックル■エスペルは■パーティー■女冒険者■■■!バリュー市■■■聞いた事が■■!若く■■功績を■■君へ■■嫉妬■■悪評なんだ■!」
うーん?早口になると途端に解らなくなるわね?まぁいっか。これからも人間語を学ぶ機会はたくさんあるものね。
「これからは■■エルフを助けっ!妻として娶った英雄■私■喧伝して■!」
あら?大事な部分はちゃんと聞き取れたわ。
「それはやめて」
あらあら、エスペルは照れ屋さんなんだから。
その後お腹いっぱいになるまで果物を食べ、私達に割り当てられたテントへ向かう。
寝床に着く前に簡易トイレでエスペルにお世話をして貰う。もう恥ずかしくなんてなくなったわ。
エスペルに綺麗にして貰うと、本当に愛されてるって実感があるわ。
…ただちょっと気になるのよね。私は思い切って訊いてみる。
「エスペルは、その…おトイレ、お世話、上手。何故?汚い、嫌じゃない?」
もしかしたらエスペルはかなり特殊な性癖を持ってる可能性もある。今までたくさんの女の手足を切り落として、自分でお世話をしてきたのかも知れない。そう言う趣味の変態さんの可能性もあるのだ。
「ああ、死んだ母親が病気で寝たきりになった時に、ずっと下の世話とかしてたからかな?別に汚くねーだろ。生理現象なんだしよ」
………エスペルは立派な少年だった。
私にご飯を食べさせるの、やけに手慣れてるのもそう言う事だったのね。亡くなったお母さんの食事やおトイレの介護を、小さい時にやってたからなのね。
本当に私達は取り返しのつかない事をしたわ。エスペルを知れば知るほど、いきなり矢を射掛け攻撃魔法を放った私達エルフが恥ずかしい。
死んで当然だったとまでは言わないけど、もしも里のエルフ達がエスペルを責めたら、私はエスペルの側に立つわ。
「…エスペル、安心。私が新しい、家族」
エスペルに切り落とされた短い腕でギュッと抱き締めてあげる。
「おおう?そうか、そうか?」
エスペルが戸惑ってる可愛い。きっと自分が大変だったなんて自覚も無いのね。いいわ、私がたくさん甘やかしてあげるからね。
私がエスペルをより受け入れたからか、その晩のエスペルはとっても激しかったわ。
「エスペル、好き」
「ああ、可愛いよシルク」
(………好きとは言ってくれないの?)
用意された寝具がふかふかだったからか、今までの疲れが一気に出てしまったからか。私はエスペルに思う存分に抱かれた後、ぐっすりと泥の様に眠ってしまった。
☆☆☆☆☆
「―――…………エスペル?」
目が覚めるとエスペルが居ない。
(…そういえば寝てる時に何か変な音がしてたような…?)
思い出せない。
段々不安になってきた私の元に、私の旦那様が現れる。
エスペルはその手に布やら何やら色々抱えていた。
「おはようシルク」
「おはよう、エスペル」
私はホッと安心して笑顔になる。
エスペルは私の服を脱がして裸にしてしまう。
「もぉ、朝から?いいよ…」
そんなに我慢出来ないの?そんなに私を孕ませたいの?仕方無いなぁ。
「あ、違う違う。ちゅっ」
私が目を瞑るとほっぺにキスをされた。あれぇ?
私が戸惑ってるうちにエスペルが今持って来た服を着せてくれる。人間の衣服だ。
なんだかふわふわしててフリフリしてる。人間の子供が持つお人形さんの服の様だ。
「エスペル?これは?」
戸惑いつつ訊いてみる。
(あの服、汚かったかな?臭かったかな?)
魔境の森を進んでる時は洗濯なんてする余裕は無かったし、エスペルに捕まった後はあの服を着たまま犯されたりした。
匂ったかなぁ?
その服は所謂ワンピースと言う物だ。
スカート部分は足があれば足首ぐらいまでの長さだろうし、袖も長くて袖口はスカートの様に大きく広がっている。
(私の手足を隠すため?やっぱりこんな姿の女は嫌?)
凄く不安になる。この服がとても高価な物である事が解るからだ。
(まさか―――まさかだけど…わ、わたしの、こと、売らない…よね?)
ケイオス地方。
黙認されているエルフの奴隷の売買。
私の中で嫌な予感がどんどん膨らんで行く。
エスペルが隠す様に持つ何かも気になるが…怖くて訊けない。
「お前さ■、うちで働か■■?雇われ■■?」
朝早くからメルカトルがやって来た。
怖い。怖い怖い。このままメルカトルに引き渡されるのかな?このキャラバンに使い手が居ないと良いけど、もしも人間の契約魔法で奴隷にされたら、自分の意思で自殺も出来なくなる。
「なんで?」
「こんなに上手く魔石■■出来る奴■■そうそう居ねぇんだよ。下手くそ■■■折角の上物■台無しになる■■」
エスペルとメルカトルとの会話を側で聴いていると頭がぐらぐらしてきた。
うちで働かせる?雇われる?折角の上物?台無し?
なんだろう?なんだろう?
ああ、売るのでなく貸し出すの?
私が働かされて、その上がりをエスペルが貰うの?
彼の為ならなんだってする。
そう決めたのに。
そう思ったけど……
(他の男に抱かれて、他の男の子種を孕まされるのは―――嫌っ!棄てないで棄てないで棄てないで棄てないで―――)
私が絶望のドン底に落ち込んでいると…
「悪いが他人の為にやる気は無い」
エスペルの発言で少し冷静になる。
あれ?大丈夫そう?
「むむむ、そうか。そうだな。高い金出す…と言いたいが、ロックドラゴンを単騎■討伐する■■冒険者を雇い続ける■■経済的■キツい」
メルカトルが凄く残念そうにしてる。
(危ない…早合点するところだったわ)
精霊魔法を使って暴れちゃうところだったわ。危ない危ない。どうやらメルカトルはエスペルを雇おうとしてたみたいね。
もう、まぎらわしいわね。早く人間語をマスターしないと。
「むむむ。そうかぁ。そうだなぁ。諦めるしかない■…」
メルカトルは深く溜め息を吐き出して気持ちを切り替えたのか、私達…いえ、私に向かって語りかけて来る。なんなの?
「だがこれで、ベアナックルエスペルの英雄譚にまた剛気なエピソード■追加された■。ロックドラゴン■討ち取りっ!その素材■妻■贈り物に■っ!確かに見た■■結納品■まだなんだ■?これほどの■は■■ないぞ?剛気だな」
メルカトルはそう言ってから豪快に笑ってる。え?なんの事?
結納品?確かにこの服は素敵だけど、お金で買った物よね?人間のしきたりはこうなのかしら?エルフだったら基本手作りよ。その里の御神木の枝とか、拘る人は妖精郷まで旅して世界樹の枝でアクセサリーを作るわ。
「シルク」
エスペルが私の首元に何かを巻きつけてきた。
(ちょっと苦しい。いったい何…?)
凄い魔力を感じて鳥肌が立つ。まさか隷属の首輪?メルカトルは良い人そうだけど、人当たりの良い商人ほど油断出来ない相手は居ない。
まだメルカトルを…いえエスペルを疑ってしまう。
(欲しい…私が特別だって言う、エスペルにとって特別な存在だって言う証が欲しい…)
「ネックレスだとプラプラしてて落としそうだからな。これにしたわ」
ネックレス?なら付ける前に見せて欲しかった。エスペルってそう言うところあるわよね?主観で動いて自己完結して勝手に進めてしまうのよ。
単独でこの厳しい世界を生きてけるタイプってこう言う欠点がある気がするわ。
私が自分の首元を見れない事に気付いたのか、エスペルが水魔法で空中に鏡面を作り出してくれる。そこに私の姿が映り込む。
「――――――!」
私は思わず息を飲む。
「…首輪」
首輪だ。私の細い首に首輪が巻かれてる。
「言い方、言い方。チョーカーな」
チョーカーだ。紐は赤黒い。革…ではないわね。微かに感じる魔力は確かにドラゴン…ロックドラゴンの心臓?そんな事よりも―――
(綺麗………)
チョーカーの中心には、恐ろしい程の魔力を秘めた、赤く熱く輝くロックドラゴンの魔石が収まっている。
カッティングは見事と言う他無く、あの大きな魔石の一番濃い部分を綺麗に削り出していた。
美しさも然る事ながら、魔法の触媒としての価値も凄まじい。こんな魔法石…魔宝石かしらね…それこそエルフの王族への献上品とかにしてもおかしくない。
(いったいいつこんな物を………て一晩よね?寝ないで私の為に………)
メルカトルのお抱えの職人に頼んだとしても、一晩で作り出すなんて無茶だ。そうすると、そんな事をする人物は一人しか居ない。
(エスペル…ちょっと目に隈ある?)
もしかして、寝ないでコレ作ってたの?寝てる時の何かを削る様な音って…コレだったの?
「ふふ、うふふ」
私は無意識に風の精霊魔法を操り、宙に浮く。
エスペルの手を離れ、私は風と一体化した様に舞い踊る。
中身の無い袖やスカートが風にはためく。
「エスペル、ありが、とう」
これほど見事な結納品を、まさか貰えるなんて…
私の視界が歪み、頬を涙が流れる。
こんなに幸せで良いのだろうか?
ケイオス地方の強い陽射しが、私の首元の魔宝石を赤く輝かせる。
私の歓喜の心と同調したのか、その石はさらに煌めく。
もぉ、本当にエスペルは無茶苦茶ね?
順番がおかしいわ。
手足を切って逃げれなくして。
死のうとしたら助けられて。
犯して出して私を孕まそうとして。
そして今?今更、結婚の申し入れ?
(仕方無いなぁ。コレは仕方無い。うん…)
この日私は、完全にエスペルの物となったのだった。
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