第46話 エルフの嫁入りその7 シルクの人間語学習体験

 エスペルはロックドラゴンの魔石を私のお腹の上に乗せてから、片手で抱っこしてくれている。そしてもう片方の手でロックドラゴンの死体を引き摺りながら荒野を進んで行く。

 

(な…なにこれ―――!?)

 私は自分のお腹の上の魔石の圧に戦慄する。まるで生きたドラゴンそのものの様な力強さを感じる。これが、あの凶悪なモンスターの力の源だったのだ。


「エスペル。魔石、どう、する?」

 私は頑張って彼の言葉で訊ねてみる。人間語を覚えるには人間と恋人になるのが早いと、歳経たエルフが言っていたのを思い出す。その時には特に興味が湧かず深堀りしなかったが、彼女はどんな風に人間の男と出会い恋をし、そして別れたのだろうか?その後百年ずっと一人で寂しくないのだろうか?…新しい里で無事に過ごしてるだろうか。

 今度会えた時に話を聞いてみよう。


「んー■■加工して使って■■、俺■魔法使いじゃない■■。売るか■」

(―――彼の事をより知ろうとすると、段々と言ってる内容も理解していくわね。でもまだ足りない。早く、深く、もっと彼と意思疎通がしたい…)


「欲しい。欲しい」

 それとは別に聞き逃せない単語も拾えた。売る?折角頑張って倒したのに?私は直接貢献はしてないけど、空高く放り投げられた事は覚えてましてよ?

 何よりこんなに高純度で大きな魔石、この先何百年生きてもまた出逢えるか解らないもの。

(勿体無い…倒したのは彼だから本当は欲しいなんて言えた立場じゃぁないのだけど…)

 誰かに売ってしまうくらいなら私が欲しい。


 私が言葉だけでなく視線でも強く訴えていると、彼にも通じた様である。エスペルが私に頷いてくれる。

「ああ、別にいい■。でも■■加工しよ■。■■■デカ過ぎ■」

(むむ?一応、会話が成立してる?)

 エスペルは私と魔石を交互に見て思案し始めた。


「シルク■何が■■■■?」

 なんて言ってるのだろう?

 なんだかむずむずする視線だ。少し照れる。

 しかしその時………


(―――あれ?エスペル?―――)


 勘―――。

 勘だ。直感だ。ただなんとなくそう思っただけだけど…エスペルが私を通じて他の誰かを見ている―――


ペチン


(あ、しまった)

 無意識でエスペルのほっぺを風で叩いてしまった。

 口も勝手に動いて私の想いを紡ぎ出す。


「エスペル、他の女、考えちゃ、駄目」

 顔もちょっと熱くなる。じっと見つめるとエスペルの目が泳ぐのが解った。え?なにそれ?やっぱりそうなんだ?


「カ、カンガエテナイヨ?」

 嘘。私以外にも女が居るのね?エスペルは初めてじゃなかったし、凄く慣れてるもの。その…女を抱くのに慣れている。………なんか嫌だ。

「シ、シルク■何が■■■っ■考えてた■よ?」

 ………ふーん、そう?私の事を考えてたの?まぁいいわ。今はそれで。それも嘘では無さそうだし。


「そう?嬉しい」

 私は笑顔で応えてあげる。

 彼が、私が欲しくて堪らなかった事は解ったんだもの。

 だってあの時、他にも女のエルフは居た。正直私より綺麗なエルフも居たわ。でも彼が拐ったのは私。


 私を無理矢理犯しちゃうぐらい我慢出来なかったのよね?

 手足を切り取ってでも逃げない様にされたし。

 それに死のうとしたら強引に何度も助けられた。

 犯したいだけならわざわざ助けないよね?死体のまま犯してから捨てて、モンスターに食べさせればいいんだし。


 ―――子供が出来難いエルフ種の私に、諦めずに何度も何度も精を、子種を注いでるのもそう言う事よね?


(エスペルは私との子供が欲しいんだ)

 今だって片手だけど優しく抱きかかえてくれている。大切にされてる実感がある。

 …少し恥ずかしいけどエッチなのも嫌じゃなくなってきた。彼、上手くて気持ち良いんだもん。


(エスペルとのエッチ、不思議なの)

 魔力が高まる。御神木に触れて魔力を同調させるよりもずっとずっと魔力が高まるのが解る。

(これが人間の力―――)

 何千年…神話の頃より伝説として語られる神々の戦いでも、決着を着けるのはいつも人間だった。

 誇り高く基本的に人間を下に見てるエルフ達ですら、その伝説を真実だと語ってる。滅多に現世に現れないけれど、精霊化したハイエルフ様達の中には神話時代の当事者も居るからだ。

 エスペルは若くて、多分生まれて二十年も経っていない気がする。


(たくさん生まれて、早く死ぬ。けれどその分、強くて特別な個体もたくさん生まれて来る)

 異種族との交配も成功する確率が高く、伝説の英雄達の中にはハーフエルフや半魔族の戦士達も多く登場する。

(私との子供もきっと英雄に育つわ)

 早く彼との子供が欲しいと思う。


「ところでここ、何処■■■?」

 エスペルの呟きに頭を上げる。私もなんとなくしか解らない。故郷の森からこんなに離れるのは生まれて初めてだから。

 砂埃が晴れた瞬間、遠くに混沌山脈が見える。今日は天気が良いわね。


「混沌山脈」

 彼もあの山々の事は知っていたらしい。

 ケイオス地方。私も来たのは初めてだけどね。

 この辺はあまりエルフにとって治安は良くないから。

 人間に拐われたエルフはこの地方で売買され、奴隷として売られていくらしい。

 

 まともな人間の国だと亜人種への偏見は強いが、逆に揉め事を起こさない様にエルフ奴隷の売買には厳しいと聞く。差別はあるが治安は良い。

 ケイオス地方は他種族が入り混じる地域なのでエルフが歩いてても変な目で見られないけれど、拐われて売られても誰も文句は言えないし、裁いてくれる法も無い。


「あ、人だ人だ〜」

 エスペルが声を出したので私も気付く。前方に馬車がたくさん見える。キャラバンだ。

 エスペルは無警戒にとっとこ近付いて行く。

 私もエスペルに身を任せる。彼の胸の中ほど安全な場所なんて無いもの。


 段々距離が縮まって来ると、キャラバンの物々しい雰囲気が伝わって来る。皆武器を構えてこちらを睨んでいるからだ。

「?」

 不思議そうなエスペルを見上げて少し呆れる。

 普通の速度…いや、少し早いくらいのペースで歩くエスペルは…


ズズッズズッズズズズズズッ…


 …と、ロックドラゴンの死体を引き摺っているのだから。

 それは警戒するに決まっているだろうに。

 


☆☆☆☆☆


 

「うおおおおおおおおおおおおっ!」

「ドラゴン■ーーーっ!」

「ロックドラゴンっ!■、■ーっ!」

「■■■っ!アンタ■仕留めた■っ!」


 キャラバンに辿り着くと、武器を持った人間や亜人種が大いに驚き、エスペルを褒め称えている。私は凄く誇らしい気分になる。そうよ?私の旦那様は凄いのよ。

 そんな私とは対照的にエスペルは酷く冷めている。まるでドラゴン退治なんて大した事ではないみたい。

 ああ、カッコいい。


 エスペルはざわついているキャラバンの者達に声をかけている。

「冒険者ギルド■■■■取引はあるか?金を下ろしたい■■」

 冒険者ギルドは聞き取れた。もう一つの単語は聞き慣れないものだった。個人名かしら?


「このキャラバンにゃ■■、■■冒険者ギルドの支部やロメロン■■■」

(ロメロン?なんの事…誰の事だろう?)

 人名か地名か、なんらかの名詞だろう。

 大っきな人間の男が現れエスペルと会話を始めている。

 武器を装備し、何より装飾品が充実している。きっとこのキャラバン内で地位の高い人間なんだろう。


「私■■キャラバン■リーダー、メルカトル■。歓迎■■、ドラゴンキラー■少年」

 メルカトル…と言うこのキャラバンのリーダーだった。なかなかに強そうだ。エスペルを基準にしてしまうと色々おかしくなるので、例えば今の私…精霊魔法を二属性扱えるエルフと比べても強いと思う。

 以前の私なら人間なんかよりエルフのが絶対強いと過信していたかも知れないが、今は違う。


「俺■エスペル。こっち■シルク」

 エスペルが自分だけでなく私の事も紹介してくれる。嬉しい。妻としてキチンと挨拶をせねば。

 私はエスペルに抱かれながらも頭を垂れて辞儀をする。人間の国にしろエルフの里にしろ、キャラバンのリーダーにしろ、その場のトップには挨拶が大事だ。

 カレイジャス始め他のエルフ達はまだまだ排他的な者が多いが、私は元々頭の柔らかい方だと思ってる。エスペルのお陰でさらに人間への偏見は減った。


(私や私達の子が、エルフと人間の橋渡しとなるかも知れないしね)

 コミュニケーションは大切だ。私は脳味噌をほじくり返し、今まで蓄積してきた人間語の中から目当ての単語をサルベージする。

「シルク、です。エスペルの…妻…です」

 よし、御挨拶成功。エスペルもびっくりしてるわ。私がちゃんと喋れた事に驚いてるみたい。ふふん、やったわ。


「早速■悪いん■、アレ■売ってくれ■?あんなに綺麗■■■ロックドラゴン■珍しい」

 メルカトルは商人らしく、早速ロックドラゴンの素材の買い取り交渉を持ちかけて来た様だ。

(歯痒い…もっと人間語を勉強していれば良かったわ)

 メルカトルの話をぼんやり聞いてるエスペルはまともな交渉をする気が無いらしい。凄くどうでも良さそうな気配が伝わって来る。

 拳一つでドラゴンを倒せる彼からすれば、ドラゴンの素材なんて大して価値が無いのだろう。

(明らかにドラゴンより格下の私達エルフの方こそ梃子摺っていたわよね?相性の問題かしら?)

 

 ロックドラゴンは人間相手に油断していたし、ブレスも大味で隙だらけだった。まぁその油断した隙を突けるのはエスペルだからこそ、だろうけれど。

(…こそこそ後ろから狙い撃って来る集団は苦手と言うか、鬱陶しいのかも)

 やはり何度考えてもエスペルには絶対勝てなかっただろう。しかしやりようによっては完封出来たかも知れない。嫌がらせに徹し、魔境のモンスターを誘導したり罠にハメたりとかすれば、だ。

 私達の敗因はロックドラゴンと同じ、相手が人間一人だと油断した事だ。だから全滅するのだ。


「うーん、ど■■?」

 エスペルが首を傾げてるわ。可愛いわ。

「ま、いいよ。手元■現金■■欲しい■少しちょーだい。残り■ギルド■■でロメロン商会■■入れといて」

 うむむ。長文と、知らない単語が多いと追いきれないわね。私は長い耳をぴくぴくと動かす。


「おん?値段交渉■■しないのか?」

 メルカトルが首を傾げてる。ああ、やっぱりそういう話になってるわ。エスペルは相手の言いなりと言うか、言い値で取り引きするつもりなんだわ。あーもう、もやもやする〜。

「面倒臭いから任せるよ」


 …エスペルが言った言葉を一言一句理解する。うん、彼らしいわ。仕方無いわよね。私も例え言葉が通じたとしても、百戦錬磨の商人相手に上手く交渉出来る自信も無い。エルフ達に通貨の概念は無いからね。

 

「商人■■■だな」

 メルカトルが目を細めてエスペルを見ている。

「交渉事■苦手なんだよ。それに飽きる■食べたらどうせ捨てるつもり■■■」

 …呆れた。やっぱりエスペルは、あのロックドラゴンを食糧ぐらいにしか認識してなかったらしい。


「はははっ!剛気だな。気に入った■ベアナックル」

 …?剛気?さっきも聞いたわね。メルカトルの口癖かしら?

 後もう一つ。メルカトルがエスペルを『ベアナックル』と呼んだわ。それは何?二つ名かしら。エルフ達にも無い事は無いけど。私で言えば、二重精霊使いになるから『森と風に愛されしシルク』とか名乗っても良いけど。エスペルの二つ名は何て意味かしら?


「よーし商談成立…■■■、エルフ■嬢ちゃん■大切■抱き締めてるそれは…別料金■?」

 どうやら話がまとまったらしいが、メルカトルは顎髭を撫でながら私が抱えてる魔石を見つめてくる。まぁそうなるわよね。でも駄目よ。コレはエスペルが私にくれるって―――て、ちょっとエスペル?なんで羨ましそうにメルカトルの顎髭を見てるの?駄目よ、許さないわ。エスペルに髭は似合わないから。キスする時にくすぐったくなっちゃうし何より可愛くないから駄目。

 

「ぺろぺろ」

 私は拒絶の意味を込めてエスペルの顎を舐める。頭をぽんぽんされた。むぅ、伝わってないっぽい。

「ちゅっ、■」

 おでこにキスをされた。むぅ、伝わってないけどまぁいっか。

「■■」

 メルカトルがニヤリと笑うのが見える。やはりロックドラゴンの魔石は諦めてないらしい。

 

 確かにこれ程巨大な魔石だ。人間の商人なら様々な活用方法を知っているのだろう。エルフの里に持ち帰ったとしても、せいぜい武器なら鏃とか?種火用の魔道具とかに使うくらいかしらね。


「でも中心■濃い所■削り取った■後はいいよ。それと牙■一本貰う」

「おん?なんだ?魔法剣■作るの■?」

 エスペルの話を注意深く聞いていると、どうやら魔石の一番魔力が凝り固まった部分は確保する様だ。ホッとする。私にくれるのよね?何作ろうかしら?今手が無いけど、木魔法と風魔法を使いこなせば何かしら作れると思うの。

(エスペルの為に何か作ってあげたい。贈り物がしたい)

 

「解った。ドラゴン■殴り殺せる冒険者■、安く買い叩いたり■■。適正価格で■■ベアナックル」

「ありがとう、メルカトル」

 男達が力強く握手している。これで本当に交渉は終了したようね。

 …うん?エスペル駄目よ?なんでメルカトルの大っきな体を羨ましそうに見てるの?駄目だからね?エスペルがあんなムキムキ…は、良いとして、胸毛とか腕毛とかあんなにモジャモジャになるのは嫌だからね?ね?

 

「むーむー」

「なんだなんだ?」

 私は抗議の意味を込めてエスペルの顎に頭突きする。また頭をぽんぽんされておでこにキスをされた。

 …むむぅ〜なんで伝わらないかなぁ?

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