第37話 ウィンディの運命分岐点その7 水妖の乙女

 私が村の男達に辱められる―――

 ―――その時だった。


ドパァッ!!!


 突然の大洪水。

 狭い室内がまるで滝壺に落ちた様な急流に見舞われる。


「うわあああああああああああっ!?」


 私の部屋…いや、家丸ごと、私を犯そうとした男達が皆流されて行く。私がお金にしか見えなくなってた両親や村長達が、丸ごと綺麗に。


「な、ナニコレ…?」


 池の様になってしまった我が家の中、プカプカと浮かぶベッドの上で私は呆然とする。

 そこでふと我に返る

「あ、逃げなきゃ」

 ベッドからそろりと足を下ろして、ちゃぷちゃぷと足音を立てながら池の中を進む。


「ま、待てっ!」

 近くに倒れていた男が起き上がって掴みかかって来た。

「きゃぁ」

 私は悲鳴を上げつつも簡単にひょいっとそれを避ける。動きが丸わかりだった。まるで…


(まるで、第三者の視点で私達を見下ろしてるみたい…)


 客観的視点…神の視点とでも呼べば良いのか。全方位から周囲全ての視覚情報がもたらされる。

 それを確認すれば、背後や死角からの攻撃は本体の目を瞑ってでも避けられる。


「…レンズ?」

 聞いた事も無いはずの単語が突然頭に浮かぶ。そう、これはレンズ。

 空気中に浮かぶ透明度の高い水の集合体。

 そうか、これが私の『目』か。

 エスペルの邪眼とは由来も性質も全く違うけど、私が彼の隣に並び立つ為に必要な力。

(これが、そうかっ!)


「…『水妖の眼』アクアスコープ…空気中に水のレンズを作り出す魔法…」


 私は開眼した新しい力で周囲を確認する。

 幸いにと言えば良いのか解らないが、先程の流水の一撃では死傷者は出なかったらしい。

 意識を取り戻した男達が手に手に武器を持って立ち上がって来る。私の生身が強くなった訳ではない。捕まれば犯され孕まされる。そんなのは―――


「嫌だぁっ!」


 私が腕を振るうと空気中に水泡が生まれ、それが連なる。そしてまるで蛇の様に鞭の様にしなり、男達を次々に打ち据えていく。


「ぐあっ!?」

「ぎゃあああっ!」

「痛ぇええええっ!」


 男達は吹き飛び、再び転がる。中には手に持っていた刃物で指を切り落としてしまった人も居た。うーん、今のは私の所為?違うよね、エスペル?


「あははははっ。これは『水妖の鞭』アクアウィップ―――エスペルの物である私にオイタした悪い子にお仕置きする魔法〜」

 初めて使った魔法なのに、まるで手足の様に自由に使えた。なんだかとっても楽しいなぁ。


「た、たすけ―――ぎゃっ!」

「ごめんなさ…いぐっ!?」

 私は初めて覚えた魔法の試し撃ちをする。そこらに倒れてる村の男達を次々と『水妖の鞭』アクアウィップで打ち据える。

 『水妖の眼』アクアスコープで視界を確保しており、より的確に攻撃を打ち込めている。ただ…


(…私はエスペルみたいにはなれない、かな…)


 私は村の人達が死んでないか確認してホッとしてしまう。私が『目』で確認したところ、誰も死んでないし死にそうな大怪我もしていない。

 中には骨折したり、股間から血を流してる人も居るけど死んでないよ?教会にいっぱいお金払えば治してくれるよ。エスペルがお金たくさんくれてるもんね。良かったね?


 家の周りには村人達が全員…まではいかなくとも、かなり大多数が居た。

 一応様子を見てみる。

 中には私を救い出そうとしてくれる人も居たかも知れ…居なそうだね。女の人達も居たけど、誰も止めてはいなかったっぽい。私が無事な姿を見て喜んでる人なんて一人も居ない。皆ガタガタ震えてる。おしっこ漏らしてるよおばさん?私の事陰で売女って言ってたよね?聴こえてたよ?


(なんかガッカリ)

 私を輪姦する事に賛成だったとか以前に、エスペルへの恩義とか何も無かったのね。

 まぁエスペルも善意ゼロだったけど。

 あれだけ村の為にしてくれたエスペル。

 そのエスペルが愛した女を大切にしようじゃなくて傷つけようだなんて。

 ホント、ガッカリだわ。


「はぁ…」


 まぁ逆に良かったかも。

 私を襲おうとしたのが、村人の一部や村長の暴走だった場合、私を助けようとした村人達と和解しないといけなくなってたかも知れない。


 でも―――――――――


 村の総意なら問題無い。


 私が全員殺しても問題無い。


「私がその気になれば、全員簡単に殺せる事を解って欲しいなぁ」


 私が精一杯の威嚇をする。

 殺しなんてしたくない。うん。

 いけないいけない。なんて事を考えてたのかな。恐ろしい。


 私を襲おうとした人達は嫌い。

 お父さんもお母さんも村長さんも嫌い。

 でも育ててくれた恩がある。良くしてくれた記憶もある。

 だから殺せない。殺すよ。いや、殺したくない、本当だよ?

 だからもう向かって来ないで。


 レンズにしていた『目』の透明度を下げ、形状を変化させる。周りには素人しか居ない。『目』で視界を確保しなくとも、足元の水溜まりに映った像だけで私へ攻撃しようとする者は丸裸に出来る。


 私の手の中に水蛇の鞭とは違う、固く鋭く、殺傷目的のナニカが生まれようとしていた。


 それは水の鎌。

 死神の鎌だ。


『水妖の大鎌』アクアデスサイズ


 私がその鎌を一閃させると、背後から忍び寄って来ていた男の…


「ぎゃああああああああああっ!?」


 …腕が飛んだ。


 あーあ、武器だけ狙ったつもりだったけど上手くいかないなぁ。

「えーと、確か村長さんの息子さん?教会で治して貰ってね?」

 エスペルは優しいなぁ。怪我しても治して貰えるだけのお金を村人達にあげてたんだもん。


 ああ、エスペルの声が聴こえる。


『ウインディはどうしたい?』

 あなたといっしょに生きたい。

「私は、エスペルを愛してる」

 なんでそんな簡単な事に今まで気付かなかったんだろう。


「ま、待て、行かせない、わよ」

「こんにちわ、ライア」

 ライアだ。

 微かに震えながらも私の行く手に立ち塞がっている。


「なによ?邪魔しないで。私忙しいの」

 私は流石に躊躇する。

 『水妖の大鎌』アクアデスサイズどころか『水妖の鞭』アクアウィップでもライアは死んでしまいそうだからだ。

 死なすのは忍びないとかより、この悔しそうなライアの顔をもっと見ていたいと思う。

 痛めつけて謝られても困る。


 私は鎌を持っていない方の拳を握り込んでチラリと横を見る。

「いつの間に…」

 変な石像があった。何処となくエスペルに似てる。まさかエスペルの石像?


「はぁ…………」

 私は心の底から溜め息を吐き出す。

 …この村の人間てこんなに頭悪かったんだ。

 私はおもむろにその石像を殴り付ける。


ゴシャッ!


「痛い」


 手の甲から血が出ちゃった。やっぱりアーニスみたいに出来ないや。

 でもちゃんと粉々に出来た。ちょっとスッキリしたかな。


「ひっ…な、なんで、アンタ、魔法なんて、使えるの?」

 ライアの悔しそうな表情が恐怖に歪む。でもその中には確かな嫉妬がある。

 エスペルに愛されていた私への嫉妬。

 水の魔法を自在に操る私への嫉妬。

 良い顔だわ。


「あれ、それ…」

 ふと気付く。ライアの耳朶に、見慣れた青い光を見つけた。


「ライアが持ってたんだ?」

 『水妖の眼』アクアスコープを使ってそこら中探しても見つからなかったんだよね。

 なるほどなるほど。私が男達に犯されそうになった時、ライアの高笑いが聴こえた気がしたけど、気のせいじゃなかったんだね。その時に盗ったんだ?


 私のイヤリング。私のサファイアの宝石。エスペルがくれた、私だけの。私とエスペルを繋ぐ、初めてのアクセサリー。初めてのプレゼント。返せ、返せ、返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ殺す返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ


「ぎゃっ!?」


 私は無意識で水の刃を操っていたらしい。

 ライアが悲鳴をあげて倒れる。うーん?今のなんて名前にしよっか?まぁどうでもいっか。


 目の前にはライアが付けていた私のイヤリングが宙に浮いている。

 水の刃が切り取ったのを、水蛇の鞭が取り返してくれた様だ。ちょっと血が付いててばっちぃ。すぐに洗い流したけど。


「痛いぃぃぃぃぃぃっ…痛いよぉぉぉぉぉぉぉっ…」


 ライアが転がったまま両耳を抑えて泣いている。

「相変わらず大袈裟ね。ちょっと切れただけじゃない」

 まぁ地面に耳っぽいのが落ちてるけど平気でしょ。首を落としても良かったんだからね。私の自制心よく頑張ったね。偉い。

「私、やっぱりヌルいのかなぁ」


 エスペルだったら敵対した人間は容赦しないだろう。きっと皆殺しだわ。


「今までありがとうございました」


 私は村を出ると振り返り、深々と頭を下げた。

 さようならお父さんお母さん村長さんフランツ、そしてライア。


 優しくも愚かで善良で意地汚い愛すべき村の皆。

 今まで育ててくれてありがとう。


「私、お嫁に行きます」

 今度こそエスペルとの間に子供を作る。

 魘される彼を抱いて眠るのは、この私なんだから。



☆☆☆☆☆



 そうして村を飛び出した私はフェルンの町の冒険者ギルドに行った。

 水を操るのを見せて、鎧を来た試験官を素手で殴り飛ばして合格させて貰い、成人前だけどGランクの冒険者にして貰えた。

 

 冒険者資格に一応の年齢制限があるのは、口減らしの為に冒険者にさせられる子供を防ぐためなんだって。


「精霊魔法?」

 魔法職の試験官をしてくれた魔法使いのお姉さんが驚いていた。私のは普通の人間が操る魔法とは違い、エルフとかが操る精霊魔法ってモノらしい?よく解らない。

 えーと、私でも解り易く教えてくれた話によると、魔法は人間からすると道具の様なモノなんだって。

 フライパンや包丁とか、道具を操る事で出来る事の幅が広がる?みたいな?

 用途によって持ち換えられる。場面場面で水魔法も火魔法も使い分ける事が出来る。


 でも私は手足を動かす様に水を自由自在に扱える。なので水魔法においては人間の中で最強格になれるかも知れないんだって。やったー。エスペルの役に立てるかも。


『ただ気をつけて。水の精霊に愛されてる貴女はそれ以外の魔法を使えない。貴女よりも優れた水の精霊魔法の使い手には勝てないしね。普通の魔法使いなら格上にも違う魔法で勝てる見込みも出てくるけど、精霊魔法だとそれも難しいから』


 凄く強いみたいだけど、完全な格上には勝てないんだって。それは普通な事なのでは?


「アーニスがやってたみたいなの、やってみようかな」

 エスペルがアーニスに教えてた身体強化と言う物も練習しよう。村で暴れた時もちょっと出来たしね。


 冒険者登録時に、嬉しい誤算が一つあった。

「あ、貴女エスペルさんの…ベアナックルの後援者名簿に入ってますね。これならこのままベアナックルのパーティーメンバーに登録出来ますよ」

「なりますっ!」

 …そっか。エスペルが私を後援者登録したのは、このためだったんだ。


 その気があるなら俺を追って来いっ………て事ね。もぉ、素直じゃないんだから。でもそこが可愛いの。エスペルは可愛いわね。


 私はリーダー不在のまま新メンバーに加入した。

 ベアナックルのメンバーは現在三人。エスペルと私と…誰だろうこの人?女の名前だよね?家名持ち…貴族?まさかお姫様とかないよね。

 嫌だなぁ。きっと今、二人きりで旅をしてるんだろうなぁ。嫌だなぁ。


 今すぐエスペルを追いかけたかったが、水魔法が使えても冒険者のイロハが解らない。

 受付嬢さんや元ベテラン冒険者の教官達から色々教えて貰いながら経験を積む。

 クエストを繰り返してFランクにはすぐに成れた。

 旅を出来る最低限の知識や技術を身に着けなければ。

 

「ふおおおおっ!本がいっぱい―――」

「ここは小さな町のギルドだけど、蔵書量ならちょっと自慢なのよ?…て聞いてないわね」

 私は受付嬢のお姉さんに資料室に連れて来て貰っていた。


 冒険者となると、色々な逸話や古い依頼、伝承とかに触れる機会がある。もっと現実的でちゃんとした勉強しないといけないんだけど、まるで物語みたいな冒険者の記録や逸話は私を魅了した。

 魔王と勇者。エルフのお姫様とかね。


 そして私は眉唾ものとしてお蔵入りしてるクエストにまつわる、一つの変な噂話を見つけて読んだ。そして笑ってしまった。


『とある山にある泉には水の精霊が住んでいる。しかし魔物である水蛇が住み着き困っている。もしもその水蛇を退治出来たなら、処女の生き血を捧げてみよ。水の精霊と契約し、偉大なる魔法使いへの道が開けるだろう』


 クエストに挑戦した者は処女から血を貰って、山で捕まえた蛇を殺して試してみたんだって、それで何も起きなかったんだって。だから嘘だって。

 …いや、それ生き血じゃないし、水蛇じゃないし。


「くっふふふ。あっははははっ!あはっ!あははははははははははっ!」


 ギルド内の資料室の中、埃を被った昔のクエストを閲覧していた私が突然爆笑し始めた事に、職員さん達は怒るどころか心配してくれた。

 古い書物には呪いがかかっている物もあり、精神を病む事もあるそうだ。気をつけよう。


「処女の生き血と言うか、破瓜の血だったけど、アレで良かったのかな?水蛇を退治したのエスペルだけど…あ、エスペルも水魔法使える様になってるかも?」


 エスペルがモンスターを倒す所を何度か見たが、彼は強過ぎて魔法を使っていない。拳だけで事足りる。

 しかしご飯を作ってくれた時、火を使うのを見た。火の魔法は使えるんだ。水魔法はどうだろう?使えてたかも?解らない。どうだっけ。その時はエスペルが作ってくれたお料理が美味し過ぎてよく覚えてない。その後にたくさん愛されたしね。うふふ。


「いいわ、エスペル。待ってて」

 まだだ。まだ私は弱い。確かCランクで一人前だっけ?ならせめてCランクになったら、すぐに追いかけてあげるから。


 私を無慈悲に凌辱した男。

 平和で優しく温厚な村人達を金の亡者に変えた男。

 私の胸で子供みたいに眠る男。


「貴方は私の物なんだから」

 

 私は太陽の下で掌をかざす。水が生み出され私の意思によって自由に形を変える。たまたま、偶然、神の気まぐれ…突然手に入ってしまった超常の力。

「ん」

 手を振ると水が高速で撃ち出され、大木を切断する。アクアブレード?うーん、しっくり来ない。なんか可愛い名前にしたいなぁ。

 私は掌から生み出した水の刃をしげしげと眺める。鏡の様に映る私の両耳にはサファイアのイヤリングが光っている。

 そんな私の真上に、メキメキと音を立てて大木が倒れて来る。


「待っててね。エスペル」

 私が天を仰ぎ笑う。きっと今も違う女を抱いているのだろう。

 いいよ、好きにして。

 私も好きにするからさ。

 貴方の隣に立つのは、私だけなんだもん。


ズバンッ!


『水妖の剣』アクアセイバー

 私が操る水の剣が、倒れて来た大木を縦に真っ二つにしたのだった。

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