第33話 ウィンディの運命分岐点その4 魔の領域と覚醒の時

「ん?誰だ?」

「ひっ―――」

 その女の人に見下ろされ話しかけられ、私は悲鳴を上げてしまった。

(だだだだ誰ぇっ!?怖いっ!)

 エスペルにフェルンの町まで連れて来られて引き合わされたのは、正に筋骨隆々と言った女の冒険者だった。


 私の下着よりも露出度の高いビキニアーマーと言う鎧―――?え?鎧なのコレ?何処守ってるの?おヘソ丸出しだよ?お尻も丸見えだし…鎧?なのか下着なのか良く解らない服装をしてる。恥ずかしくないのかなぁ?


(ハッ!まさかエスペルに無理矢理着せられてるっ!?私も同じ格好させられちゃうのっ!?)

 二人きりの部屋で恥ずかしい格好させられたり、山の中でエッチな事たくさんされるよりも、こんな服を着る様に命じられて町中を歩かされたら恥ずかし過ぎて死んでしまうかも知れない。私には無理だ。でもこの女の人なら…平気なんだろう。


(綺麗…)

 女の私から見ても美しい人だった。

 エスペルよりも背は高いし肩幅も広い。でも凄く綺麗なの。筋肉は男の人程ゴツゴツしてなくって、手足もスラッとしてて均整が取れている。

 腰に差してある剣とかも凄くカッコいい。普段着で素手でモンスターハントして来るエスペルよりも、余程冒険者っぽくて強そうだ。

 何より顔が可愛い。私よりも、ライアなんかよりも。

 

「こっちはウィンディ。こっちはアーニス。仲良くしてね」

「よよよよろしくおねぎゃいしみゃふ…」

「アーニスだ。良しなに頼む」

 私は震える体から震える声を絞り出して挨拶する。

 アーニスはそんな私の目を真っ直ぐに見つめて来る。綺麗な瞳だ。自分に自信があるんだろう。私とは違う。


「ウィンディは後援者登録ね」

 冒険者ギルドと言う所で、なんだかよく解らない手続きをエスペルがしてる。そしてその後とんでもない事を言って来た。


「今日は魔の領域に行ってみよう」

 まるでお散歩でもするみたいな軽い言い方だ。

「うむ」

 アーニスも平然と腕組みをして応えている。

「え?え?」

 私は混乱する。え?魔の領域って…強いモンスターがたくさん出て来る場所だよね?

 そして私は混乱したまま魔の領域へと生まれて初めて足を踏み入れた。



☆☆☆☆☆



「ひぃぃぃぃっ!」

 私は頭を抱えて悲鳴を上げる。


「ギチギチギチギチギチギチギチギチッ!」


 魔の領域に入ってすぐ、空を飛ぶ大きな百足が羽根を広げて襲いかかって来たからだ。

 あの大顎に噛み付かれたら私は上下半分にされちゃうよ。

「任せろ」

 目を瞑って震えていると、アーニスの頼もしい声が聴こえる。

「ぬぅんっ!」


(!?)

 その瞬間、アーニスから凄い力を感じた。

 火の様に暖かいが熱くない、風の様に圧を感じるが何かが違う。コレは何?

 お空を飛んでる大百足も怖いけど、それ以上の力強さをアーニスから感じ取れる。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」


 アーニスが地上から剣を振るうのが見える。剣の風圧で私のドレスと髪の毛が舞う。

 そして見上げた先で、大百足が―――


ザンッ!!!


 空中で真っ二つになった。私はそれを見上げて口を大きく開けてしまう。


「いやちょっと思ったより強くなってね?」

 暢気に見物していたエスペルがアーニスを評価してる。見た目はアーニスのが強そうだけど、エスペルのが偉そうにしてる。


「はぁっ!はぁっ!はぁっ!はぁっ!」

 気付くと、アーニスが片膝を付いて激しく息を乱していた。汗も凄くて心配になる。


「慣れるまではもっと練習しよっか。たくさんヤりまくろう」

 エスペルがアーニスを労っている。練習?エスペルがアーニスに教えてるのかな?エスペルって剣使えるの?

「…はぁ…はぁ…それだと…子を孕んだら練習、できぬ、な」

 ………え?あ…やっぱり、そうなんだ?そういう関係なんだ?私以外にも、女の子、居たんだ………しかもこんなに綺麗で可愛くて強い娘…ふーん…

(前に抱かれた時に比べられてたの、この人なんだ…)

 私は一瞬で惨めな気持ちになる。


「口で出来るから大丈夫だ」

「ふむ。ならば良かった」

 お口でするの好きだよねエスペル。エスペルの為に私も頑張ってるよ。それなのに…なんでそんな話するの?

 そうなんだね。今日は私に現実を見せつけに来たんだね。私みたいに才能も何にも無くて可愛くない子じゃエスペルとは釣り合わないって、相応しくないって、分を弁えろって、教えに来たんだ。


 いいよ。解ったもん。私なんか、あんな大きな百足やっつけられないもん。あの百足よりは弱そうなこの目の前の大きなたくさんの虫にだって私はきっと簡単に食べられちゃう――――――


「!?」


 そこで私がハッと気付く。

「エエエエエスペルっ!アーニスっ!はやくっ!はやく帰ろうよっ!」

 私の声が裏返るのが解る。

 一瞬前の不貞腐れた頭なんかどっか行ってしまう。自分の価値がどうとかどうでもいい。今逃げないと死ぬ。食べられちゃう。


ギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチ


 アーニスがやっつけた大百足の死体を、いつの間に何処から現れたのか、たくさんのおっきな虫が食い荒らしていく。あの百足を食べ終わったら今度は私達に襲いかかって来るはずだ。

(ヤバイヤバイヤバイヤバイ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ―――)


「でもこのまま逃げたら人里に連れて来ちゃうんだぜ?魔の領域に入ってモンスターを誘引した奴は殺人罪より重くなるよ?」

 何それそんなの知らないよっ!私を勝手に連れて来たのエスペルじゃんっ!

「うわあああああああああん!じゃあだめじゃああああああああん!」

 初めて犯された時より大きな声で泣き出してしまう。そんな私を見てエスペルが笑った。安心させる笑みと言うより、私の醜態を見て楽しんでる感じ。なんなのもう!


「つまりだ。皆殺しにすりゃいいんだよ。みんな殺せばさぁ」

 そう言ってエスペルが拳を握り込む。

 次の瞬間には彼の姿が掻き消えていた。


ドンッ!


 遠くで雷が落ちた様な音がして、虫が吹き飛ぶのが見える。

「はっはーっ!ははははっ!ははははははっ!」

 エスペルが笑っている。あんなに楽しそうに笑う姿は初めて見た。

 エスペルが通る後にはおっきな虫の残骸がバラバラに散らばる。

 その様子はアーニスの剣と比べて洗練されておらず、原始的で暴力的だ。


「あっ!危ないっ!」

 私が思わず声を上げる。エスペルの周りの虫達が丸くなって回転しながらエスペルに襲いかかって行ったからだ。

 だが…


「大丈夫だ」

 片膝を付いたままのアーニスが不敵に笑って私に頷いて来る。その瞳にはエスペルへの絶対の信頼があった。

(なんでそんなに真っ直ぐに彼を見れるの?この人は無理矢理犯されてないの?)

 

ズキリ


 …と、胸が疼いた。別にエスペルなんて、好きでもなんでもないはずなのに………


「内側が脆いなぁっ!身体強化・内を使えないのかぁっ!?」

 アーニスの言う通りエスペルへの心配は無用だったらしい。エスペルが楽しげにモンスターを殴り殺してる姿が見える。


「あと攻撃の一瞬だけだなっ!これも同じかっ!」

 エスペルがびっくりするくらい饒舌だ。凄く興奮してる。私を犯してる時もあんなに興奮してないよね。


「個としての自我が強い者は身体強化・内を獲得しっ!全体主義の者は身体強化・外を獲得するっ!ならば両方を操る者はなんだっ!?なんとするっ!なんと呼ぶっ!」

 私を犯す事は、虫をやっつけるよりもつまらないのかな?


「なるほどなるほどっ!いちいちもっともだぁっ!!!ははははははっ!」


 エスペルが笑いながら虫をやっつけまくってる。さっきから何を言ってるのかがさっぱり解らない。

 でも、エスペルの攻撃力が上がってるのは解る。遠目に虫をやっつける勢いが増していっている。

「秘拳っ!虫殺しっ!いやいやいやダサっ!ダッセーなっ!はははははっ!」

 エスペルが本当に楽しそうに笑ってる。

 でも、このままで大丈夫なの?


「ひっ!なにあれ…」

 鎌が付いた腕をたくさん持った虫型のモンスターが現れた。怖い―――あ、やっつけちゃった。


 色んな虫が現れても、エスペルがあっさりやっつけちゃってるけど………あの、か、数が多いよ?どんどん増えてってない?大丈夫なの?エスペルは平気でも、私や…疲れちゃってるアーニスは大丈夫なの?


 アーニスは立ち上がって私を守る様に剣を構えてくれているが、次々現れる虫達が私の恐怖心を煽る。

 そして私のその不安や恐怖はすぐに現実のものとなった。


「きゃあああああああっ!?」

 私は突然浮遊感に襲われ悲鳴を上げる。最初はまた飛んでる百足に襲われたのかと思った。だが違った、蛇の様にのたうつ触手が体に巻き付き、私を空中に持ち上げているのだ。

「ウィンディっ!?」

 逆さまになった視界の中で、アーニスが剣を振るって触手を斬り飛ばしてくれている。でも伸びてくる触手の数の方が多い。それがさらに私の体に巻き付いてくる。手足に絡まるぬめぬめした感触が気持ち悪い。


「ひっ!?」

 私は触手の出処の、虫の様な植物の様な得体の知れないモンスターを見て恐怖する。

 もう次の瞬間には、アレに食べられてしまうのかと思い背筋が凍る。

(…え?嘘?まさか、ここで終わり?私、ここで死ぬの?)


 アーニスは百足をやっつけた時みたいに上手く戦えていない。肝心のエスペルは遠くに居る。

(嫌だっ!死にたくな――――)


「俺の女に触るなぁっ!」


パチュンッ!


 エスペルの叫び声が聴こえたと思った瞬間、私を捕らえていた触手と、その元である植物っぽい虫が弾けて死んだ。

 空中から落下した私をアーニスが抱き留めてくれる。だけど、まだ同じ虫がたくさん土の中から現れる。気持ち悪い触手をこちらに向けて伸ばして来てる。

 しかし…


パパパパパパパパパパンッ!


 お祭りの時とかで見かける風船が弾ける様な音を立てて、目の前の虫達が弾け飛んで、死んだ。

「え?」

「コレは、凄まじい、な…」

 アーニスも息を飲んでいる。

 私達の周りにたくさん居たはずの虫のモンスターが全員死んでいる。

 呆然としているとエスペルが軽い足取りで戻って来た。

「よし。終わり終わり」

 

「おい、エスペル…」

 アーニスがエスペルを見て動揺した声を出す。

 私なんかはエスペルを見て泣き出してしまった。


「ひぐっ、ごめ、なさい…わたしの、せいで…えぐっ」

 エスペルの顔は酷い事になっていた。

 目から血の涙が流れ、鼻や耳からも血が流れている。魔法とか私はそんなに詳しくないから解らない。けれど、これだけは解る。エスペルは私を助ける為にこうなったんだ。


 エスペルは泣いている私を小脇に抱えると走り出す。反対側にはアーニスも抱えられている。

 そうして私の魔の領域初体験は終わった。



☆☆☆☆☆



「エスペル…」

 私がエスペルの顔に手を触れる。回復魔法は使ってないの?治りが遅く感じる。元に戻らなかったらどうしよう?

「目は、平気なのか?」

 アーニスも不安そうにしている。

「あん?すぐ治るすぐ治る」

 エスペルは普段通りの平坦な口調で応え、手を伸ばしてアーニスのお尻と私の胸を鷲掴みにしてくる。

「犯すぞ。なんか熱くなってるからな」

 ええ?ど、何処かの教会とか行かないの?顔は?まだ治ってないよ?

「おい、無理をするな?先ずは目の怪我を治すんだ。高名な神官ならあるいは…」

 アーニスの言葉に私も心の中で同意しかけるが…


「なんだよ。お前ら抱かしてくれないなら違う女犯しに行くわ。そーだな、ウィンディの村に居たライアって娘なんかどうだ?頭は悪そうだがウィンディより胸と尻がある―――――」

「だっ!だめっ!」

 突然出て来たライアの名前に私の涙が引っ込んだ。

 そもそも、私を助ける為って思ったけど、あんな危ない場所に連れて行ったのはエスペルじゃん。

 なのに私じゃなくてよりにもよってライアを抱くなんて駄目。


 私はエスペルの両手を引っ張り私の胸やお尻に当てる。エスペルが好きなのは私の体でしょ?ライアじゃないでしょ?

 

 私の意思表示にエスペルが笑う。そのまま草むらに押し倒される。

「ならお前が全部受け止めろウィンディ。アーニスはおあずけ」

「そ、そんな―――」

 ショックを受けてるアーニス。そんな彼女にも、僅かにだが優越感を感じる。


「エスペルっ!エスペルぅっ!ごめんねっ!わたしのせいで―――」

 ああ、でもやっぱり傷ついたエスペルなんて見たくない。頬に触れるともう血は乾いてる。傷も少しずつ回復してるみたい。でも痛々しい。

 いつもの顔が良い。私の事を虐めて楽しんでる憎らしい顔。私にエッチな事をして笑ってる顔。私の胸で安心して眠ってる顔。早くいつものエスペルの顔に戻って欲しい。


 私はいつもよりたくさん頑張ったせいで、すぐに力尽きてしまった。気付くと気を失っていたみたいで、目を覚ますとエスペルがアーニスを犯していた。

 二人共まるで獣みたいに激しく求め合ってる。

「……むぅ…」

 邪魔する為に混ざってやろうかと思ったけど、足腰が立たない。ぷるぷる震えるだけで動けそうにない。


(…………アーニスみたいに、強くなりたい…)

 エスペルとアーニスにも凄く差があるのは解る。だとしても、せめて少しは戦えないとついて行けない。


(エスペルに、置いていかれたくない…)

 このまま犯され続けて子供を孕んでも、きっとエスペルを繋ぎ止められない。彼と同じ場所に立つには、もっと強くならないといけない。


(喉、渇いた………)

 頭がボウッとする。水が飲みたい。


ゴクンッ…


(美味しい。冷たい。お水だ―――)


 私は喉を潤した後、ゆっくりと意識が遠のいて行くのを感じた。直ぐ側ではエスペルとアーニスが愛し合っている。お互い抱き締め合って、激しく求め合っている。その姿を瞼の裏に焼き付けていると、自然と涙が溢れてきた。


(エスペルは私のなのに。私はエスペルのなのに。私を、私だけを…………)

 想いだけが募っても、体は言う事を聞いてくれない。


「可愛いぜアーニス」

「エスペルっ!あううっ!」

 エスペルの甘い声とアーニスの艶かしい喘ぎ声を聴きながら、私は意識を失ったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る