第22話 家出王女の冒険その10 女子会・裏

「お前っ!まだルピアの所に居るのかっ!」

 バリュー市内を歩いていると男に絡まれた。エスペルの知り合いだろうか?

「?」

 …エスペルは誰だっけコイツ?みたいな顔をしている。多分と言うか間違いなくルピア関係よね?

「今度は胡散臭い冒険者やってるそうじゃないか?ジャイアントベアの首はいくらで買ったんだ?それもルピアからの小遣いか?この穀潰しのロクデナシがっ!」

 エスペルが何か思い出した様な顔をしてる可愛い。

「お前はルピアに相応しくない」

 驚いた。今のこのバリュー市でここまであからさまにエスペルに敵意を向けて来る人間も珍しい。

 先日のピエール達は例外だ。エスペルは基本的に自分から暴れたり絡んで行ったりしない。堅気に手を出さないというより、興味が無いのだろう。

 そんなエスペルが普段の自分を曲げてまで欲し、一方的に略奪したのは私だけ。あ、ちょっとお腹の奥がキュンってした。さっきたくさん出されたばかりなのに…


「なんでっ!お前みたいな奴がルピアとっ!」

 最近は常に私を連れ歩いてはいるが、拠点はロメロン商会だし、ルピア嬢の寝室も彼の寝床の一つだ。

 どうやらこの目の前の男はルピア嬢に横恋慕しているらしい。なんと無謀な。

「他人の力借りなきゃ惚れた女一人口説けないヘタレに言われたくねーぜ」

「なんだとっ!このヒモ野郎っ!」

 エスペルがせせら笑うと男が殴りかかってきた。あ、正当防衛にしてボコる気だ。でもこの男、身形が良いのよね。ルピア嬢と関わりがあるなら、何処かの商家の御曹司とかかしら?

 ルピアの事でエスペルがかかずらうのは何か癪よね。私はエスペルとその男の間に割って入り―――


バキッ!バキッ!ボキンッ!


「あ」

「!」

「!」

「!」


 私の拳が男の顔面に、ベトレイヤの手刀が男の首筋に、フリーシアンの握るトウモロコシが男の脳天に炸裂した。

「おふぅ」

 女三人に殴られ昏倒する男。

 弱っ!やばい…死んだかしら?

 だとしたら死因は他の二人よね?私は悪くないもん。

 女三人顔を見合わせる。


「あー…」

「………」

「………」

 澄ました顔のベトレイヤとバツが悪そうな顔をしてるフリーシアン。いったい何処から現れたのかしら。

「…あーあ、どうすんだコレ?」

 そう言いつつも、エスペルは伸びてる男を引きずって行くと路地裏に放り込む。丁度ゴミ捨て場で吐瀉物もある。酔っ払いに見えなくもない…かなぁ?

 まぁ生きてた様で良かったけど。


「いや、なんか喋れよ?」

 暗い顔で下を向いていた私にエスペルが話しかけてくる。やっぱ出過ぎた真似だったかしら。確かに今の行動はエスペルの事を守る為と言うより、ルピアとこれ以上関わって欲しくない故の行動だ。エスペルに嫌われたかな?

 あ、ベトレイヤがどさくさ紛れにエスペルに寄り添ってる。図々しい。

 フリーシアンはへし折れたトウモロコシを片手に苦笑いしている。買い出し途中だろう。フリーシアンの店に野菜や肉等を卸すロメロン商会の業者は居るが、都度都度足りない食材は彼女が調達しに行っている。

 そんな食に携わる彼女は、食べ物を粗末にしてしまった後ろめたさがあるのかも知れない。いつものハキハキした感じが無い。まぁ、私達が居るからかな。

 まぁいいや。今日はもう予定は無いから。宿に帰ってエスペルと一緒に過ごすの。邪魔しないで―――


「奇遇だな皆。取り敢えずお茶する?」

 エスペルの溜め息混じりの提案にギョッとする。え?本気?

 彼の提案にフリーシアンが目をパチパチさせ素っ頓狂な声を出す。

「アンタ凄いね!自分が何股もかけてる女達を前にして、よくそんな台詞吐けるもんだ」

 フリーシアンはそう言いジト目でエスペルを睨んでる。まぁ気持ちは解る。

「よし解った。うちに集合ね。ルピアお嬢様とエマさんも呼ぶよ?他に思い当たる女は居る?」

 ああ、いつものフリーシアンに戻っちゃった。エスペルは年上に弱いところあるから。私も年上だけどそんなに離れてないし。明らかなお姉さんとか母性が溢れるタイプはエスペルに近づけたくないのに。


「アスパーシャ様も呼べばいらっしゃるかと。後私の妹もです。最近は御寵愛が賜われず寂しそうです。最近はその女冒険者がお気に入りの様ですし」

 ベトレイヤとフリーシアンからジッと見られる。なんとなく気不味くなり視線を泳がせてしまう。

 最近ずっとエスペルを独り占めにしてるしね。


 でも仕方無いじゃない?

 冒険者じゃないとクエストには行けないし。私はベアナックルのメンバーだもの。

 身の回りの世話だってするわ。事務処理や手続きも私。性欲処理も私がちゃんとしてあげてる。

 先日なんて一日中犯されてた。流石に体力無くなってぐったりしてたら、エスペルが全身を拭いてくれた。にへへ。

 性交しながらの回復魔法では傷は治せても疲労までは回復しないのよね。

 そう。そうよ。エスペルは私の体に夢中なの。たまに私以外の女に行ったりするけどさ。

 必ず私の中に帰って来てくれるもん。


「逃がさないよ?エスペル」

 あ、エスペルが逃げようとしてたっぽい。フリーシアンがニッコリと迫力のある笑顔を浮かべてエスペルを掴んでいる。

 そうして私達の女子会は唐突に始まった。



☆☆☆☆☆



 フリーシアンは店に帰ると私達をホールの端の席に誘導する。厨房内で店主である父親と何か会話しているのが聴こえる。

 その間に続々とメンバーが集う。


「普通は呼び出されても来ないんだけどね。予約は全部キャンセルしたわ」

 バリュー市内ナンバーワンの高級娼婦アスパーシャがやって来る。元々最高級の娼婦だったが、エスペルのお気に入りとなりロメロン商会もバックに付いたため、単に金と権力があれば抱けるという存在ではなくなってしまった。

(エスペルの事はどう思ってるんだろ?)

 エスペルなら身請け出来るだけの額、すぐに稼げるだろう。お互いが望めばそれも可能だ。


「こんばんわ!」

「こ、こんばんは…」

 元気良く挨拶してくれる三歳児パティ。その母親のエマはやや緊張している。この集まりに呼ばれればそれは気後れするだろう。


「あら?皆様ご機嫌よう。うふふ」

 最後にゆったりしたドレス姿のルピアが現れた。メイド姿のベトレイヤとシュヴェスタも一緒だ。

 ただエスペルの女として同格扱いなのか、メイド二人は後に控えたりせずルピアの両隣に座る。彼女達姉妹はルピアでなくエスペルに仕えている。ロメロン商会を追い出されれば嬉々としてエスペルについてくるだろう。それは止めて欲しい。


 しばらくすると、フリーシアンがツマミと酒を持って戻って来る。これでバリュー市内のエスペルの女達が揃った…はず。

 エスペルは偶に違う娼婦や行きずりの女を抱いたりしてるが、それまでカウントしていられない。

 これで揃った事で良いだろう。

 

ロメロン商会会長補佐、ルピア

バリュー市高級娼婦、アスパーシャ

繁華街の夜の酒場店員、エマ

エマの娘、パティ

エスペル専属メイド、ベトレイヤ

ロメロン邸見習いメイド、シュヴェスタ

ロメロン商会傘下の酒場の看板娘、フリーシアン

そして私、Cランク冒険者、ヴェーツェ


「おわっ!?なんだ?なんだよ?討ち入りでもするのかい?」

 普段は無口な職人気質の店主が顔を出して声を上げ、娘に睨まれている。

 討ち入り?…あーどっかの国の風習の後妻打うわなりうちの事かな?

 妾を本妻にするために離縁させられた前妻が、後妻の家に徒党を組んで殴り込む話…。

 ただ今の場合、私達はバトルロイヤルになるんじゃ?

 個々の戦闘能力なら私かベトレイヤだけど、組織力ならロメロン商会のルピアかしら?後妻打うわなりうちはチーム戦だから。

 それでも私達が本格的な修羅場になったらエスペルは止めに来そうね。…全員腰砕けにされてノーゲームにされそう。


「父ちゃんは黙ってて。後適当に料理よろしく。店の女の子達来たらもっとお酒も出してくれる?」

 まさか夜通しやる気かしら?私はエスペルと居たいんだけど…

「お前…父親使い荒い奴だな」

 娘に追い返されすごすごと奥に引っ込んで行く店主。

「あ、手伝います」

 エマがフリーシアンを手伝う。

「ああ、悪いねエマさん。ありがとう」

 パティ以外に酒が回る。

「そういえばエスペルは?」

(居る訳無いじゃない)

 気配遮断、隠形、認識阻害。呼び名は数あれど、つまるところ影を薄くして逃亡したのだ。私ですら気づかなかったし、エスペルが居ない事に違和感すら抱かなかった。

(エスペルが本気で逃げたら…誰にも見つけられない、誰にも追いつけない―――)

 自由奔放に生きてる様なエスペルだが、割と良心的で常識的…なのだと思う?変かな?

 

 邪眼による洗脳、隠形による隠密行動、圧倒的な暴力、知名度に資金力、一晩で何人も女を抱ける精力。

 エスペルが欲望の限りを尽くして悪の限りを行えば、死ぬ人間も泣く女も尋常じゃない数になるだろう。勇者などでなく、魔王と呼ばれる悪の華になるはずだ。

 彼はなんというか…頑張って人間社会のルールの中で生きようとしてる節がある。


「逃げたわ」

「逃げたわね」

「くっ…逃がしたか…」

「他の女の所にしけこんでるかもね」

「あの野郎…」

 

 とはいえこの場に居る女達は、今更エスペルを吊し上げるつもりも無いんだろう。

 皆達観した様な顔をしている。

 そして別に喧嘩を目的に集まった訳でもない。皆何処となく、連帯感の様なものまである。同じ悪い男に引っ掛かってしまったという感覚だ。


(…平和な世の中ならまた違ったかも知れないけどね)

 戦争もモンスターも無い平和な世の中であったなら、優しく気遣いの出来る男がもてはやされたかも知れない。

 しかし今は戦時下の様なものだ。

 国境線は曖昧で、国と国の間にはモンスターが跋扈している。

 瘴気放つ魔の森はアメーバの様に不定形に広がっている。

 今は鳴りを潜めている魔王。

 先代勇者が倒したとも、寿命で倒れたとも、内乱により死んだとも言われているが定かではない。

 ある日突然、いきなり人間を滅ぼしに打って出て来るかも知れない。

 離れた場所だが、戦争中の国々もある。そうでなくとも戦力増強はすべき事柄だ。

 田舎の小国すら王女を売って兵力と金を手に入れようとしたり、密偵を放って情報収集に余念が無い。

 平和な世の中なら景観を整備して観光事業でも始めていたろう。まぁ私の話はいいか。


 とにかくエスペルは強く若く、能力があり金も稼げる…金使い荒いけど…実力が全てのこの世界、強い男が複数の女を囲うのは良くある話。

(けれど、自分は一番で居たいものね…?)

 皆がそう思ってるのが問題だ。フリーシアンが一番分を弁えていそうだ。だからこそこんな集まりを主催出来る。

 ルピアからは当然だがエスペルへの執着を強く感じる。アスパーシャは割り切った感じを受ける。

 やはり一番不安定なのはエマだろう。パティも居るからね。

(あのバカエスペル。なんでシンママなんて手を出したのよ…)

 話を聞く限り、彼がやっていたのはエマとパティを使ったオママゴトだ。彼自身があまり満たされていない子供時代だったから、家族っぽい事を疑似体験していたのだろう。


 そして多分、もう飽きている。

 目を付けた女を拐って犯すより余程非道い。

 エスペルは必ずここを去る。追いかけても縋っても、エマの元には帰って来ない。もう彼の愛も優しさも得られない。

(壊れないと良いわね)

 少しは同情する。少しだけだけど。


「他に女が居るかしら?」

 アスパーシャが優雅に足を組み替え顎に手を添える。娼婦なのにこの場の誰よりも高貴な雰囲気を纏っている。教養も高い。私が言えた義理ではないが、もしかするとそれなりの血筋の出かも知れない。

「あいつなら一日一人ずつ新しい女を見つけててもおかしくないわよ」

 フリーシアンが苦虫を噛み潰した様な顔をする。エスペルを逃がした事を悔いてるのだ。

 エスペルの隠形術ならば、気配を消してこの酒場に紛れてても誰も気づけないだろうが、性格的にそれはすまい。

「油断も隙もないですわね…」

 ルピア嬢が疲れた様な顔をする。若くして商会を支える屋台骨となっているルピアは、多忙さでは一番だろう。

 エスペルは偶に彼女にマッサージとかしていたらしい。羨ましい。


「それでは皆様よろしいかしら?それではルピア様、どうぞよろしくお願い致します」

 アスパーシャに促され、皆が盃を取る。

「ええ、僭越ながら音頭を取らせて頂きます。ロメロン商会のルピアと申します。若輩ながら父の仕事の補佐をさせて頂いております。では皆様…女としての幸せに―――乾杯」

 そして急遽女子会が始まった。

 どうしてこうなった?



☆☆☆☆☆



 ルピアを始め、それぞれがエスペルとの出会いや自分の想いを語っていく。あまり興味の無い私は半分聞き流しつつ酒と料理を堪能していた。

(相変わらず美味しい…私も勉強しようかしら?)

 エスペルもここの料理を褒めていた。作っているのはフリーシアンの父親だが、フリーシアンも料理は得意らしい。エスペルは女に家事を求めたりしない。自分で出来るからだ。だが、もしも家事も戦闘も、夜の営みも十全にこなせる女が現れたら…ちょっとまずくない?


「貴女は?そもそもエスペルの何?」

「!?」

 突然私に話が回って来た。

 あ、しまった。まだ話してないの私だけか。私は少し戸惑う。この人達と話す事なんか無いんだけど。

「わ、わたしは―――」

 どう答えれば良い?

 エスペルが今一番一緒に居て一番たくさん夜を過ごしているのが、私なのだ。

(エスペルが逃げたツケが私に来るなんて…。でも別に疚しい事は無いのよね?私が何か悪巧みして出し抜いてる訳じゃないし…でもエスペルの一番のお気に入りですと言い切るのはちょっと―――)


 エスペルにほぼ無理矢理拐われて性奴隷にされてると言えば同情…は、されないか。なら今すぐ逃げれば?となる。女同士だ。心は解る。出会いや経緯はどうあれ、私がもうエスペルに身も心も望んで捧げてるのは解っているだろう。

 仕方無い、腹を括るか。

(もう…自分に言い訳も出来ない、わね)

 私はもう操られてなんかいない。私は今、自らの意思で、心で、魂であの人を―――


「おにいちゃんとけっこんする」

 その時、突然割り込まれる。

 エマの娘、パティだ。

(けっこん―――)

 その単語に場がピリッと引き締まる。

 皆、触れない様にしていた話題だ。

 私に注がれていた視線がパティに移る。なんかエマの視線が一番エグいんだけど?

(流石に性的な意味では寝てないはずだけど…エスペルと一緒に眠っていて、女が何も感じないはずがない)

 この幼女―――手強い。

 エスペルに父性でなく異性を感じている。あざとい。あざと過ぎる。だが、射程距離内か。

 エスペルが15歳なら12歳差。年を重ねればそのぐらい開いた夫婦も居るには居る。

 そんな時、さらに別の乱入者も現れる。


「あやや〜?みなしゃまおしょろいでしゅか〜?」

「レチュリア?」

 へべれけのレチュリアが現れた。

「ウウェウェ〜イッひっく!」

 完全に出来上がっている。

「あ〜エスペル様より言伝でーっす」

 顔が赤い。飲んでるし…それだけじゃないわね。緩めた首元から見えるキスマーク。

「え〜っと、俺は魔王討伐の旅を続ける…ですって。にへへ」

 そう言ってレチュリアは真っ赤な顔をしてそのまま倒れぐーぐー寝息を立て始めた。

「魔王」

「いやちょっと待て」

 嘘でしょ?冗談で他の女のとこかもとか言ってた気がするけど…本当に自分の女達が揉めている真っ最中に違う女と寝てたとは。

 レチュリアとは…今夜が初めてね。エスペルは女関係でコソコソはしない。


「あの女誑し…」

 誰が呟いたか解らないその一言は、私達全員の気持ちを代弁していた。

 元々若干天然の気があるレチュリアは、酩酊状態のために私達の敵意殺意に気付かない。幸せそうに寝息を立てている。この野郎。


「邪眼を使ったわね」

 ぽつりと呟く。エスペルは無理矢理犯す方が好みなので、どちらでも行けそうな時は和姦より強姦を選ぶ悪癖がある。

 こんなにデレデレのメロメロにされて…ずるい。

 こんなに幸せそうな顔を、私はさせて貰えないもん。

(邪眼の効果と無尽蔵のスタミナ…普通の女じゃ太刀打ち出来ない)

 エスペルなら魔族とか人外の女でも平気で抱けそうだ。


(本当にメッセンジャーとして寄越されただけだろう)

 レチュリアを叩き起こそうかとも思うが、恐らく何も出て来ない。

(今から追いかけて追いつけるかしら?)

 エスペルが本気で逃げればもうこのバリュー市…いや、ロイヤル王国にすら居ないかも知れない。そうなれば私でも彼には追いつけないだろう。


「それでも、私は―――」


 急遽始まった女子会は唐突に終わる。ルピアやアスパーシャは退店し馬車を呼んでいる。呆然とするエマをベトレイヤが支えている。舌打ちするフリーシアンの目尻にも涙が見える。

「貴方を…愛してる」

 そして私は………選択する。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る