第13話 家出王女の冒険その1 旅立ちと失恋

「そうだ。勇者になろう!」

 そう思って私は城を飛び出した。

 世界を滅ぼそうとする悪い魔王。

 そいつをやっつけて世界を救う勇者になる。

 なれる。私ならなれる。

 そう信じていた。


「ぎゃはははははっ!どうしたお嬢ちゃーん」

「さっきまでの威勢はどうしたよー?」

「くっ!このっ!卑怯者ぉっ!」


 そいつらは魔王軍の軍団長でも、悪の帝国の幹部でもなかった。ただのチンピラのゴロツキ。

 女の子に絡んでたからお仕置きをしようとして挑んだ。自分は剣の腕に自信があった。勝てると思った。

 でも負けた。負けたと思う事すら納得出来ない負け方だけど、私は負けた。

 逃げて行ったチンピラを追いかけていたら罠に引っ掛かかったのだ。

 

「あっ!?」


 と思った時には宙吊りだ。網に囚われ身動き出来ず、間抜けな動物の様に吊るされる私。

 町外れの山道に入った時点で罠を警戒するべきだった。地面に網が隠してあり、上を通れば一瞬で捕縛されてしまった。こんな体勢では剣など振れないしそもそも鞘から抜けない。


「おい、どうするよコイツ?」

「網を解いたら暴れそうだしなぁ。そうだこのまま犯っちまおう」

「だな。ナイフ貸せ。上手いこと下半身だけ丸出しにしてやるよ」

 男達は下卑た声を上げながら近付いてくる。

「ひっ!?や、やめてっ!」

 私は恐怖で身を竦ませる。歯で齧り付いて網を切るなんて発想も思い浮かばなかった。下手な動きをすれば周りの男達に良くてタコ殴り、悪ければ串刺しにされる。

 

「ひっ…嫌だ…」

 男達が下半身を露出して私に迫って来る。

(不用意に追わなければ…もっと強ければ…ナイフを籠手の下に仕込んでれば…仲間が居れば…)

 私は迂闊な自分の行動を呪った。だが不思議と城を、国を飛び出した事への後悔は無かった。

 そんな時だった。


「やれやれ。レディは大切に扱えって習わなかったかい?」

 ややキザな台詞と共に一人の剣士が現れた。

「誰だっ!?」

 剣やナイフを構えるチンピラ。


「我が名はピエール。今逃げるなら怪我はしなくて済むよ?」

「んだぁコイツっ!殺っちまえええっ!」

 チンピラ達が激昂して襲いかかる。

 しかし圧倒的。

 現れた男の瞬殺劇だった。

「安心しなよ。殺しはしない」

 チンピラ達は地に伏せ呻いている。

 ピエールは恐ろしく強かった。

 あっという間に男達を叩き伏せ、網を切って私を助け出してくれた。


「こ、殺さなくていいの?あいつらは私を…」

 ピエールはチンピラ達を放置した。殺さなくても衛兵に突き出すなりしても良いのに。

「僕に人を殺す趣味は無いよ。僕の獲物はいつだって―――」

 ピエールは今さっき納めたはずの剣を閃かせる。

「モンスターだけさっ!」

 いつの間にか近付いていた猿の様なモンスターを斬り捨てる。


「ウキィィィィィィィィィィィィィィィッ!」

「ホホホホホホッ!」

「ウキキキキッ!」

 周囲から猿達の奇声が木霊する。

 動物の猿よりもずっと頭がキレ、人間よりも遥かに優れた体格と身体能力を持つ山のモンスター、マウントヒヒだ。


「ふむ。囲まれたか」

「か、数が多いわよっ!?」

 私も慌てて剣を引き抜く。


「ぎゃあああああっ!?」

「助けてくれっ!」

「はっ、話が違っ―――みぎゃぁあああっ!?」

 動けぬチンピラ達は格好の的だったのだろう。マウントヒヒに襲われ食い殺されていく。

 マウントヒヒは男を食い殺し、女は犯しヒヒの子を孕ませるのだ。私はそんな未来を想像しゾッとする。

 ピエールは強い。私もそれなりに戦えるつもりだが…あまりにも数が違い過ぎる。

 一難去ってまた一難。私の心は再び折れかけた。

 しかし、その時だった。


火炎放射フレイムスロワーっ!」


 何処からともなく魔法の炎が放たれ、マウントヒヒ達を焼き払っていく。

「ウギィィィィィィィッ!?」

 木の上に居た猿共が火達磨になり転げ落ちて来る。すかさず剣を突き刺しトドメを刺していくピエール。

 さらに襲い来るマウントヒヒを次々斬り捨てながらピエールが私を見てニカッと微笑んでくる。

 私よりも年上なのに悪戯小僧みたいな顔にドキッとする。


「さぁお嬢様?冒険者の心構えは出来てるかい?」

 いつの間にか彼の周りには、魔法使いや僧侶等、今の私には居なかった頼もしい仲間達が並ぶ。


「お、臆するものかっ!私は勇者になる者だっ!」

 私がそう啖呵を切ると、ピエールは目を丸くしてからニコリと微笑んだ。

「そうかい?じゃぁ未来の勇者様のお名前をお訊きしても?」

「ナハ―――ヴェーツェだっ!姓は無いっ!」

 私は本名を捨て偽名を名乗る。

「よろしくね。ヴェーツェ」

 それがCランク冒険者ピエールと、その仲間達との出逢いだった。

 


☆☆☆☆☆



「ヴェーツェのDランク昇格を祝して、カンパーイっ!」

「カンパーイ!」

 立ち寄った町の酒場で私の為のお祝いをして貰っていた。毎年の誕生日の晩餐会と比べたら質素だが、私にとっては最高の祝宴だった。


 あれから一年程が過ぎ、私達は各地を転々としていた。あのマウントヒヒの一件で彼等のパーティーに快く仲間にして貰えた後、私は皆から冒険者のイロハを教わった。

 …それなりの知識教養はあるつもりだったが、市井で生きる上での必要な知識はまた違った。

 さらに冒険者として生きる為の表側のルールも、他者と衝突せずに生きる為の裏側のルールも学んだ。まだまだ未熟だが一端の冒険者として私は成長していた。


「これからどうする?」

 リーダーのピエールが皆に訊く。

「フォーゲイルとかどう?最近は付近のモンスターが活発になってるらしいよ」

 フォーゲイル。その国の名を聞いて私のフォークを持つ手がピクリと震える。

「フォーゲイルか。良い国だと聞く。行ってみるか?」

 モンスターが出て、さらに良い国なら仕事もあるだろう。直接モンスターの討伐依頼は無くても、護衛等でもそれなりに金払いの良い案件はある。

「そうだね〜。蓄えもあるし旅行がてら行ってみる?」

 うちのメンバーは皆堅実で借金持ちも居ない。凄腕のAランク冒険者には、金遣いが派手で常に借金と豪遊を繰り返す者も居る。デカイ獲物を仕留めて借金をチャラにするが、娼館を貸し切ったりとかして遊びまくり首が回らなくなるとモンスターを倒しに行くらしい。

 私が憧れる伝説の勇者の対極に位置する様な俗物だが、ピエール曰く私達全員でも足下にも及ばない実力者ばかりらしい。品性下劣でも強い奴は強い。上位の冒険者は皆頭の螺子が外れていると聞く。


「女でしか動かない奴も居れば、呪いのアイテムに目が無い奴も居る。単騎でAランクオーバーの冒険者には近寄らない方が良いよ」

 良くも悪くも常識人のピエール達はそこまで到達は出来ないのだろう。それは、自分もだが…


「じゃぁついでにフォーゲイルに行く商人でも護衛するか」

 ピエールの発言に私は現実に戻される。

「そうだな。こっからだとバリュー市かな?一番栄えて活気がある場所は」

「あそこなら、フォーゲイルへ行く商人とか、誰かしら居るでしょ」

「旅路を行きながら稼ぎにもなる。一石二鳥だな」

 そう言う事になってしまった。

「ん?どうしたヴェーツェ?」

 少し暗い顔をしていたのだろう。ピエールに尋ねられてしまった。他の皆もこちらを見ている。

 彼等は皆信用に値する仲間達だ。あまり深く踏み込んでこないのも有り難い。有り難いが…

「い、いや…なんでもない」

 新参者の私だけが入り込めない、壁の様なものも確かに存在していた。



☆☆☆☆☆



 バリュー市へ向かう途中の宿場町。

 意を決して扉を叩く。

 これからバリュー市を経由しフォーゲイルへ向かう。パーティーのその方針が私の決心を後押しした。

「ヴェーツェ?どうしたんだ?」

 扉を開けてくれたピエールは不思議そうにしている。

「相談したい事があるの」

 私はそう言って彼の部屋に入り、二人きりになる。狹い個室なのでベッドと机しかない。彼は椅子に、私はベッドに座る。

 緊張と期待で私の胸の鼓動が早くなる。

 勇気を振り絞り、上着を脱ぐ。

「おい…」

 彼の戸惑った声が聴こえる。

「あのね、私、出会った時から貴方の事…」

 ドキドキと煩い胸元にさらに手をかけ―――


「ピエール?」

 …その手を掴まれた。

 触れられた時に一瞬で理解した。

 これは―――拒絶だ。

 彼の手は固く、それ以上私が脱衣するのを防いでいた。


「悪いがパーティーメンバーと恋仲になる気は無い。…以前、それ系のトラブルでパーティーが崩壊してね。以降は恋愛沙汰は持ち込まない様にしてるんだ」

 ピエールは目を逸らしながらそう言う。

 確かにこのパーティー、メンバーは皆若い男女ばかり。だが誰が誰と付き合っているとかの話は聞かない。

 

「…そ、そう…」

 私は勿論、受け入れられない覚悟もしていた。

 だが…その手前で止められるとは思わなかった。

「ヴェーツェ。もっと自分を大切にしなよ?俺なんかよりも良い相手なんていっぱい居るだろう?」

 優しく微笑んでくれるピエールの笑顔が、今はとても見ていて苦しい。

(せめて最後まで言わせてよ…私の気持ちすら受け取ってくれないの?)

 旅の間に成人は越えた。もう私は大人なのだ。意中の男に想いが通じなかったとしても、それを仕事に持ち込む気は無かった。私なりのケジメのつもりだった。

 そんな覚悟すら、彼に拒絶されてしまったのだ。

(…ああ、でも現実って、こんなもんかもね…)

 私はショックを受けると共に何処か達観した気持ちになる。


 私は勇者の器ではなかった。それももう理解してる。雑魚モンスターならば単騎で倒せるが、中級モンスターが相手だと連携しないとキツイ。しかも私はメインでなくバックアックに回るしかない。

 これが現実だ。

 魔の森のさらに向こうの魔王国。

 その中心にそびえ立つ魔王城。

 そこに君臨する最強の魔王。

 そんなもの倒せるはずがない。

 私では魔の森に入ってしばらくしたらモンスターの餌になるだけだ。


(一人で生きて行くのも、強い人間になるのも、私には分不相応な夢だったんだ…)

「……………」

「……………………」

 気不味い沈黙が狭い部屋の中に満ちる。

 やがてそれに耐え切れずにピエールが喋り出す。

「ヴェーツェは勇者になるんだろう?」

「…うん」

 パーティーの皆のお陰で安全にモンスターを倒せた上でようやくDランク冒険者なのに?

「こんな所で立ち止まっていてもいいのかい?」

「…ううん」

 ああ、早くフォーゲイルへ行かないとね。先にバリュー市だっけ?まぁどうでもいいや―――

「それとも―――本来の…いや、なんでもない」

 ピエールが何か言いかけて止める。私はその事を追求する気も起きない。

 ピエールに惹かれ、想いを告げようとしたが、拒絶された。その事実は思っていたよりも私の心にしこりを残した。

 戦闘中も口数が減り、周りからの気遣いやフォローもかえって苦しかった。彼が口を滑らせた訳ではないだろう。思い返せば私は解り易かった。彼と一緒に居れば上機嫌。それが突然不景気な面で黙々とモンスターを狩っている。

 そうなのだ。皮肉な事に私はやはり少しは才能があったらしい。告白失敗からこっち、仲間達への、ピエールへの壁を感じて個人プレイに走りがちになる私。

 しかしその動きのキレは増し、格段に戦闘能力が上がった。失恋…と言うには不完全燃焼過ぎるが…のお陰で私は強くなれた。本当なら恋を成就させて強くなりたかった。

 ピエールの部屋に行く前なら一人では無理…いえ、ピエールでも単騎討伐は無理そうなモンスターを単騎で斬り捨てる。

 惚れた男のフォローをしたい、支えたいと思う私の心が、自分の能力上限に蓋をしていたのかも知れない。


(………政略結婚が嫌で成人になる前に飛び出したのに…恋が私を縛るなんてね。なんて皮肉―――)


 バリュー市へ到着した。私達は道中倒したモンスターの素材を納品し、私は討伐数を満たしCランクへと昇格した。

 追いつこうと頑張っていたピエール達と同じCランクである。

 嬉しさよりも何故か虚無感を感じた。一応昇格祝いをしてくれると言う話になる。


「向こうに美味い飯屋があるらしい」

「酒場って聞いたよ?」

「どっちでも変わんないだろ」

「ロメロン商会の系列店らしいね。あそこは品揃え良いからな。フォーゲイルに行く商人も出来たらロメロン商会の人間が良いな」

 皆の会話に私が割り込む。

「ギルドの酒場でいいよ」

「そう?」

「まぁヴェーツェがそう言うなら」

 私は移動するのが億劫だったし、改まった祝宴を催されても高いテンションを維持出来る自信が無かった。

 バリュー市の冒険者ギルド支部は、バリュー市自体が栄えてるだけあり内装も綺麗で清潔感がある。

 併設されている酒場に居る冒険者達も何処か品がある。冒険者の中には山賊と変わらない様な荒くれ者も多いが、この市にはそれなりに洗練された者達が居着いてるのかも知れない。この市は拠点にするには良いのだろう。

 確かに護衛にするにしてもそれなりの見た目が必要だ。最低限の身嗜みや礼儀作法は要る。冒険者の後援者となった商人から身嗜みの指導とか入ってそうだ。


 ピエール達にもそう言った上品さは有る。

 きっとバリュー市の商人のお眼鏡に叶うだろう。

 そうすれば次はフォーゲイルへと向かうのか。

「ん?どうしたのヴェーツェ?」

「なになーに?女同士で遊びに行っちゃう?話聞くよ〜」

 女子組が気を遣って話を振ってくれる。

 どうやら顔に出てたらしい。

 想い人には中途半端にふられ、次の目的地はフォーゲイル。これで不景気な面をするなと言うのが無理だろう。


「……ううん、大丈夫…」

 私はピエールをチラリと見る。

 彼は特に私に話しかけて来ない。フォローを女性メンバーに任せたのだろう。そつがないなぁ。

(…不器用でもいいから、私に関わって欲しい…)

 そんな事を願うのは、私の身勝手だろうか。

 そんな時だった。

 私の運命は、そこで大きく変わる事になる。


 あの男と…彼と出会ってしまったからだ。


バターンッ!


 ギルドの扉を勢い良く蹴り開け、その男はやって来た。

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