第12話 旅立ち

「あら?エスペルさん?珍しいですねぇ」

 バリュー市の冒険者ギルド支部に行くと、受付嬢のレチュリアが微笑んでくれる。


 ジャイアントベアの生首を大量に持ち込んだ時の受付嬢だ。しばらく怖がられていたが、特に実害は無いと理解してくれたようでそれからは普通に会話が出来ている。


「今日はまたどうしたんですぅ?」

 小首を傾げる仕草が可愛らしい。

 小動物っぽいよね。ただ確か俺より年上なんだよね。俺がこの地方の成人年齢である15歳だから、そこそこの年数働いてるっぽい新人じゃない感じの女の子は、どんなにちっちゃくて可愛くても年上のお姉さんなのだ。

 素晴らしい。


「あー…たまにはね?利益分配?はパーティーリーダーがやらなあかんでしょ?」

 俺は面倒な事務処理をヴェーツェに押し付けていたが、やはりリーダーでないと出来ない仕事もある。ちなみにパーティー名はベアナックル。

 俺自身がベアナックルとか呼ばれてるからそのまんまの名前だよ。


「利益配分です?何か大物でも倒しましたぁ?」

 複数の依頼主から賞金をかけられている賞金首とか、全身が高値で取引されてる素材ばかりのレアモンスターとかが居る。

 こういう現金化がややこしい獲物は一旦ギルドに預けて公正に換金して貰う方が良い。

 そしてこういった場合、パトロン…出資者、後援者に提供するのも有りだ。

 俺はロメロン商会を後援者に指定しており、入札を介さずにレアモンスターの素材等をギルド経由で安値で売却する契約を組んでいる。

 今日はそこにさらに追加をするつもりだ。


「はええ?エスペルさん、他にも後援者さん居るんですぅ?まぁ新進気鋭の冒険者パーティーベアナックルですからね。引く手数多でしょう。ですけどロメロンさんはいいんですかぁ?」

 少しレチュリアが心配そうにしてくれる。こう言った契約絡みのトラブルは良くあるらしい。酒場で意気投合した相手と不利な契約を交わしてしまったり、新しく後援者となった相手がメインの後援者の商売敵だったりとか。


 冒険者は良くも悪くも頭を使わない感覚派の連中が多いので、このシステムのトラブルは結構多い。

 新人とかを守るための後援者システムのはずなのだが、ベテランばかりに比重は行くし、ベテラン冒険者は金勘定は適当のその日暮らし。

 命を懸けて戦う人生と言うと聞こえは良いが、行き当たりばったりの根無し草なだけだ。

(俺もその口だけどな)


 ヴェーツェをスカウトして正解だった。顔も体もセックスの具合も良かったが、何より頭が良い。

 俺が順調にモンスターを殺し続けられたのはヴェーツェが居てくれたお陰だ。

 あの時拐って犯して俺の物にして良かったよね。うん。


「ああ、メインの後援者はロメロンだし、メインバンクもロメロン信金だよ。金は全部そこに入れてくれ」

 世界各地に散らばる冒険者ギルドの支部は銀行も兼ねている。

 無名の新人じゃ到底無理だが、Aランクぐらいになれば文無しでも世界中をふらふら出来る。

 立ち寄った先に素材や討伐証明を提出すれば、換金に時間がかかる物でもそれを担保に現金を信用貸しして貰える。

 場合によっては有力貴族や大商人からの融資も受けられる。

 ただこの場合は、装備を特定の商品で揃えないといけないとか、お貴族様の晩餐会に護衛…という名の見せびらかし…に付き合ったりとか、金額以上に面倒な仕事が待っている。


 ロメロンはこの地域限定だが信用金庫もやっている。俺は金を動かす時はロメロン商会を使うつもりだ。手間はかかるが手数料が発生するので、そこで義理を果たしてる事になる。


(俺が名を売ればロメロンの益に繋がる)

 それ以降の利益の出し方は商人じゃないから知らんけど、Aランク冒険者は大商人の後援者を持つ者も多い。

「エスペルさんももうDランクですもんねぇ」

 手続きやら何やらのせいで俺はまだDだ。

 まぁレチュリアに言わせればかなり早い昇格らしい。

 それを言うならヴェーツェもあの年齢でCランクなのはかなり早い出世だが、彼女はパーティーも強力だったらしいからね。


(俺が全滅させたけど)

 人の女を奪おうなど、不逞な輩も居たものである。

「ヴェーツェには助けて貰ってる」

「本当ですよー?大事にしないと逃げられちゃいますよぉ?」

 大丈夫。あいつはもう俺から逃げられないよ。


「それにしてもピエールさん達どうしちゃったんでしょうねぇ?余程ヴェーツェさんの脱退がショックだったのかしら…」

 レチュリアが少し眉根を寄せる。ヴェーツェを前のパーティーから引き抜いた事によるトラブルの処理を、彼女が担当してくれた件もある。

 だが彼等の末路は知らない。俺とヴェーツェが二人でクエストをこなしてる時に闇討ちしてきやがった。本気で俺を殺そうとした。ヴェーツェに免じて逃がしてやった。ここまでが書類上の顛末だな。女は犯して捨てたし、ピエール他男メンバーもボコボコにして放置してきた。モンスターが跋扈する山の中にな。

 まぁ襲撃ポイントからして俺の死体をモンスターに食わせる気だったんだろうしお互い様だな。

 あんま興味なかったからうろ覚えだけど、ヴェーツェとあいつらなんか確執あったっぽいんよね。

 まぁ知らんけど。


(あまり深入りさせるのは危険かもな…)

 俺は意識してレチュリアの瞳を見つめる。俺が強引にヴェーツェを引き抜いた事はそれなりに有名だ。

 だがパーティーの脱退だの解散だの勧誘だの引き抜きだのは良くある話だ。そこは平気だ。ただピエール達が完全に姿を消した事を勘繰られても困る。

 死んだかどうかは知らんけどね。


「ああ、ピエール達はバリュー市を去ったらしい。ここは俺達の拠点だからな」

 もっともらしい答えを用意してやる。

「ああ、それはやり難いですもんねぇ」

 俺の邪眼により、レチュリアは思考を誘導される。

 ふむ。あまり使いたくないが、いざって時には便利だなぁ。こういうのは使い過ぎると墓穴を掘るからね。

 そういや俺は剣はルピアの部屋に置きっぱなしで拳だけでモンスターを殺してる。これもブラフだね。俺が剣も魔法も使える事はあまり知られていない。

 強化ブーストくらいなら予測されてそうだが基本的に素の力だね。

 素の力で勝てない相手には強化魔法を使えば殺せる。拳で敵わない敵なら武器を使えば殺せる。それでも駄目なら魔法があるし、俺に怪我を負わせる事が出来ても回復魔法がある。

 何段階も予防線を張って戦ってると安心感はあるが高揚感は低いよね。

 もっとヒリつく相手と殺し合いたいものだけど。

 まぁそのうち戦えるでしょ。世界は広いんだ。


「―――…それでな?一旦ロメロン商会に行く利益のうちいくらかをこっちに流して欲しいんだ。あくまでロメロン商会とギルド経由な?」

「ははぁ?なるほどー?」

 俺は少しややこしくなる金の流れを整理してレチュリアに伝える。

 ぶっちゃけると、エマやフリーシアン等に渡す手切れ金の定額サービスです。

 

 簡単に言えば、俺が大物のモンスターをぶち殺す。素材は冒険者ギルド経由でロメロン商会に渡る。

 ここで手数料が発生するが全て俺持ち。ギルドとロメロンは得しかしない。

 さらにロメロンの信用金庫に全額預金される。ここはロメロンに利がある。

 しかし俺が大きな金を動かしたい時はギルド預金にロメロン信金から振り替えをする必要が出てくる。この時の手数料もギルドとロメロンに行く。

 そしてここからが重要。

 ロメロン信金の俺の口座からギルドが代理人となりギルド口座に振り替え、さらにそれを俺の女個人個人に渡す訳だ。その口座はロメロン信金だよね。


 頑張って考えた俺も頭がこんがらがってくるが、金を右から左へ反復横跳びみたいに動かしまくるだけで巨額の手数料が発生し、それがギルドとロメロンの利益になる。

 損するのは俺だけだな。

 そして最終的に行き着く女達が手にする額は、確かに下がる。しかしこのシステムを組んでおけばロメロン商会やギルドが滅ばない限りは、必ず金は届く。

 俺は遠く離れた地でモンスターとか賞金首をぶち殺すだけで女達に金が届く。ギルドも嬉しいロメロンもニッコニコ。パーフェクツなプランなのだ。

 …冷静に考えればアスパーシャ辺りはプライドから受け取らなさそうだし、他にも色々穴だらけだろうけど…女達の包囲網を脱出してギルドに到着するまでの短い間に考えついたんだから、上出来だろう?

 

「俺は無責任だからな。せめて金くらい渡すさ」

 かなりヤりまくってるからなぁ。

 二、三人孕ませてるかも知れん。


「…女の子を弄んで、お金で解決…ですかぁ?」

「ん?」

 レチュリアが俯いて肩を震わせている。

「あれ?おーい?レチュリアにはこの件を皆に伝えて欲しいん…」


ガシィッ!


 両肩を掴まれた。

「ちょっとエスペルくんっ!付き合いなさいっ!お姉さんがお説教ですっ!人と人との関わりというものを教えて差し上げますっ!あ、レチュリア早退します」

 ちっちゃなお姉さんレチュリアがなんか良く解らんが燃えている。

 突然の早退宣言に新人らしき娘がギョッとしてるが俺と目を合わせると黙って下を向く。

 今、邪眼使ってないよ?なんか俺変な噂されてね?例えば目の合った女片っ端から襲うとかさ。


「ああ、そうだな。是非教えて欲しいな」


 俺はレチュリアの手を取りそう囁く。

 レチュリアは早退し、俺を連れて近くの酒場に直行した。フリーシアンの店が遠くて助かった。



☆☆☆☆☆



「あんっ!だめぇっ!エスペルくんっ!」

 そして今は安宿にしけこんでいる。

 今は夕方くらいかな?

 昼間っから飲み始めたから強いのかと思ったら特にそうでもなかったレチュリア嬢。あと説教を身構えてたらどちらかと言えば愚痴多めだったな。


「おしゃけつよいれすれ〜」

 顔色も変えずに盃を空け続けていると、半眼のジト目で睨まれた。

「ん、そうだね」

 飲んでも飲んでもちっとも酔えない。

 多分だが、昔流行り病に感染した辺りが原因じゃないかな?

 俺は病気の類に全く罹らなくなった。

 モンスターの毒系攻撃もあまり効かない。

 酒の酩酊感を楽しめないのと引き換えに、毒による死亡リスクが減るなら安いもんだ。

「そんな楽しくなさそうな飲み方ありましゅか。こうれすよ?よくみてなしゃい」

 聞き役に徹したら気分良く話してくれて、ガンガンピッチ上がってったわ。


 すっかり出来上がりほろ酔い気分になったレチュリアに…

「もう少し話がしたい。二人っきりで」

 と誘うと―――

「うふふ。いいわよー。おねえしゃんにまかせなしゃい」

 と向こうから連れ込み宿に連れ込まれた。んー邪眼の力は切ってるはずなんだけどな。これが素なのか。もしくは俺に元々特別な感情を持っていたのか。

 まぁどちらでも良いか。もう大して関係無いしね。

 そして今に至る。


「ううう〜…なんでそんにゃに上手いの〜?」

 レチュリアを意識飛ばすまでヤりまくる訳にもいかんので、気持ち良く楽しんで貰える様に調整する。

 俺自身は無理矢理して、俺への嫌悪感や裏切られた様な表情が見たいんだけど、そもそもこの人とは信頼関係とか築いてないしな。

 

「あうっ、ひゃうんっ!」

「思ってたより可愛い声で鳴くね」

「うぅ〜年下のくせにぃ〜」

 小柄なレチュリアお姉さんが俺の首に抱き着いてぎゅうぎゅう締め上げてくる。

 全然痛くねぇ。

 あと背丈の割にはボリューミーな二つのモノをギュムギュム押し付けられてるな。

 惜しいな。

 この人が恐怖に震える中思い切り犯したら楽しかったろうが、そのチャンスはあの出会いの時だけだったろう。 

 ヴェーツェの件では迷惑をかけたが、俺は冒険者としては優良らしい。

 愚痴を聞く限り、酷い連中は本当に酷いみたい。


 ジャイアントベアの大量生首事件もそこまで豪快なエピソードではなかったな。

 山に火を点け焼け出されたモンスターが人里を襲ってから助けに駆け付けるとかアホな冒険者も居るそうな。そういうのは後程現場検証とか事情聴取で真実が判明すると犯罪者になる。そしてその批判はギルドに向かう。

 古参の冒険者に挨拶もせず狩り場を荒らしまくる俺は少々問題児らしいが、貢献度のが高いらしい。


(うーん、アウトロー気取ってみたけど性格が出たな。俺は真面目で平凡な人間だもの。平和主義者だし)


「ん。キスして…」

 俺の事を甘やかす気だったはずの年上お姉さんが無茶苦茶甘えてくる。余程日頃のストレス溜まってんだな。可愛いから良いけど。

 …仕方無い。口座振り替えの相手がもう一人増えたな。


「ひゃうう〜ん。エスペルくぅ〜ん…」

 俺の胸の中で甘えてくるレチュリア。

 俺は彼女の耳朶を甘噛みし、囁く。

「レチュリア…」

「ひゃいっ!はぁ、はぁ…」

 俺はレチュリアの頬を撫でて見つめる。確実に仕事して貰う必要があるので、俺はここで邪眼を使う。

「頼みがあるんだ。いいかな?」

「なーにぃ?おねーさんにまかせてよー」

 俺の目に魅入られたレチュリアが、とろんとした表情で抱き着いてきた。


「ああ。俺のお願い聞いてくれる?レチュリア」

「はぃ…エスペル…様…」

 レチュリアの性格や人格を疑ってはいないが念の為だ。これでレチュリアは俺の財産の管理人みたいな立ち位置になるな。

 特に予定は無いが、もしもベアナックルの活動が大きくなり動く資金が莫大になったら、ギルドを辞めて貰って俺の資産の管理運営組織みたいなもんを立ち上げて貰おう。

 見返りは何が良いだろうか?


「けっこん。けっこんして」

 本人に直接問いかけたらそう答えが返って来た。

 けっこんかぁ。

「女複数居ても良い?」

「えーうーんどうしよう」

 今レチュリアの頭の中に浮かんでるのはせいぜいがルピアやヴェーツェとかだろうな。悪いな、もっと居る。全員とけっこんするかは知らんけど。

 あ、パティも居たな。おにいちゃんとけっこんすると会うたびに言われてる。


「幸せにするよ」

 子供を産むのが女の幸せだよね?あと金に困らせないつもりだし。モンスターが居る限り、俺の拳で金は稼げる。

「ほんと〜?」

「ほんとほんと。マジマジ」

「ならいーや〜」

 ぽやぽやしてるうちに話を纏めてしまう。よし、言質は取ったぞー。


 俺はレチュリアに言伝を頼み、宿を出る。

 ほわほわしたままのレチュリアが体も拭かずにふらふらとフリーシアンの店へと向かうのを見届ける。

 いやちょっと襲われそうだな?不安だぞオイ。

 俺は仕方無くレチュリアの後をつける。

 予想通りレチュリアに声をかけようとした若い男達とかをボコったりしてく。

 あ、フリーシアンの店に無事に着いたな。

 よし、これでもう大丈夫。


 フリーシアンの店の中からは、ルピアやベトレイヤ以外の気配もたくさんする。パティまで居るんじゃねーかオイ。


「さて、逃げるか」

 俺は散歩する様な軽い足取りでバリュー市を後にした。

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