第11話 女子会
「父ちゃん、店の端のテーブル使うよ」
「おい、買い出しはどうしたよ?おい、仕込みは…」
フリーシアンは店に帰ると食材をパントリーに放り込む。怪訝そうな父親を放置し簡単なツマミを作り、酒も持って店内のホールへ向かい、端の席に行く。そこにはすでにエスペルの女達が集まっていた。
ロメロン商会会長補佐、ルピア
バリュー市高級娼婦、アスパーシャ
繁華街の夜の酒場店員、エマ
エマの娘、パティ
エスペル専属メイド、ベトレイヤ
ロメロン邸見習いメイド、シュヴェスタ
Cランク冒険者、ヴェーツェ
そしてこの店…ロメロン商会傘下の酒場の一人娘、フリーシアン
「おわっ!?なんだ?なんだよ?討ち入りでもするのかい?」
普段は他人のプライベートに踏み込まない店主も、錚々たるメンバーに思わず声を上げる。
「父ちゃんは黙ってて。後適当に料理よろしく。店の女の子達来たらもっとお酒も出してくれる?」
下手をすれば朝まで飲み明かすかも知れない。
「お前…父親使い荒い奴だな」
ぶつくさ言う父親を厨房に追い返す。
「あ、手伝います」
夜職のエマがそつなく配膳を手伝ってくれる。
「ああ、悪いねエマさん。ありがとう」
取り敢えず全員に酒を回す。パティには勿論、蜂蜜と果実水入りの山羊の乳だ。
「そういえばエスペルは?」
この集まりの主役と言うか主犯と言うか元凶が居ない。いつの間にかするりと姿を消していた。
「逃げたわ」
「逃げたわね」
「くっ…逃がしたか…」
「他の女の所にしけこんでるかもね」
「あの野郎…」
別に今更エスペルを吊し上げるつもりも無い。強引で自分勝手だが、気っ風が良く気前良く羽振りも良い男だ。ここ最近は腕っぷしも立つ事が証明されている。妙な二つ名も付けられた。
強く若く能力があり金もある。実力が全てのこの世界、強い男が複数の女を囲うのは良くある話だ。
だがそうは思ってても、納得し切れない事や腹に据えかねる事もある。少しでも発散しとかないと溜めに溜めた後の爆発が怖い。
(大揉めに揉めて女同士で刃傷沙汰とか勘弁だからね)
フリーシアンも出来たらこんな集まりに参加したくないし開きたくもなかった。
たまたまだがそう言った機会が巡って来たのだ。今のうちに腹を割って話し合うのも悪くないだろう。
「他に女が居るかしら?」
アスパーシャが優雅に足を組み替え顎に手を添える。絵になる女だ。所作や教養等ではこの中で一番なのだろう。
「あいつなら一日一人ずつ新しい女を見つけててもおかしくないわよ」
フリーシアンが苦虫を噛み潰した様な顔をする。逃がすつもりは無かったが逃げられた。歯痒い気持ちでいっぱいだ。
「油断も隙もないですわね…」
この中で古株となってしまったルピアが疲れた様な顔をする。
束縛すれば逃げられるから手綱を緩めていたら、あちこちで日替わりで女を作る様になるとは思わなかった。そのうちあちこちでポコポコ子供が生まれるかも知れない。頭が痛くなる。
ろくでもない男に引っ掛かったという認識は共有出来ているだろう。
(でもきっと、誰一人退く気は無いんでしょうね…)
フリーシアンが内心溜め息を吐く。かく言う自分も手を引く気は無い。
本来なら恋敵同士、一人の男を巡って争う不俱戴天の敵同士なのだが、中心に居る男が酷過ぎて女達が手を組む展開になっている。
「それでは皆様よろしいかしら?」
アスパーシャが皆を見渡す。酒やツマミを目の前に、若い娘達が集まって辛気臭い顔をしてても始まらない。
「それではルピア様、どうぞよろしくお願い致します」
「ええ、僭越ながら音頭を取らせて頂きます。ロメロン商会のルピアと申します。若輩ながら父の仕事の補佐をさせて頂いております。では皆様…女としての幸せに―――乾杯」
そして急遽女子会が始まった。
☆☆☆☆☆
「私は山賊に襲われている所を助けられました。雇った護衛の冒険者も、結局行方をくらませました。推測ですが彼等は口封じで殺されているでしょう。山賊の襲撃も含め、商売敵の仕込みだったのでしょうね」
初っ端から始まるヘヴィーな暴露話に皆が口を噤む。
「結局、出会いの時も含め私や父…ロメロン商会そのものを、彼に二度も救われました。この恩には命、人生を懸けて報いるつもりです」
ルピアの顔には複雑な色がある。まだ少年と言えるエスペルを御し切れる自信が最初はあった。武力暴力に秀でているとはいえ、所詮はまだ若い子供なのだからと。
姉の様に振る舞えば弟の様に慕ってくれていた。可愛かった。しかし結局底は知れなかった。
「彼は普通ではない。そう気付いた時にはもう、後戻り出来なくなっておりました」
ルピアはそう言って柑橘系の果実水を飲む。そう言えばルピアは最初から酒を飲んでいない。
その事実に気付いた何人かが胡乱げな視線をルピアに送っていた。
「私の所には客として通って来てただけよ?特別な事は無いわよ?」
アスパーシャはバリュー市最高級娼婦として、他領からやって来た貴族の接待等をする事もある。ロメロンとはそう言った繋がりがあり、エスペルが来店した時に支配人の気遣いで一度は相手をする事になる。
ただそれ以後も常連となるとは思わなかった。
「ルピア様の御屋敷での一夜では、申し訳ありませんでした」
ルピアに頭を下げると、ルピアは笑いながら手を振る。
「いえいえ、アレは撒き餌の一環でしたから。上手く食い付いてくれたわよね。ベティ?」
ルピアは満面の笑みで裏切り者だった元内通者に話を振る。
「はい。その節ではお世話かけました。何しろエスペル様は私を毎日何度もお求めになられるのに一向に堕ちる様子もありませんでした。そのうえアスパーシャ様を招いて他のお嬢様方も交えての御乱交。それでも尽きぬ精力を受け止めさせて頂いている折に、アスパーシャ様こそ最高の女性であると聞かされては堪りません。功を焦り強硬手段に出てしまいました。お見事で御座います。ルピアお嬢様」
ベトレイヤも艶然と微笑みカウンターを放つ。ルピアに雇われている形だが彼女の忠誠の向かう先はエスペルのみだ。解雇するのは簡単だが、そうすればより密着した関係をエスペルと築くだろう。そして断罪等以ての外だ。エスペルは女を増やす癖に独占欲と執着も強い。一度自分の物にした女を傷付ける事を許容するとは思えない。
そう言った複雑に絡み合った状況もあり、ベトレイヤが提出したロメロン商会の商売敵の情報の有益性も合わせ、彼女の裏切りは不問とされた。
妹であるシュヴェスタと共にロメロン商会が守るのもエスペルの為だ。エスペルの手綱を少しでも取るためだ。
もしもベトレイヤシュヴェスタ姉妹を放逐した場合、彼女達は粛清報復の対象となるだろう。ロメロン商会の庇護下にあるため安全を担保されているに過ぎない。しかしそれが無くなれば彼女達は襲われる。そうなればどうなるか?
ロメロン商会の商売敵である者達は物理的に抹殺されるだろう。そうなれば流石にバリュー子爵も黙ってはいられまい。犯罪者の類を私刑にするのとは訳が違う。エスペルは折角得た名声や地位を失う。
(だけどあの男なら殺る)
皆の中でその確信はある。
エスペルの損得勘定が全く見えないし読めないのだ。冒険者としての実績やルピアとの関係を捨てて姉妹の安全を守る可能性が高い。基本的に穏やかな気性で協調性もある。自分で泥を被り丸く収めようとする自己犠牲的な面もある。
けれどルピアは知っている。
エスペルは殺人への躊躇が無い。
悪を憎む正義感に駆られた素振りも、ルピア達を助けて利益を得ようとした思惑も感じられない。
殺せそうだから殺した。
そうとしか言えない。
彼の通常の選択肢に、食べる、寝る、女を抱く以外に、他者を殺すという異常な分岐が普通に混じっている。
ルピアが積極的になれない理由の一つに、その彼との意識の乖離があるだろう。
(でもだからって、あの子は私のモノよ)
モンスターすら殴り殺せる拳は怖いけど、彼は決してルピアに暴力は振るわない。抱き締めれば甘えてくれる。これにお互いの恋愛感情が乗っているかは不明だが、エスペル程の男はもう現れないだろう。年齢的にもそろそろ夫と子供は欲しい。
「山賊への対処といい、殺人への躊躇が無い。貴女達姉妹に危険が及ぶと判断すれば、後顧の憂いを断つ為に全てを殺すでしょう。その後は貴女達姉妹を伴ってこのバリュー市を飛び出すはずです。そうは問屋が卸しませんわ」
ルピアも微笑み返す。ベトレイヤシュヴェスタ姉妹を守る事はルピアとエスペルの関係を守る事にも繋がる。
「私を助けてくれたのも、単なる偶然、気まぐれでしたでしょうね」
エマが口を開く。彼女の立場は少し特殊だ。この中で唯一娘が居り、パティと三人で家族の様に過ごす事が多かった。
「彼は…エスペルはパティの事を凄く可愛がってくれています」
エマは愛しげに愛娘の頭を撫でる。お腹がいっぱいになり夜も遅くなってきたためパティは少し眠そうだ。
「日によってはずっとパティと遊んでくれるだけで…何も無く三人で眠る事もあります」
その発言を受け他の全員がパティに目を向ける。これは思わぬ伏兵かも知れない。
エスペルの性欲は強く、一晩中求められる事も多い。熟練の娼婦であるアスパーシャですら、最後は気絶してしまう事もある。エマの肉体目当てなら勝ちの目はあるが、エスペルが他者が思うより家族愛に飢えているならこの場で最も手強いのはパティかも知れないからだ。
その辺りで店が普通に忙しくなる。常連客や旅行客、旅の行商人達で店が賑わってくる。
店主であるフリーシアンの父親は厨房から出て来なくなる。さっきまでは心配そうにこの卓の方の様子を覗っていた。愛娘に最近新しい男が出来たのは薄々感じていたが、今夜の集まりはその関係であろうと推測は出来たからだ。
雇っているウエイトレスの女の子達も、気を遣っているのか必要以上に卓には近寄らない。それは常連の気の良いおっちゃん達も同じである。
これだけの美女美少女が揃っていれば変な絡み方をしてくる輩も居そうな者だが、皆関わろうとしないというか目も合わそうとしない。
本能で理解しているのだろう。
これは、修羅場であると。
フリーシアンの番になった。
「私は今のままで文句は無いよ?本当なら確かに店を一緒に切り盛りしてくれる旦那が欲しいけど…こういう時代だ。力がある男のがいざって時に頼りになる」
一昔前と違い、魔王軍の動きも活発ではなく魔王も動かない。魔王が死んで代替わりしたとか魔族内で内紛があったとか、ハッキリしない噂話くらいしか聞かない。
しかしモンスターが世界中を跳梁跋扈してるのは変わらない。ある日スタンピードが起これば、いくら商業的に発展してるとはいえ軍事力を持たないバリュー市など一夜で滅ぶだろう。
「あいつが私の何処が気に入ったのかは知らないけどね」
フリーシアンが持っていた酒の残りを一気に飲み干しテーブルに置く。
(大きい)
(大きいですわね)
この場の女達は、皆平均より胸部装甲が厚い。しかし、フリーシアンが最高硬度を誇るだろう。
エスペルが俗に言うおっぱい魔人と呼ばれる存在ならば、勝者はフリーシアンとなる。
「んん?皆何処見て―――ああ、そういやあいつ、吸いながらヤるのも寝るのも好きだよね」
下世話なネタになりかけるが誰も笑わないし怒らない。
彼が幼少時に母親を流行り病で亡くしているのはほとんどの者が知っている。
それ故かほとんどの女が年上だ。パティを例外とするなら、唯一の年下は13歳のシュヴェスタくらいだろう。
シュヴェスタが口を開く。
「私は命があっただけめっけもんだと思ってます。私も姉も殺されても文句は言えませんです」
荒事慣れした不良娘であるが、見習いメイドとして礼儀作法を叩き込まれてる最中のシュヴェスタがおかしな敬語を使う。
シュヴェスタはエスペルを特に慕っている訳ではない。姉が所属する犯罪組織…と呼ぶには中途半端だが堅気ではない、所謂半グレのメンバーだった。
あまり凄惨な場面には呼ばれなかったが、仲間達が殺し等も行っていた事は知っている。
それでも仲間の妹と言う事でそれなり可愛がられていた。そんな仲間達を皆殺しにされた事に思う事が無い訳ではないが、今まで他者を踏み付けて来た報いを受けただけなので、そこは納得している。
「気まぐれで生かされ犯されました。感謝…とは違うですますが…恨んでいないディス。処女を奪われた時は痛かったですけど、その前に腹に穴開けられて死にかけてましたから、そっちのが痛くて死にそうでした。あ、私達が悪いんで恨み言は無しですよ?ルピア様の指先一つで私達は牢屋行き、ロメロン商会の庇護下を外れたら元雇い主に口封じで粛清されて終わりですのです」
シュヴェスタは舌をペロリと出して自分の首を掻っ切る真似をする。
エスペルをハメて殺そうとした仲間達は生きたままモンスターに食い殺されていった。シュヴェスタが生かされたのは本当にたまたまだった。
「なんで私を助けてくれたの?」
エスペルに抱かれてる時に訊いてみた事がある。その時の答えはこうだった。
「回復魔法を試してみたかったんだ。俺あんま怪我しないから、自分に使えるのかどうかって。セックスしながらだと肉体の認識を拡張出来るのか試したくてね。ほら、強化魔法だと持ってる武器や鎧も一緒に強化出来るじゃん?転移魔法は体験した事無いけど、着てる服や装備も一緒に転移する訳。つまり認識の違いだろ?ああ、今試してみる?」
その時繋がったままだったのでエスペルは
「うわぁ、林檎が…」
シュヴェスタが枕元に置いてあった林檎を試しに握ってみたら一瞬で粉々になった。その時突然体を離される。
「その状態で強化魔法がどのくらい維持出来るか試してみよっか。ほら構えて構えて」
「ひえ!?無理無理無理無理無理っ!?エスペルはジャイアントベアとか殴り殺してるんでしょっ!無理無理無理死んじゃう死んじゃう死んじゃううううっ!」
「大丈夫大丈夫。怪我したらまた治してあげるから」
藪蛇にも程がある。自分が助かった経緯を訊いてみただけで死にかけた。思い返せば姉なんて四肢を引き千切られながら犯されていたのだからこの程度予想して然るべきだった。今現在性欲処理ぐらいで済んでて幸運な方なのだ。あの誰も来ない山の中、姉妹二人共、エスペルの魔法の実験で細切れにされても再生するかとか、脳味噌を破壊しても再生するかとか、いくらでも弄ぶ事は出来たのだから。
敵に回してはならない存在は、確かに居る。その一人があの朴訥としていてややダウナー気味の少年だ。
彼はのんびりとしたローテンションのまま女を犯して人間を解体出来る。たまにテンションが高い時もあるが、脈絡が無くて読めなくて怖い。
「残りの人生はエスペル様に使いますよ。恩義や恋愛じゃないですけど。天災と言うか…神様?は違うかな?まぁとにかく、大自然の大いなる意思に身を任せるっす」
人間の形をした天災や神様だと思った方がしっくり来る。お供え物として自分を捧げてる限りは守ってくれるだろう。
さらに今生かされているのはルピアの気まぐれだし、ルピアのその行為は慈悲ではなくエスペルへの点数稼ぎだ。エスペルがシュヴェスタとルピアのどちらを選ぶか未知数なので無茶は出来ない。
(それにきっとどちらも選ばない)
女を犯す割にあまり執着が無い。いや、それなりに独占欲はあるだろう。なので他の男に走るのは怖くて出来ない。子供を産みたいならエスペルに抱かれるしかない。裏切った時の報復が怖い。
初対面のイメージが強過ぎる。
他の男と恋仲になり子供を作っても、シュヴェスタの目の前で男も子供も解体されてモンスターの餌にされる未来しか想像出来ない。
だがそれでもやはり普通とは何かが違う気がする。女から好かれるのは好んでいない。
彼は真っ直ぐな好意を向けられるのは苦手らしく、忠誠心の塊みたいになった今のベトレイヤは逆に距離を置かれていた。むしろ、彼を陥れようとハニートラップを仕掛けていた頃は日に何度も抱かれていたらしい。
成り行きで真っ当な仕事にありつけてる現在、シュヴェスタはエスペルにはニュートラルな感情を持っている。好きでも嫌いでもない。生かされている手前、呼び出されれば好きに抱かせている。避妊もしていない。
それが心地良いのか姉やルピアより抱かれる頻度は高い。性欲処理と言うより、モンスターを殺して昂った殺気の様なモノを鎮めている気はする。
立場的に上であるルピアやベトレイヤよりも女として求められている事に、ほんの少しだけ優越感もあった。
「まぁ子供出来たら認知はして欲しいっす。お金も欲しいです」
親無しの孤児として姉と共に苦労した手前、お金さえ貰えれば文句はあまり無い。
肌を重ねれば情も湧く。適当に呼び出され雑に抱かれるが、自分の胸に顔を埋め無防備に眠る時の寝顔は可愛いとさえ思う事もある。父親不在は困る気もするが、出稼ぎに出てるとでも思えば良い。
冒険者としてバリュー市ではすでにトップの稼ぎを出してるエスペルは、すでに経済面でも相当な位置に居る。
「私は別に一番になりたい訳じゃねーっすよ?多分無理だし。あの人が自分の子供に愛情抱くのかよくわかんねーけど、やっぱ子供は欲しいかなぁ」
段々口調が砕けてきたシュヴェスタが、頭の後ろで手を組んで行儀悪く椅子を傾けてギシギシと鳴らす。
そんな赤裸々な心中の吐露に他の女達は聞き入りつつも反応は様々だ。
共感、嫉妬、理解、嫌悪、無表情…そして―――
「貴女は?そもそもエスペルの何?」
突然ヴェーツェに話が回って来た。今の所発言をしていないのは、彼女一人になっていたからだ。
ヴェーツェは戸惑っていた。
「わ、わたしは―――」
どう答えれば良いのか?
何が正解なのだろうか。話の流れで気付いたからだ。エスペルが今一番一緒に居て一番たくさん夜を過ごしているのが、自分なのだと。
失態、失敗である。
この場での槍玉に上がるのはエスペル自身なのだろうと楽観視していた。だが主人公が不在の今、女誑しの修羅場物語は新たな生贄を求めている。そんな時―――
「おにいちゃんとけっこんする」
突然の割り込み。
パティの発言に場がピリッと引き締まる。皆迂遠な言い方で明言を避けていた事柄である。
ヴェーツェに注がれていた視線がパティに移る。中でも母親であるエマの視線が最も強い事にヴェーツェが戦慄していると、さらなる乱入者が現れた。
「あやや〜?みなしゃまおしょろいでしゅか〜?」
その突然の来訪者の正体に気付いた者は少ない。ヴェーツェにはすぐに解った。ここ最近は毎日と言って良いくらいに顔を合わせている。
「レチュリア?」
それはこのバリュー市にある冒険者ギルド支部の受付嬢、レチュリアであった。
「ウウェウェ〜イッひっく!」
普段の仕事モードとはかけ離れたへべれけモードのレチュリアにヴェーツェも戸惑う。
「あ〜エスペル様より言伝でーっす」
体が熱いのか、首元を緩めるレチュリア。
その首筋に虫刺されの様な赤い痕がある事に、その場の女達が気付く。
「え〜っと、俺は魔王討伐の旅を続ける…ですって。にへへ」
そう言ってレチュリアは真っ赤な顔をしてそのまま倒れぐーぐー寝息を立て始める。
「魔王」
「いやちょっと待て」
色めくエスペルの女達。話の内容も然る事ながら、自分が原因で女達が揉めている真っ最中に違う女と寝ていた事になる。
レチュリアとそんな関係になっていたとは予想外だが今夜が初めてかも知れない。
ヴェーツェなど、目が合っただけで拐われ犯され隷属させられた。後日元居たパーティーも全滅させられた。落ち度も何もあったものではない。強いて言えば、ジャイアントベアを大量に殺した帰り道の興奮状態のエスペルと出会ったのが運の尽きだ。
不慮の事故過ぎる。
「あの女誑し…」
誰が呟いたか解らないその一言は、その場の全員の気持ちを代弁していた。
敵意殺意をその一身に浴びながら、ほわほわ系受付嬢のレチュリアが幸せそうに寝息を立てている。
「邪眼を使ったわね」
ヴェーツェがぽつりと呟く。エスペルは能力で女を無理矢理籠絡する事も可能だが、自分への敵意や拒絶感を残す。
蕩ける様な快楽に必死に抵抗する姿をアクセントに楽しむ悪癖がある。
レチュリアがこの様にメロメロにされているのは、メッセンジャーとしての役割を持たされたからに過ぎないだろう。彼が本気で抱いたら一般人であるレチュリアは三日は足腰が立たなくなるし、精神面はぐちゃぐちゃにされている。
こんなに幸せそうな顔を、ヴェーツェはさせて貰えない。
(本当にメッセンジャーとしてだけだろう)
レチュリアを叩き起こして逆さまにして思い切り叩いても何も出て来ないはずだ。エスペルが本気で逃げればもう国境を越えている。この場の誰も彼に追いつけないだろう。
「それでも、私は―――」
急遽始まった女子会は唐突に終焉を迎え、それぞれがそれぞれの道を行く。
そしてヴェーツェは………
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