第5話 フロイライン
「ギガントスパイダーを逃がしたですってぇっ!?」
フロイライン・フルールドリスが怒鳴る。
モンスター討伐隊の指揮を取る隊長だ。
伯爵令嬢ではあるが騎士爵を持つ、れっきとした女騎士だ。
「し、しかし我が隊はもう十分任務を全うしたかと…」
親子程年の離れた副官の騎士は疲れた声で進言する。死傷者も出ており、これ以上の追撃戦は厳しい。
周囲には虫系モンスターの死体が大量に転がっており、異臭を放っている。
「モンスターの死骸は新たなモンスターを呼びます。放置も出来ません…」
まだ十代の女隊長の顔色を窺いつつ進言する。
副官である男爵は伯爵家の寄子であるため、騎士爵のフロイラインに強く出れない。貴族は階級社会であるが故だ。そして実力的にも強く言えない。ここに転がるモンスターのほとんどはフロイラインが倒している。引き連れて来た部下達は事後処理係の様なものである。
皆騎士爵を持つ貴族の子弟達であるためそれなりの戦闘能力はあるが、フロイラインだけ頭抜けている。
「そう言って、半年前にゴブリンキングとオークキングを取り逃がしたじゃない…」
王国の地図を広げフロイラインが唸る。今居るポイントはモンスターが現れるスポットとして有名で定期的に狩りが必要になる。
前回はゴブリンとオークが大量に発生し、一部の氏族長クラスを逃がしてしまった。今回も同様だ。
虫系モンスターとそれを捕食せんとする蜘蛛系モンスターが大量発生したためフロイライン達が討伐に出たのだ。ほとんど殲滅したが一部を取り逃がした。
「王都ロイヤルを抜けバリュー市へ向かう街道かしら?…いえ、相手はモンスターよ。道無き道を進む事も出来る」
普通の人間の足なら街道を使って何ヶ月、馬車なら何週間もかかる道筋を指でなぞり考える。
未開発の山や谷を走破すれば辺境まで一直線だ。
「この方角ならバリュー市方面のクーユフ町…いえ、小さな村があるわね?」
地図に名前すら載ってないが人里がある。まずい展開だ。
「そうです。ここの先には寂れた農村しかありませんし、甚大な被害は防げております」
副官がホッとした顔をする。市や町を治める貴族に万が一にも被害は出なそうである。平民が犠牲になるのは気の毒だが優先度は低い。
「馬鹿っ!無辜の民を死なせて良い訳ないでしょうっ!」
カッ!となり怒鳴るフロイライン。次から次へと湧いて出てくるでっかい虫とでっかい蜘蛛に騎士達はへとへとだが、最年少の彼女だけはずっと元気だ。
この時点でのフロイラインの判断は正しい。ギガントスパイダーが逃げた先にはカドイナ村しかない。
ど田舎村に駐屯する騎士達にはボスモンスターを倒せる能力は無い。
子分や子供を率いて群れを成す強力な個体はボスモンスターと呼ばれ、討伐には騎士団や複数の冒険者パーティーが必要となる。
「一匹逃がしただけでも大変よ…」
辺境の村が襲われ、もしもそこで巣作りが行なわれたら大変だ。村は壊滅し、餌となる住民。繁殖するギガントスパイダー。飲み込まれる周辺の村や町…想像するだけでも恐ろしい。
「私が仕留めます」
フロイラインは輜重隊の馬車から適当に食料を漁りバックパックに詰め込んで背負う。
「お、お待ち下さいっ!それでも援軍を求めるべきです。そして引き継ぎを…」
伯爵より下位とはいえ、その辺りの市や町は貴族が治めている。伯爵令嬢とはいえ騎士爵の女騎士がウロチョロするのは縄張り的にあまり良くない。
近隣の領主達に状況を説明し、対処を任せるのが政治的に一番良いのだ。対策が練られるまでの人的被害は許容範囲内とされるだろう。フロイライン達が罰せられる事も無い。
「民の命と貴族のプライドっ!どっちが大事なのっ!?」
正義感に燃える発言をするフロイライン。
「お嬢様はただ単に自分の獲物を逃がしたくないだけでしょう?」
小さい頃からのお転婆を知る副官がうんざりしながら言う。
「お嬢様はやめてっ!隊長と呼びなさいっ!」
小さい頃から変わらない頑固者。
「隊長。ここは止まるべき時です」
彼の幼い娘はフロイラインに憧れているが、絶対に同じ様に育って欲しくない。
「私一人で十分よっ!てゆーか私しか行けないでしょ?お父様にはそのうち帰るって言っておいてっ!」
フロイラインの父親は叩き上げだ。ロイヤル騎士団を纏める騎士団長の地位にある。彼等は名前ほどお綺麗な存在ではない。軍の規律より個の武勇に重点を置く曲者揃いの荒くれ者達だ。それを率いるフルールドリス伯爵は社交界を放置して、敵国やモンスターとの戦いに明け暮れている。
フロイラインは単独行動を良くするが、それは完全に父親譲りだった。
今からしようとしてる事も軍規違反ギリギリだ。部隊を危険に晒さないが、自身を危険に晒す無鉄砲。
ギガントスパイダーを仕留めて帰還すれば、父は大笑いして喜んでくれるだろう。
罰は拳骨一発くらいだろうか。アレは痛いのだが仕方無い。
「『
フロイラインは自身にバフ魔法をかける。これで一時的に身体能力が向上する。
他人にもかけられるが、くたくたの部下達にかけても意味が無い。一人のが身軽だ。
「じゃ、ギガントスパイダー倒したら帰るから」
軽く手を上げ走り出す。王都から辺境まで、山道を走れば一週間くらいだろうか。
「お、お待ち下さいっ!お嬢様ぁああああっ!」
駆け出すフロイラインに追いすがる副官。フロイラインが勝手に行くのだから彼の責任ではないのだが、胃に甚大なダメージが行く。
出来ればとっとと嫁に行って欲しいのだが、自分より強い男としか結婚しないと頭の痛い事をのたまっているから無理かも知れない。一生。
「あぁ…行ってしまった…報告どうしよう…うっ!胃が―――…」
あっという間に遠のいていくフロイラインに伸ばした手は空を掴む。そうして副官はガックリと項垂れるのだった。
☆☆☆☆☆
能力が低く地位やプライドだけは高い貴族が大半の中、戦闘能力が高い者も居る。
これはロイヤル王国の歴史が浅い事に起因している。初代国王は平民からの成り上がり。高位貴族はその仲間達だ。
地盤固めに由緒正しい血筋との婚姻も為されてきたが、その血はやはり冒険者や傭兵の色が濃い。
フロイラインも幼い頃から父親に連れられモンスター討伐をこなしてきた。
許嫁も居た様な気はしたが、今現在も騎士団に所属し毎日剣を振り回して魔法をぶっ放している。
「平和ね?もしかしてギガントスパイダー…来なかった?」
二週間程でカドイナ村に辿り着いたフロイライン。実は道に迷ったり、野盗やモンスターをちょこちょこ殺してたら少し時間がかかってしまったのだ。
「モンスター…の被害があったようには見えない、わね?」
それはそれで問題だ。このカドイナ村が平和なのは何よりだが、別の場所に行った事になる。クーユフ町かバリュー市か。それとも山の中に潜伏したのか。
アレが近辺に潜んで卵を産んでいたら大変だ。
成長した子蜘蛛が大挙すればこんな小さな村は一晩で滅ぶ。
「…探し出さないと…」
フロイラインは宿に部屋を取ると早速山狩りを始める。たった一人でだけど。
「モンスターが一匹も居ない?」
そう言えばバリュー市を過ぎた辺りからガクンとモンスターが減った気がする。
この辺りにはモンスターが無限に湧いて出てくるダンジョンとかもなかった気がするが、それにしてもおかしい。
「ん?」
村に宿を取り、これからの事をどうするか考えながら散歩をしている最中の事だった。
廃材置き場の様な場所に、モンスターの素材が適当に放置されている。
都市部ではそれなりの値段で取引される牙や角等がある。その中に…
「ギ、ギガントスパイダー?」
見覚えのある素材が転がっていた。ギガントスパイダーの足と、糸。
糸は丸太にぐるぐる巻きにしてある。
「どどどどうしたのコレッ!?」
廃材置き場に近い場所にある道具屋に飛び込む。戦闘に必要な物等置いてなく、売っているのは日用品ばかりだ。陳列された商品の間に猫が寝てる。可愛い。
「ほあっ?どうしたねお嬢ちゃん?」
ロイヤル騎士団の鎧や紋章を見た事がないおじいちゃん店主が耳に手を当てて首を傾げている。
少し学の有る者ならロイヤル騎士団が爵位持ちのみで構成される貴族の騎士団だとすぐに解るのだが。
今のフロイラインが継戦と山道の強行軍のためかなり薄汚れており、騎士に見えないというのもある。
「だ・れ・がっ!あの素材をっ!持ち込んだのっ!」
フロイラインが怒鳴る様に訊ねると、おじいちゃん店主がうんうん頷き答えてくれる。
「トイレはそっちを右じゃぞい」
そして店の奥を指差した。
「違うっ!?」
結局フロイラインは道に戻り、通行人を捕まえて情報収集をし始めた。
☆☆☆☆☆
「ここね」
村唯一の酒場にやって来たフロイラインに客達が好奇の目を向ける。余所者、美しい若い娘、薄汚れた鎧…小さな村では悪目立ちしていた。
酒場は近所のジジババが暇潰しに集まってる様な感じで、所謂ゴロツキっぽいのも居ない。
まさに平和など田舎村である。
「いたわね」
店の隅っこに居た少年にズカズカと歩み寄るフロイライン。
「貴方がギガントスパイダーを倒したの?」
話しかけると、少年はチラリとフロイラインを見上げる。
(こんな子が?ギガンスパイダーだけじゃなく…周辺のモンスターを全滅させた…?)
村人に聞いた話はにわかに信じられないものだった。
「ギガ…なに?」
少年は不思議そうにしている。
フロイラインは少しムッとしながら説明を加える。
「あっちの裏に置いて有る蜘蛛の足とか…貴方が倒して取って来たの?」
少年はモンスターの名前を知らなかったようだ。
「ああ、あれ。ならそうだけど?」
隠す事でもないが自慢する事でもない。
「ふーん?じゃ勝負して。決闘しましょ」
フロイラインは少年に興味が湧いていた。追いかけていた獲物を横取りされた腹いせや八つ当たりでは断じてないのである。
「え?嫌だけど」
迷惑そうに視線を逸らす少年にフロイラインが食い下がる。
「貴方が勝ったらなんでも言う事聞くから。ね?」
解り易い挑発だ。
「じゃぁ勝ったらヤらせてよ」
少年は追い払う様に手を振る。無茶振りして退散させるつもりだった。
しかし意外にもフロイラインは乗って来る。
「ええ、いいわよ。私が負けたら好きにしなさい」
フロイラインが不敵に笑う。彼女にとっては良くある話だった。フロイラインをなめてかかった男達はこの様に煽り、全員返り討ちにしてきた。
「…まぁこの女でもいいか」
少年はボソリと呟き立ち上がった。肉体関係になった幼馴染が最近つれなくて身近、妹みたいに思ってた女に手を出した。
しかしその女にも最近飽きてきていた。飽きたと言うか…これじゃない感が拭えないのだ。
ここで気分転換に違う女を抱いてみるのも良いだろう。
「?貴方武器は?」
酒場の前の広場で対峙する二人。周囲には野次馬が居る。
「無いよ」
「はぁ?どうやってギガントスパイダーを…いえ、解ったわ」
見たところ、魔力も高そうだ。魔法を使うのかも知れない。
「ロイヤル騎士団所属、フルールドリス伯爵家長女フロイライン騎士爵っ!参るっ!」
「エスペルです。よろしく」
フロイラインに自信はあった。
油断も無かった。
しかし―――
ドゴッ!
「はい、俺の勝ち」
倒れているフロイラインは返事をしない。それはそうだ。拳一発で気絶してしまったのだから。
(顔狙わなくて良かった)
エスペルが手をぷらぷらさせる。
自信満々だったが、念の為腹にしといて良かった。顔を殴っていたら顔面ぐっしゃぐしゃだろう。
薄汚れてはいたが強固なはずのロイヤル騎士団の鎧は、見事に砕け散っている。
「おーい。起っきろー…まぁいっか。寝てるうちに一発犯っとこう」
別に一回だけとは限っていないのだから。味見も兼ねて気絶してるうちにしてしまおう。
エスペルは宿屋にフロイラインを背負って運ぶ。宿の主にフロイラインの取った部屋を訊き中へ運ぶ。
そして薄汚れた鎧と肌着、下着を全て脱がす。
「…う?」
しばらくしてようやく、フロイラインが目覚めた。
「ちょっ!?な、何して―――痛っ」
起き抜けで混乱するフロイライン。
「へぇ?処女か。ラッキー」
慌てて押し退け様とするが、エスペルの体はびくともしない。
「やっ!やめなさいっ!やめてっ!」
フロイラインは痛みで涙目になる。何故今こんな状況になってるのかが解らない。
「え?騎士が嘘吐くの?負けたらヤらせてくれるんだろ?」
「―――え?私…負けたの?」
フロイラインは現在進行系で処女を奪われてる事にも衝撃を受けたが、それ以上に自分が負けた事に衝撃を受けたのだった。
☆☆☆☆☆
「お股痛い…」
「悪かったよ…」
翌朝の事である。同じベッドで起きた男に恨みがましい目を向ける。一晩中抱かれて足腰怠いし股間も痛む。乙女心もそれなりに傷んだが、何より戦士としてのプライドがズタボロだった。
そう、騎士と言うよりは戦士だ。貴族令嬢としてなら自害ものであるが…戦士として、強い男に負けて犯されるのは当然の帰結。
「再戦よっ!」
だがフロイラインは負けず嫌いだった。
今日は身体強化魔法を使った。
だがまた負けた。気絶させられ目覚めた時はまた犯されていた。
「…けぷっ」
顎が外れそうになるくらい口を酷使され、大量に飲まされ生臭いゲップが出た。
三日目。
「今度こそ本気よっ!本気の本気なんだからねっ!」
「はいはい」
今回は山の中へ場を移し、攻撃魔法も使った。本気の本気だった。そして負けた。
(私より強い男が…こんな所に居るなんて―――)
世界は広いと思った。
「…ん。エスペル…」
「フロイライン…」
その夜は自ら求めてみた。
思ってたよりそれは、幸福感と満足感があった。
☆☆☆☆☆
「ねぇエスペル。王都へ帰って結婚しましょう」
フロイラインはせっかちだった。
彼女の中ではもう今後の予定、将来は確定していた。
「………………あぁ」
エスペルは生返事をした。
「ふふっ。好きよエスペル」
出逢いも初対面も最悪なはずなのに、ただただ強い男であるエスペルに魅力を感じるフロイラインは満足気だった。
むしろ力尽くでされたのなら納得の結果。
伯爵令嬢であるが、頭の中は蛮族というか戦闘民族なフロイラインである。
それからは爛れた毎日だった。
今すぐ王都ロイヤルへ帰るべきだったが、結婚の準備には色々時間も金もかかる。
王都までの帰り道で、モンスターを倒しながら結婚資金を貯めるのも悪くない。
フロイラインはもう勝負を挑むのを止めた。
今の時点でまるで勝ち目が無いからだ。
「まぁお母様も煩かったし、丁度良いわよね」
領地経営より剣を振る事が大好きな父親は娘が年頃で恋人の一人も居ない事に別に気にしていない。
が、それなりの家から嫁いで来た母親は違った。
貴族の義務や女の幸せをコンコンと説教してくる。
「彼との子供ならさぞ強い子に育つでしょう」
両親も喜んでくれるだろう。
これだけ毎日しているのだ。きっともう妊娠しているはずである。ならお腹が目立つ前に式を挙げねばならない。
ちなみにフロイラインが部屋の外に出るのは共同トイレに行く時ぐらいであった。
エスペルは変にマメで律儀だった。手作りの料理を部屋まで持って来てくれるし、カドイナ村では貴重な高級ワインを持って来てくれた。
「…湯浴みをしたいな。」
カドイナ村を明日立つ事に決めた。
フロイラインは久しぶりに風呂に入る事にする。エスペルが持って来てくれた湯で体を拭いていたが流石にちょっと匂うかも知れない。
村の共同浴場の作法が解らず周囲の女性方にやり方を学んで体を清める。
スッキリサッパリした。
「…たまには、いいわよね…」
彼の前では鎧姿か裸しか見せていない。フロイラインは服屋で買ったシンプルなワンピースを着てちょこんとベッドに座って彼を待った。
彼もこの村には思い入れがあるかも知れない。自分もだ。彼と出会えた場所なのだから。最後の夜は特別な夜にしようと思った。
だがその日エスペルは来なかった。
次の日も待ったが来なかった。
その次の日も来なかった。せっかちな性分のフロイラインが、我慢して待った。
しかし来なかった。もう限界だった。
フロイラインは一張羅をかなぐり捨て、薄汚れた鎧…は砕かれたので、籠手やブーツを装備しマントを羽織り宿を飛び出す。
「エスペルっ!何処っ!」
フロイラインは怒って探した。すぐに何処に居るか解った。
通行人を恫喝すると怯えながら教えてくれたからだ。
彼の住処は村長の屋敷であり、彼は村長の娘の婿だと言う。
エスペルはホーミィと結婚する気は無かったが、周囲の人間はそう願っていた。
エスペル自身の人間性もこの時点では常識良識の範囲内であったし、何より強力な戦力を村に常駐させるのは安全面でも重要な事だったからだ。
「私と言うものがありながらっ!てゆーか妻帯者なのっ!?」
お門違いに怒るフロイライン。そもそも自身を出汁にして喧嘩を売ったのは彼女の方からだ。
「あーもぉっ!やってらんないわっ!」
ぷりぷりしながら、男が隠れているはずの村長の屋敷に辿り着く女騎士。
「頼もぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
かくしてフロイラインは、エスペルが抱いた二人の女と邂逅する。
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