第4話 逃げたい帰りたい

 カドイナ村を出てすぐの事だ。

「帰りたい…」

 俺は速攻逃げ出したくなってきた。

 いや、魔王討伐とか無理でしょ?

 俺は強くなったし雑魚モンスターなら余裕だけど、それこそドラゴンとかも絶対無理だし。いや、幼体なら殺れるか?いや子ドラゴン殺したら親ドラゴンが来るから駄目だね。


「帰りたい…が、帰れない」

 俺が帰りたいのは昔のカドイナ村だ。

 俺は人畜無害の存在で、ホーミィには嫌われていてそれが嫌で苦しくて、でもシェリーとちょっと仲良くなって喜んでいた小さい小さい存在で―――


「あーそっか俺。ホッとしてたのか…」 

 ホーミィから、私を愛してるなら奪って逃げてって言われない事にホッとしてた。そんなホーミィが村から居なくなる事にも実はホッとしてた。 

 居心地が悪い絶妙な孤独のライン。孤独だけど孤立はしてない。村八分にもされていない。思えば他人に過度に干渉されない生活は快適だったのだ。


 だが、あの事件以降変わってしまった。

 村を歩けば尊敬の眼差しで見られる。

 何かを買おうとすると無料にされる。

 力仕事をしようとすると遠慮される。


「窮屈だったな…」


 ホーミィを乱暴にしたり、シェリーを手籠めにしたり、売り言葉に買い言葉を言いように使って格下の女戦士を犯したり。

 自分でもどうなんだ?って感じだわ。

 あれは性欲を持て余してたって言うよりは…


「ストレス発散かなぁ」


 今たった一人で山道を歩いてるが、開放感しかない。出て来てしまったのでホーミィやシェリー、あの女戦士とかを気が向いた時に抱けないけど、まぁ女なんかまた見つけりゃ良いしね。

 

「先ずはモンスターでも倒すか」

 モンスターを倒すと金になる。素材を拾えば換金してくれるし、換金せずとも討伐証明が出来れば国から、役所からお金が貰える。

 いやいや魔王なんか倒さないよ?無理難題を自ら課す事で俺はカドイナ村に帰らなくて良い大義名分を作ったんだ。

 魔王討伐、世界征服、こんな夢物語を語るのは狂人か真のバカしかいない。

 俺はどっちなんだろ?


「キャアアアアアアアアアアッ!」


 さて、モンスターでも探しに…


「誰かぁぁぁっ!助けてぇぇぇっ!」 

 煩いなぁ。


「モンスターでも出たかな?」

 まだこの山にモンスターなんぞ居るんかね?

 俺の体は辟易してる内心とは正反対に、悲鳴が聴こえた方向へ全力疾走していた。

「…………」

 見つけたのは複数の人間。モンスターは居ない。


「人間?」

 複数の小汚い格好の男達が、身なりの良い男女を取り囲んでいる。

 近くには馬車が停めてあるな。

 あー…うん、そゆこと?

「それもそうか」

 ここらのモンスターは俺が殲滅してる。それは治安維持には貢献してるんだろう。人間にとって有り難い事なんだろう。

 どんな人間にとっても。

「山賊かぁ」

 鼠を退治したら鼠が食べていた害虫が大量発生する様に、モンスター退治したら山賊野盗が大量発生しちゃったよ。


「どうした?早くその刃物を捨てな」

 山賊の頭らしき奴がニヤニヤしながら男女に迫る。

 その二人は夫婦…いや親子かな?

 年が離れてるし顔が似てる。

 服は綺麗で立派で、娘の方はおっぱい大きいな。

「なんだっ!?てめぇどっから湧いて出やがったっ!」

 んー、ここで救けてどうしよう?

 一発ヤらせてくれるかな。

 女抱いたら少しスッキリしそうなんだよね。

「正義の味方気取りかっ!このガキがっ!」

「ん?」

 俺がスタスタと近寄ったせいか、山賊達が斬りかかって来た。

 剣を振ろうとして…思い留まる。

 俺、剣術とか習ってないんだよね。

 あの魔法の剣を折ってしまったのって、もしかすると俺が下手だからかも知れない。

 今持ってる剣は、もしかしたら売って路銀の足しにするかも知れない。

 そう判断した俺は山賊の振り下ろした剣を剣で受けず、素手で掴み取る。

「え?」

「えいっ」

 俺は相手の武器を奪う事にする。頭が良いぜ。


ボキッ!


「あれ?」

 剣が折れたよ。安物かなぁ。錆びてたし。

 俺は折れた剣先を持ち主に返す。


「えぐっ」


 剣先を喉に突き刺された山賊が大の字に倒れる。

 

ヒュンッ!


 背後から風切り音。

「弓矢かぁ」

 後ろ手に矢を掴む。

「弓矢もやった事無いんだよなぁ」

 高くて買えなくて、兎や鳥、猪を狩る時はもっぱらナイフだけだった。

「ぴぎゃっ」

 振り返りざまに矢を投げ返す。

 持ち主にきちんと返せたらしい。

 木の上から落下してくる山賊。


「こ、殺せぇええええええええっ!」

 山賊の頭が吠える。本当に煩いな。



☆☆☆☆☆



「ロメロンと申します。バリュー市にて商いをしております。先程は危ないところを助けて頂き誠にありがとうございました」

「いえいえお気になさらず」

 深々と頭を下げるロメロンさん。村長さんに近い貫禄があるな。

「娘のルピアです。助けて頂きありがとうございました」

 ルピアのが感情籠もってるな。それもそうか。ロメロンさんなら殺されるだけだが、ルピアみたいな綺麗な娘さんなら、殺すまで何日も何週間も楽しまれてしまうだろう。

「是非バリュー市にお越し下さい。我が家の全てでおもてなし致します」

「はぁ、じゃぁまぁそれで」

 俺は特に目的も無かったのでお誘いを受ける。

 ロメロンの操る馬車に揺られて山道を進む。


 バリュー市…聞いた事あるな?確か鉱山がある所だよね。カドイナ村は勿論、クーユフ町よりも何倍もデカイ。

「…ん?確か村長が泣きついた貴族の…」

 ナキリーンの実家よりも大きい貴族が治める場所だ。

「ありがとうございます。本当に助かりました」

「いえいえ。俺も路銀の足しが出来ましたし」

 俺は馬車の荷台の隅を見やる。そこには血の染みたズタ袋がある。山賊達の首が入れてある。

 賞金首だったらお金になるからね。

「いやぁ、有り難かったよ」


 本当に有り難いよね。お陰様で、俺がちゃんと人間も殺せるのを確認出来た。

 これから先、物凄い強い人間と戦って、生きるか死ぬかのタイミングで殺人に忌避してこちらが殺られたら目も当てられないからね。


「我々はクーユフ町から帰る所でした。最近はモンスターも倒され安全だと思ってたんですが。油断しました」

 クーユフ町付近のモンスターは倒しても放置してたな。素材拾えばお金になったんだけど、見知らぬ町で大量のモンスターの素材を持ち込むとか目立つじゃん。

 山賊の首はロメロンさんが責任を持って騎士団に届けてくれるらしいよ。そこで多分換金出来るってさ。

 なんか襲いかかって来る時に、なんとかなんとか盗賊団とか名乗ってたらしいから。

 そこそこの悪名はあったのかもね。


「そうですね。護衛ぐらいは雇った方が良かったのでは?」

 なんか俺のせいで襲われた感じになりそうで嫌だな。別に俺はこの山の管理者じゃないんだけど。安全保証は出来ないよ。


「はい。護衛の戦士を雇っておりましたが、山賊が現れた途端に逃げました。バリュー市に戻り次第ギルドに報告します。ギルドカードは剥奪されるでしょう」

 ギルド…冒険者って奴か。



☆☆☆☆☆



 しばらく進んで夜になったので野宿する事になった。俺一人で走ればもうバリュー市に着いてたんだけどね。

 馬車での旅もまぁ悪くないか。

 俺は護衛も兼ねて外に居た。

 焚き火の前で寝転ぶ。

 ロメロンとルピアは馬車の中で眠っている。

 …はずだった。


「エスペル様」

 馬車から出て来たルピアが俺の側に寄り添って来る。体を密着させ、その豊満な体を押し付けて来る。

 しばらくは女絶ちの日々かと覚悟していた俺としては有り難いのですが…


「いいのか?」

 馬車の中では父親が寝てるっていうのに…

「はい。大丈夫です」

 父親公認かぁ。それはそれで怖いけど。

「…わかった。その報酬を頂こう」

 俺は敢えてそう言う。俺の勇姿に惚れたって解釈も出来なくはないが、こっちのが気が楽だよ。

 ギブアンドテイク。

 恋愛とか気持ちとか同情とか慰めとか…そんなあやふやなもので縛られるのは嫌だった。

 打算が働いてるのは解ってた。

 俺は素性も解らない人間だ。

 山賊のご同業の可能性もある。

 これは籠絡なんだ。

「ああっ!エスペル様っ!」

 やろうと思えば娘を力尽くで犯し父親は殺し、積み荷を奪う事も出来る。

 そうならないための餌だな、この娘は。

「好きです。強い殿方は好き。ふふ、お強いのですね?お若いのに…」

 リップサービスでも嬉しいよね。

「綺麗だよ、ルピア」 

 俺もお返しする。嘘ではない。ルピアは美しかった。馬車の積み荷よりも、この容姿のために襲われたのだろう。


「うふふ、嬉しい、です」

 ルピアは俺をリードしてくれる。して欲しい事を進んでしてくれる。娼婦って程露骨じゃないけど、俺を満足させようと尽くしてくれる。

「今まで出会った女の中で一番だよ」

 いや本当にな。

 なんつーか、洗練されてる。

 ホーミィも頑張って勉強して教養を身に着けようとしていたのは、知ってる。

 あのど田舎村の中でちょっと浮くくらいのお嬢様をやってたしな。

 だがこの娘は違う。ど田舎村や田舎町に居ないタイプの本物のお嬢様だ。

 …あの女戦士―――フロイラインは、自分は騎士だ貴族だって騒いでたけど、なんかワガママお嬢様って感じだったし。

 こちらのがご令嬢って感じだよね。うん。


(…もしかして、家を継げとか。結婚とか、迫られたり…)

「ふふっ。ご安心下さい。私は長女ですが、家業は兄が継ぎますので」


ギクリ


 心を読まれたぞ?いや心を読まれたってより。

「ルピアは何歳?」

「あら?女生に年を訊くのですか?」

「ごめんなさい」

「いいんですよ?22です。嫁にも行かず商いに精を出す。親不孝者ですわ」


 22歳!お姉さんだ。

 俺やホーミィは成人してるけどまだ15歳だしね。 

 シェリーなんかまだ12歳だったかな?

 うーん、年上のお姉さん。

 俺はその事実に衝撃を受け、ルピアの胸に顔を埋める。


「あらあら?甘えん坊さんの勇者様ですね」

 勇者かぁ。どうやったら勇者になれるんだっけ?魔王を倒したら、かな。

 ここで言う勇者ってのは強いねーカッコいいねーくらいの意味合いだ。

 真に歴史に名を遺す勇者とは、魔王を倒した者だけだ。


「うん、俺15だし」

「そうなのですね。お若いのに立派です」

 ルピアが俺を優しく包んでくれる。

 あーホッとする。癒やされる。

 行きずりで出会った、後腐れなく抱けて、甘えさせてくれる年上の女。

 やっぱ同い年や年下は駄目だね。

 姉さん女房万歳。

(いや女房にしたら駄目だろ)


 子供とか出来たら怖い。

 子供とか出来たら絶対逃げる。

 逃げる自信がある。

「ああっ!来てっエスペル様ぁっ!」

「ルピアァッ!」

 俺はルピアを抱き締めて、果てる。

 うん、避妊しないといけないんだけど。

 多分、先に避妊薬飲んでくれてるはずだよね?

 うん、大丈夫大丈夫。

 俺はルピアの肉体に溺れながら、問題を先送りにした。バリュー市にまで向かう途中、野宿や宿屋に泊まるたんびにルピアの体に溺れる。

 ホーミィやシェリー、フロイラインも悪くなかったけど、経験豊富で包容力のあるお姉さんヤバイな。

 ハマりそう。いや、むっちゃハメてるんけどね?



☆☆☆☆☆



 バリュー市にあるバリュー鉱山。

 昔はミスリル銀が採掘されていた…らしい。

 鉱山は枯れてしまった。

 そもそもミスリル銀は、普通の銀に土地の魔力が宿って生まれる不思議鉱物らしい?よく解らん。

 俺がたまに手伝いしてた鍛冶屋のおやっさんは、一生に一度で良いからミスリル銀の剣を打ってみたいとは言ってたな。

 もし手に入ったらお土産に…いや、帰りたくない。

郵送か宅配便にしよう。


「お帰りなさいませ。旦那様、お嬢様」

 ロメロンの屋敷に着くと、メイドや執事とかが整然と並んで出迎えてくれていた。

 うわーちょっと引くわ。逃げたい。

 デカイって。市の規模が本当にデカイ。

 村も敷地だけはデカイよ?畑あるし。

 建物も石造りの立派な物ばかり。

 鉱山としては閉山してる山ばかりらしいが、それでも交通の要衝って事で流通による繁栄や利益があるんだと。ロメロンさんが教えてくれたよ。


「エスペル殿、ここはもう我が家だと思って好きなだけご滞在下さいませ」

 ニコニコ顔で言ってくれるロメロン。

 えぇ?殺人可能かの検証に山賊殺しただけなんだけどな。そこまでされると悪い気がしてくる。


「エスペル様。お疲れでしょう。湯を沸かしております。さぁこちらへ…」

 ルピアに手を引かれて浴場へ向かう。

「さぁ、綺麗綺麗にしましょうね?」

 一糸纏わぬ姿になったルピアが俺の体を泡だらけにする。勿論、自分の体を使ってだ。

「あら?元気ね…」

 妖艶に舌舐めずりしたルピアが、俺の腹の下の方に顔を埋めた。

 風呂も気持ち良かったし、ふかふかのベッドも気持ち良かった。

 やっべー金持ち最高。

 ぼくここにすむ。



☆☆☆☆☆



 俺には隠された力があるんだ。

 今はこんな湿気た片田舎で燻ってるだけだけど、きっといつか、何かの切っ掛けさえあれば…栄光の、勇者にでもなる様な道を進むんだ。


 男の子なら誰しもそんな幻想や妄想を抱くだろう。

 けど、本当にそうか?

 そんな幻想妄想を抱いてる段階が、一番幸せなんじゃぁないか?


 もしも自分に隠された力、人よりも優れた力があった場合、その後の人生を平穏無事に送れるか?


 自分が頑張らないとたくさんの人が死ぬ。

 他人が頑張って努力して全てを犠牲にしても届かない事を鼻歌混じりに片手間でクリアする。


 そんな存在を、世間は平穏な人生を歩ませてくれるのか?


 期待、失望、羨望、嫉妬、憧憬、恭順、狂信。

 

 他人からの過度な感情が怖い。


「どうしたの?」

 優しげに俺の頭を撫でながらルピアが囁いてくれる。二人きりの時は砕けた口調にしてくれている。まるで姉の様に、母親の様に。

「ううん、なんでもない」

 俺も子供っぽい口調に戻ってしまう。彼女の胸に顔を埋め、モヤモヤとしたものから逃げる。

「本当にエスペルは甘えん坊さんね」

 優しく甘い声音を聴きながら、俺はルピアの肉体に溺れる。

 なんならこのまま溺れ死んでもいい。

 そう思えた。

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