第6話 バリュー市にて
バリュー市は発展した市であった。当たり前だけど。
まぁカドイナ村と比べるのもなぁ。
ミスリル鉱山が枯れた後、よくぞ盛り返したものだ。ロメロンも含め、百戦錬磨の商人達が頑張って力を合わせたのだろう。
それとバリュー子爵だっけ?そんな商人達を束ね従わせるのは、あのナキリーンみたいなボンボン貴族じゃ無理だろう。
(俺はモンスターを殴り殺せるけど…落ち目の市を立て直すなんて無理だ…)
力や強さってのは一面的なものじゃないよね。
それに…
「美味い」
品種改良されたなんとか鶏の串焼きを食べながら俺が感想を言う。飯の美味さも俺の持ってない強さだ、うむ。
「そう?良かった」
今はルピアと食べ歩きをしている。カドイナ村では見ない様な世界各国の名物料理や珍味の屋台が大通りに並んでいる。
色々な人種が色々な服を着てたくさん歩いているが、王都ロイヤルはこれ以上の賑わいらしい。怖いわー。
「エスペルとここの通りを歩けて嬉しいわ」
ルピアがはにかんで笑う。
(可愛い)
年上とは思えない可愛らしさもルピアの魅力だ。この笑顔を見てると骨抜きにされた様に力が抜ける。
これもまた別種の強さだ。
…いや、無理あるか。
「ここ、良いね」
不意にポツリと零してしまう。こことはバリュー市の事だ。
「…エスペル…」
ルピアが何かを言おうとしてグッと堪えるのが解る。賢い娘だ。
俺を縛る様な言葉を吐けば俺はすぐに出ていくだろう。駄目だよルピア。俺は賢い女が好きなんだ。
「どうしたのルピア?」
「―――ううん。なんでもない」
寂し気に笑うルピアに俺も笑い返す。
…うーん、なんかこの女も、違うな?
満ち足りた心の片隅に小さな穴が開き、ルピアが注いでくれている愛情が零れ落ちて行くのが解った。
今食べている肉も美味いが、これだけを一生食い続けると言うのは無理がある。それと同じ事だろう。
少し無言になってしまった俺達は屋敷に帰らず、裏道にある宿屋に入る。
入口が目立たない様に隠されている特殊な宿屋である。
「エスペルっ!」
「ルピア…」
いずれ捨てる気満々だけど、今はまだその時じゃない。俺はルピアと、少しばかり休憩をする。
言葉や気持ちで俺を縛れないと悟ったからか、いつも以上に激しく求めて来るルピア。
いつもの、余裕があって包容力に満ちたルピアではない。俺の肉体を支配し、縛り付け様とする強い意志を感じる。
「望むところだぜ?」
何度も交戦し、最終的に俺が勝った。休憩のつもりだったが泊まりになり、翌朝屋敷に帰宅する事になったのだった。
☆☆☆☆☆
「とはいえ過ごし易いよね。そして過ごし過ぎたよね」
あれからずっとだらだらと養われる生活が続いている。ロメロンは欲しい物があればなんでも好きにして良いと言ってくれるが、別に俺は贅沢したい訳でもないし。
「それに金はある」
モンスターをぶち殺しまくってた頃の報酬と、山賊の首の賞金が手元にある。衣食住は賄ってくれるから俺個人のお財布は目減りしていない。
使う時はそう、ロメロン…ルピアに知られたくない時かな?
☆☆☆☆☆
「あら?若いお客さんね?」
その娼婦は俺を出迎えて一言呟き、意外そうに首を傾げる。試しにこの市で一番の娼婦を買ってみた。
高位貴族や大商人とかが利用する様な場所だ。一見さんお断り、紹介がないと使えない。
だが…
(…しまったな。ロメロンに知られる。ルピアに知られる…)
貴族でも商人でもない俺なんて門前払いなはずだ。しかし駄目元で突入してみたらサクサク進めた。ロメロンが俺の顔と名前を知らせてる可能性が出てきたな。最悪この娼館の経営者がロメロンだったりして…
「アスパーシャよ。よろしく」
谷間を強調する様なポーズで名乗るアスパーシャ。
「まぁいっか」
俺は開き直って高級娼婦を抱く事にする。
「エスペルだ」
彼女は俺の若さに驚きつつも受け入れてくれた。彼女を指名出来るのはそれなりの地位と…何より金が要る。
(確かに蓄えの大半は消えたけど)
またモンスターでも狩れば良いし、山賊の首でも良いな。
「若いわねぇ。まだイケる?ボク?」
何人も女を抱いて得意になっていたがアスパーシャに解らせられました。プロの高級娼婦やっべ。
「…んくっ。濃くて量も多い…私まで若返りそうね?」
舌舐めずりして唇から零れたモノを舐め取るアスパーシャ。
サービス、テクニック。
今まで抱いた女の中で最高だった。
性的な面での完成形を見た気がした。
(でもなんか違うにゃぁ?)
「あっ…すごいぃ…」
男を悦ばせるリップサービスなのだろうが、アスパーシャは俺に夢中になってる様に見える。
取り敢えず料金分は楽しめた…と思う。
何故か俺の事を気に入ってくれた様で、熱心に宿泊を勧められたが断った。必ずまた遊びに行く約束をさせられる。
「――――ぷはぁっ」
帰り際に情熱的なキスを長時間した。
「また来てね?」
名残惜しげな仕草はこれもリップサービスなのだろうと判断する。所詮こちらは世間知らずなガキなんだから。女もまた奥が深いものだと思う。まだまだ味わい尽くしていない。
「知ってるのはモンスターを殺す味…か」
俺は握った拳を開閉させる。
俺の拳はモンスターの血を吸っている。こないだは人間の血も吸ったよね。
俺は夜も更けたバリュー市の裏通りを家路につく。帰るのはロメロンの家、ルピアの待つ部屋にだけど。
違う女を抱いてから帰るの、少し抵抗あるなぁ。ついでにモンスターでも殺してくるかね。
「やめっ!やめてくださいっ!」
「ん?」
何かトラブルの予感…
俺は声が聴こえてきた路地裏をひょいと覗く。
「痴話喧嘩?じゃねーよな」
痴情のもつれとかならノータッチなんだけど。
「なぁおねえちゃん。いーじゃねーか」
「やだってばっ!離してっ!」
「ぎゃはははははっ!ふられてやんの。顔が駄目だってよ。なぁ俺のがいーよなぁ?」
「てめぇも大した顔してねーだろ。まぁまぁねぇちゃん。一人ずつ試してくれや?体の相性は良いかも知れねーぜ?」
「やっ!は、はなしてぇ…」
若い娘がゴロツキに絡まれている。
まぁ若いっちゅーても俺より年上かな?ルピアよりも年上っぽい。20代半ばくらいか。アスパーシャと同じくらい?あっちは年齢解んねーけど。
(十歳上のお姉さん)
こんな時間に出歩いてるって事は水商売系なんだろうな。今は私服なので普通の格好だけど。顔も良いし体も良い。うむ。
ゴロツキ達は剣等で武装している。冒険者か傭兵か。酔っ払って下卑た言動とは裏腹に、その足取りはしっかりしていて体幹もブレていない。
それなりに強いっぽい。
なら逆にやり易いかな?
俺はフラリと彼等の後ろに回り込み、武器を奪う。
「な、何しやがるっ!」
「てめぇっ!?」
慌てふためく男達。
俺は彼等の武器を両手に持ち、見せつける様に掲げる。
「えい」
ボキャッ!
俺は掛け声と共に男達の武器をまとめてへし折った。頭の悪い奴なら激昂して飛び掛かって来るだろうな。さて…
「―――!?」
「逃げろ」
果たして男達は、顔色を変えて逃走する。
良かった。実力差の解る人達で。
俺はなんか知らないけど力は強くなった。
ただまともな師匠も居ないし手加減とか出来ない。
それなりに実力のある人間が向かって来たら―――殺すしかない。
「え?え?魔法?」
お姉さんは目をパチパチしてる。
単なる握力だよ。俺はへし折った武器を適当に放り捨てる。
「あ、ありがとう…助けてくれて…」
まだ少し怯えているのか、体を微かに震わせながらも頭を下げてくるお姉さん。
よっし。こっちも成功だね。あいつらをボコボコの血塗れにしても良かったけど、過剰防衛で衛兵にしょっぴかれたらロメロンに迷惑かかるし…何よりお姉さんに怖がられてしまう。
「気をつけて帰ってね」
俺はニコリと笑って手を振る。
そして踵を返すと腕をガシッと掴まれる。
「お礼、お礼するからっ!待ってってばっ!」
慌てふためき俺を引き止めてくるお姉さん。
「何かご馳走するから…てもうお店とか開いてないか」
お姉さんが逡巡する。
「ええと、家で良いかな?お礼するから寄っていって」
「そう?じゃぁ…」
ならお言葉に甘えてご馳走になりましょう。ルピアといいアスパーシャといい、俺の中では年上がマイブームだ。
フロイラインも確か年上だけど、勝ち気で我儘だからあんま年上感無いんだよね。
「うん。もう遅いから泊まっていって。私はエマ」
「エスペル」
俺はまだ若いので、一晩で二人は余裕なのだ。
☆☆☆☆☆
「ただいまパティ」
「ママおかえりなさーい」
おおう。人妻だったか。こりゃ目論見が外れたかな。
「ちょっと待っててね。何か作るから」
「…あれ?」
旦那は?寝てるとか。
俺がキョロキョロしてると彼女が少し寂し気に笑う。
「…私とパティの二人暮らしだよ」
「そう」
その言い方には拒絶感もあった。深くは聞かない事にする。
「おにいちゃん、だーれ?」
小首を傾げて俺を見上げてくるパティ。
「エスペルだよ。よろしくね」
「パティだよ」
人見知りしてるようだな。おっかなびっくりと言った感じで俺に手を差し出してくる。
「わぁ。おにいちゃんおてておおきいね」
握ってやるとニコニコする。
いくつだ?解んないな。
「あ、ありがとうっ。パティ、あまり迷惑かけちゃ駄目よ」
「いいよ。子供は好きだし」
まだこのくらいなら嘘とか騙すとか出来ないだろう。おねしょを隠したりとかはしそうだけど。
変に気を回して疲れる必要性が無い。
(無邪気な子供に囲まれる生活のが向いてるのかな。いや、すぐに人は成長し、嘘や欺く事を覚える)
俺はパティと遊んでやりながらエマの料理する後ろ姿を見つめる。
(母さんみたい。いや、パティのお母さんなんだけどね)
☆☆☆☆☆
「御馳走様。美味しかったよ」
「悪いわね。残り物で」
「いや、本当に美味しかったよ?ホッとする味だった」
嘘じゃない。ルピアが差し出してくれる美食や、シェリーの作るお弁当とはまた違う趣きがあった。
「キッチンに立つ後ろ姿が良かった」
「え?何?口説いてるの?」
エマが笑う。
「ガキの頃に母さん死んでるから」
「あ、ごめんなさい」
「いいよ。もう大分前だし。久しぶりに母さんの事思い出せた」
病弱だった母さんも、頑張ってキッチンに立っていたな。
「ちょっとパティ寝かせてくる」
俺の膝の上でスゥスゥ寝息を立てていたパティ。母親の帰りを頑張って待っていたのだろう。
「いいよ」
俺がパティを抱えて寝室に行く。
寝かしてやると、彼女のちっちゃい指が俺の小指をきゅっと握り締めてくる。
「ごめんね。おやすみ」
心苦しくなるがその指を外す。
「ごめんね。ありがとう」
「いいよ。それじゃ俺も寝るよ」
俺は勿論居間のソファで寝る事にする。
「えぇと…エスペル?その…」
エマがなんかもじもじしてる。
「どうした?」
食う気満々だったけど、パティに完全に毒気抜かれちゃったよ。
「お礼…まだだよ?」
「いいのか?」
「ん…助けてくれた時、かっこよかった」
俺達はぎこちないキスをする。
「あっ!凄いっ…まだ元気…若いわね…」
「まだ15だし」
「う…おはさんでごめんなさい」
「可愛いよエマ」
なんか若い若い言われるなぁ。そんなに子供っぽいかな?
「あの、コレ…裸より恥ずかしいんだけど…」
俺はエマにエプロンだけ着せてキッチンに立たせる。
「いいよ。似合ってる」
「うう…スケベ…」
隣にはパティが寝てるし、ここはエマの生活空間。そこでする行為はなんか凄く興奮したよね。
結局朝方まで継戦してしまった。なかなかの難敵であった。
☆☆☆☆☆
「おにいちゃん。またねー」
手を振るパティに手を振り返す。
「その…また来てね?」
「ああ、必ず来る」
寂し気に切なげに微笑むエマに頷いてやる。
今は昼過ぎだ。夜職のエマは昼くらいまで寝ていた。まぁ寝過ぎてたのは色々疲れていたからだろう。
「エマとパティ、か」
母子家庭。
頼れるのはお母さん一人だけ。
なかなかくるシチュエーションだな。
俺が育った環境だし…ホーミィに本当に俺の子供が出来てたら、俺が作り出してしまった環境だ。
「俺が孕ませた女を捨てて逃げて来たって知ったら…エマは失望するかな?幻滅するかな?軽蔑するかな?」
俺はそう考えて身震いし、薄く笑った。
☆☆☆☆☆
「お帰りなさい」
「ただいみゃ」
ルピアの笑顔が怖いよー。可愛いけど。
高級娼婦から成り行きで助けた女をハシゴしたのはバレてるなぁ。
「昨晩はお楽しみでしたね?」
ルピアの笑顔が可愛いし怖い。
どんな感情の顔なのコレ?
後をつけられたとか、監視されてるとかじゃない。
女の勘だろう。
俺をギュッと抱き締めたルピアがくんくんと俺の匂いを嗅いでくる。
「エスペル様。石鹸の匂いがします。しかも二種類。一つは王家御用達で有名な物。もう一つは流行りのうちの物。まぁ綺麗好きなんですね?今からお風呂は如何デス?」
「え?いや、今は別に」
アスパーシャと娼館のお風呂でゆっくりしたし、今日起きた時にエマからお湯を貰って洗面所で体を拭いたから、今は別に汚れてはいな―――
「こびり着いたメス共の匂いを落としますので。さぁ、こちらへ。さぁさぁ。」
目が笑っていない笑顔のルピアにぐいぐい押され、俺は屋敷内の浴室に連れ込まれる。
歯を立てられるのはアクセントとして良かったけど、なんか命の危機とは別の意味でヒュンッてしたよ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます