第5話
木漏れ日の道。
そこは博士のお気に入りの採取地点だった。
加工しやすい木材と、石材が採れる。
もちろん彼の手にかかればどんな素材でも思い通りの物体に加工(錬金)することは出来る。
ただ出来るというだけで進んでやりたいものではない。
難しい術は難しいなりに労力を消費する。
だから時折こうして、必要な物を採りに本来の意味でのフィールドワークを行うのだった。
あと、このフィールドワーク地点には近くに猛獣の巣があるとかで人が近づかないというのも、博士にとって重要なポイントだ。
人から見放された小道。
そこで博士は目的の木材をナイフで削っていた。
だというのに、VPMが生命反応を検知し始めた。
深いため息をつく。
警告音を切り、しばし木の根元に隠れるようにしゃがみ込む。
あまり意味のない行為だとは分かっている。
もう警告音はあれの耳に入ってしまっただろうから。
だから仕方なく、あれと対面する心の準備だけ行っていく。
がさり、がさりと草をかき分ける音が近づいてきた。
「よかった、見つけた」
おおよその予測通りの時間に、検体No.02164が、いやもうハルジと呼んだ方がいいのか、ハルジがひょっこりと顔を出した。
「出かけるときは声をかけてくれって、はぁ、何度言っても無駄か」
「声をかけようとしたけど、どこにもお前が見当たらなかった」
「それでまた黙って出てきたと」
首肯。
「飯も食べずに」
首肯。
まっすぐにこちらを捉えるハルジの視線が鋭いが遮るすべがない。
隠れても、きっとまた見つけ出されてしまうのだろう。
「……そんなに毎日毎日食事なんてとれない」
「本当は一日の間にも何回か飯を食って欲しいんだがなぁ。まあ、そこはおいおい、だな」
ハルジは背負っていた鞄の中から包みと水筒を取り出した。
ここで食べろと?
無言で差し出されたそれに、無言で不満を突き返すも、ハルジはそれを取り下げなかった。
呆れる。
どうして食事のこととなるとこいつ(ハルジ)も帽子屋も、これほどしつこくなるんだか。
仕方なく、渋々、押しつけられた包みを受け取る。
「自分で食えるか?」
「問題ない。だから」
お前はわたしの代わりに木材の採取をしてこい。
短く指示を出すと、ハルジはそれをおとなしく聞き入れた。
従順だ。
少し拍子抜けするほど。
しかし悪いことではない。
ハルジの姿が木々の間に隠れてしまうのを確認する。
それから博士はゆっくりと、包みの中のサンドイッチにかぶりついた。
ことの顛末は。
自分のスパイをしていたウサギを逆上してうっかり殺してしまったが、その罪をハルジになすりつけることによってハルジの恐怖心を煽り、ついでに博士も殺害させることで、自身のやましい研究内容もごまかせる上になんと自身が顧問博士の地位につけるだろうと。
そんな一石二鳥でお粗末な計画を立てた、新入り研究者(博士の部下)の仕業だった。
実際に博士が刺されていなければ、鼻で笑われるような計画だ。
だがボスは怒っていた。
心臓を刺された程度で博士が死ぬことはない。
実際死ななかった。
それはボスも知っている。
だがあの方はお優しい。
先にウサギが殺されていたという事実が重くのしかかっていたのかもしれない。
だからボスは、しばらく博士を一人にしてはおけないと判断した。
その点、その場にいて、兵器として準備されたくせに、とうとう自らの意思で、博士を傷つけないことを選んだハルジは、護衛としては最適だ。
ウサギとの敵性組織潜入任務ではたいした功績を残せなかったようだが。
というよりウサギのことだからひょっとしたらハルジの功績も彼女が全部横取りしていたのかもしれないが。
今となっては、真相は闇の中だ。
とにかくこうして、ハルジは正式に組織(カーディナル)に所属することが認められた。
最初の任務は博士の護衛。
実質世話係となっているが。
必要ないといったのに許してもらえなかった。
おかげで諸々の仕事が思うように進まないから困っている。
どうにかなんとかサンドイッチを一つ、自力で片付けた頃、見計らってか偶然か、ハルジが両手にいっぱいの木材を抱えて戻ってきた。
「これくらいで足りるか?」
「十分だ。ご苦労」
一旦持ち運びやすい大きさにまで加工してしまおうかとも考えたが、せっかくだから、ハルジにつきまとわれているせいで近頃まるで役に立てられていないVPMに運ばせることにする。
VPMは軽々と木材の山を持ち上げる。
ハルジはそれを眺めながら感心している。
「これもきみが作ったんだよなぁ。すごいよなぁ」
飛ぶし、運ぶし、しゃべるし。
どちらかというと博士の専門が生物の改造ではなく、こういった無機物の開発なのだと知ったとき、ハルジはとても驚いていた。
別段驚くことでもないだろう、と思う。
錬金術の文字のどこにナマモノ要素があるんだ。
生物に関することなら薬師のほうが詳しい。
だからハルジに関することで彼に聞いておきたいことがいくつかあるにはあるのだが、薬師はほとんど拠点にいないからどうしようもないのだった。
全く一体あいつはどこで何をしているのやら。
分からない奴。
帽子屋はあれほどわかりやすいのに。
「今集めてきた木材も、こんな感じなのを作るのに使うのかい?」
「いいや」
ハルジの無邪気な問いには首を振る。
「これは次の作戦で消費する武器にする」
途端にハルジの表情は強ばった。
瞳孔が揺れて、木材から目を逸らせてしまう。
何か言おうとした言葉が音にならず消えた。
だが、ハルジは諦めず、絞り出すようにしてようやく言葉を紡ぎ出した。
「……きみは、どうして、そんなに簡単に人を殺すんだ」
「簡単なんかじゃない、たくさん準備がいる」
「そうじゃなくって。どうして人が殺せるんだ、っていう、意味で、さ」
「殺せないのか?」
「普通は、無理だ,と思う。少なくとも俺は誰も殺したくなんてないし」
殺されたくない、とも思うよ。
吹けば消えてしまいそうな小さな声で、ハルジは言った。
でもその言葉で、これ(ハルジ)の行動は理解した。
どうしてあの研究者(うらぎりもの)の思惑に乗って博士を殺さなかったのか。
これはただ単に、殺したくなかっただけだ。
殺されたくないという思いに、殺したくないという思いが勝った。
だから、博士を殺さなかった。
それだけ。
だとしたら。
「お前、この組織に居続けるのならば人を殺さないでいるなんて出来ないぞ」
警告を。
今はこんな護衛任務を与えられているけれども、いずれは必ず敵性組織を破壊する任務が与えられる。
それもおそらく、早いうちに。
組織の人手不足は、深刻化している。
その時に、お前は任務を全うできるのか?
真の意味での生物兵器となれるのか?
それが嫌なら、出来ないのなら組織(ここ)にいるべきじゃない。
「さっさと辞めてしまえ」
お前がなりたいものは一体何だ?
博士は立ち上がる。
白衣についた汚れを軽く払って、VPMを引き連れて拠点へと戻り始める。
その後ろでハルジはぎゅっと何かを噛みつぶしたような顔をしている。
「俺は……っ、ここで……、きみ、が。きみ、を……!」
いつの間にか日暮れ。
赤い夕陽に最後の言葉は溶かされた。
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