第88話 水神龍の声



「なんか、あんまり寝れなかったな……」



 クロムたちに抱き着かれたまま寝るのにはもうすっかり慣れてしまったのだが、足元に魚のヒレがビチビチ当たる状態で寝るのはさすがに初めての経験だったので何とも言えない気分で目が覚めた。

人魚姫と結婚したら王子様は大変だなこりゃ。



「うーん……あ、おはよう~」



「おはようございます姫様」



「恋人なんだから敬語じゃなくて良いのに~。あ、ちょっと待って……んっ」



「え、なに? どうしたの?」



 横で寝ていたマーメイドの女の子が寝起きと同時にもぞもぞと。



「タ、タマゴ産まれそう……見る?」



「外出てますっ!!」



 …………。



「じゃじゃ~ん。おっきくて元気な子が産まれました~」



「いや無精卵でしょ」



 しばらくして部屋に戻ると、そこには見覚えのある縦長のタマゴを抱えた女の子が。

これもサービスのうちなんだろうか? さすがプレミアムロマンスプラン……



「それって、毎日産まれるもんなの?」



「そんなに頻繁じゃないよ~。ひと月に1、2回かな? 君、運が良かったね~」



 どうやら意外と貴重な体験だったらしい。

いやまあ、見てないけどなオレは。



「あれ、こんな朝早くにもうお出かけ~? この時間だと空いてるお店あんまり無いよ?」



「ちょっと調べたいことがあって島に来てるんだ。観光目的じゃないから問題ない」



「え~、せっかく一緒に朝ごはん食べようと思ってたのに~……あ、じゃあこれあげるよ」



「ええ……」



「いってらっしゃ~い」



 オレはマーメイドの産みたてタマゴを手に入れた。



 ―― ――



「さて、まずは水神龍様の本堂に行ってみよう」



 人魚新地の奥にある水神龍オーケアニスを祀った本堂に行けば、オレが習得したスキル『水神龍の鍵』についてなにか分かるかもしれない。



「たしか、この先に……お、あったあった」



 クリスタルの鳥居みたいな門をくぐって、巨大な祠がある本堂を訪れる。

早朝の本堂は誰もいなくて静かだった。

人魚新地自体が夜の街なので、元々この時間は人が少ないのかもしれない。



「オレみたいな子供が来てもお構いなしなのはどうかと思うがな」



 未成年が夜中に出歩いてても補導されるみたいなことはこの世界ではなさそうだ。

もしかしたらもっと人が多い王都なんかに行けば違うのかもしれないけど。

無法地帯を生き抜くには子供でも力が必要だ。



「……そう考えると、師匠に鍛えてもらえてよかったかもな」



 炎神龍クルースニクの弟子として鍛えられ、今の実力を身に着けていなかったらと考えると少しゾッとする。

ヴォルケイム火山で戦ったハンシンに殺されてたかもしれないし、勇者アスベルを倒してチユを『女神の聖火』から救えなかったかもしれない。

昨日のワニワニ族の男にだって何もできずに食われていただろう。



「師匠、元気にしてるかな……」



 『クルースニクの心配も良いですが、あちきのことも気にかけてくださいね……』



「……えっ?」



 どこからともなく聞こえてくる、少しくぐもった女の人の声。

脳内に直接……っていう感じではないし、風に乗って遠くの声が聞こえてきた感じでもない。

もっとこう、足先から沁み込むような……



「お前は、だれだ……?」



 『泉の底で待っていますよ……炎神龍の魔力を放つ人間、ホムラさん……』



「っ!!」



 風も吹いていないのに、水面に大きく波紋が起きる。

そして再びくぐもったような女の人の声。



 …………。



「水の中から、声が……?」



 えっこわ。神秘体験じゃなくて普通にホラーなんだけど。

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