第84話 再びハイドラ島へ



「それじゃあホムラ、元気でにゃ……ふわあ」



「……ホムラ、バイバイ……Zzz」



「そんな眠そうな感じで見送られても締まらないんだが」



 早朝のシグレの港に停泊中の船に乗り込み、これからハイドラ島へ出発するオレの見送りに来てくれたクロムとチユ。

早起きして眠いのか、目をシパシパしながらオレの服を掴んでふらふらしている。



「お土産は、お魚の笹漬けでいいにゃ……」



「図々しいなおい」



「……ちーは、ホムラが無事なら……Zzz」



「あー、なんか良いこと言ってそうなんだけど眠気に勝ててないわ」



 二人を港に残して船に乗り、適当な席に荷物を置く。

オレの他に乗っているのは、観光客らしき男女のカップルと、漁師っぽいおじさん、それから『自分、人魚新地で男になります』みたいな覚悟を決めたお兄さん。

あとは船の護衛の為に雇われた冒険者が二人。

今回のオレはただの客なので、魔物対策は気にしなくてよさそうだ。



「ホムラ~……達者でにゃ~……」



「……ちーは、ホムラを忘れない……Zzz」



「今生の別れかよ」



 普通に数日したらシグレに戻るんだが。



 ―― ――



「うーん、なんかゆったりしてて良い感じ」



 今回オレが乗っている客船は、前にクエスト依頼で乗った急ぎの輸送船とは違ってだいぶのんびり走行だ。

お客さんにとってはこの船旅も観光の楽しみということだろうか。

それにしても、あの際どい服装のマーメイドたちが住むハイドラ島に観光で行くカップルはどうなんだろう……女性側は嫌ではないのだろうか。



「そろそろ魔物が出てくるエリアに入ったな……」



 島に近づくにつれ、大気中の魔力が濃くなっていくのを肌感で把握する。

今回はちゃんと護衛の冒険者が乗っているからオレはそこまで気にしなくて大丈夫なはずなんだが、なんとなく胸騒ぎというか、警戒しといた方がよさそうな気持ちになってきた。

なんだろう、これが職業病ってやつだろうか。



 …………。



 …………ブクブクブク。



「ん、魔物か? 船長、少し警戒を!」



「はいよー」



 湖の上をゆっくりと進む船を追いかけてボコボコと泡が発生。

それを見た護衛の冒険者が船を操縦する船長に注意を促し、泡が発生している湖面側に移動する。



「やれやれ、やはり何事もなく島にたどり着くのは難しいようだな」



「ふっ。給料分の仕事はやらせてもらえそうで良いじゃないか。これで心置きなく報酬が貰えるってもんだ」



 なんか、動きに若干芝居がかってる冒険者だな……まあ、ちゃんと魔物を討伐してくれたら問題はないんだが。



 ……ブクブクブク! ブクブクブクブク!!



「さあ、憐れな魔物さんのお出ましだ!」



「みんな安心したまえ! 僕たち『スワンダーブラザーズ』の前には、どんな魔物も」



 サッバアアアアアアアン!!!!



「メシ、ハッケン」



「「えっ?」」



 バクッ!! ブチブチブチィ!!



「モグモグ……ゴックン。ウーン、アサメシマエ」



 …………。



「に、兄さあああああああああああんっ!?」



「ええ……」



 湖から飛び出して船に乗り込んできたのは魔物ではなく、ワニのような頭を持つ巨大な男だった。



「きゃあああああああ!?」



「ひ、人が食われっ……!?」



 いきなり護衛の冒険者を捕食したワニ男の出現にパニックになる乗客たち。

雇った冒険者を一瞬にして一人失い、呆然とする船長。

これは……さすがによくあるトラブルではなさそうだな。



「な、な、な、なんだおまえええ……!! 兄さんを返」



 バクッ!! ザシュッ……ブチュ……



「モグモグ……ゴックン。ウーン、ハラヨンブンメ」



「あ、あ、あ……」



「た、たすけて……だれか……!」



 結局、もう一人の護衛も食べられてしまった。

二人食って腹四分目ってことは、あと三人は食えそうだな……とかよく分からないことを考えてしまった。

いけないいけない、今めっちゃピンチなんだからもう少し真面目にならないと。



「ツギハ、ドレヲタベヨッカナ」



「おい、そこのワニ野郎」



「……ン?」



「次はオレなんかどうだ? 〝アツアツ〟で美味いぜ」

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