第77話 水神龍の本堂



「おお、これは確かに……」



「本堂にゃ!」



 クロムが発見した水神龍の紋章がつけられた建物に行ってみると、入り口に水色のクリスタルのような素材で出来た鳥居みたいな門がある立派な祠を発見した。

シグレの街の祠よりもどこか古めかしくて、それでいて廃れている感じではなく、まさに本堂というような佇まいの建築物だった。

祀られている水神龍様の像も大きくて立派だ。

オレたちの他にもマーメイド族の参拝の方が結構立ち寄っていて、像の下にある小さな泉にはたくさんの小銭が投げ込まれていた。



「たしかに、マーメイド族みたいに水と深く関わりがある種族にとっての水神龍は、オレたち以上に大切な存在かもしれないな」



「それに、この島にはポルちゃん教会が無いにゃ。みんな水神龍様を信仰してるんだにゃ」



 ハイドラ湖の深い底で、今も水神龍オーケアニスが我々を見守ってくれている……そんな言い伝えがあるくらいだしな。

まさにオーケアニス教の総本山といったところか。



「おや? 先ほどの少年たちではないか」



「ん……? あっマフィアのお医者さんだ」



「マフィアではない。自警団だ」



 水神龍の祠の周りでなにか新しく手掛かりになるようなものがないかと探していたところ、荷物を届けた病院のお医者さんことピッチさんが参拝にやってきた。



「ピッチ団長もお参りにゃ?」



「ああ、夕方から天気が悪くなると聞いてな。オーケアニス様に少しご報告をね」



「……ごほうこく?」



「レストランの店員にいちゃもんをつけていたクソ客は成敗したので、どうか悪天候はほどほどにして怒りを鎮めてくださいってね」



「あはは……」



 クソ客は犠牲になったのだ……ハイドラ島の平和の犠牲にな……



「ピッチさんは、オーケアニス様は本当にいると思いますか?」



「ん? そうだねえ、アタシはいると思ってるよ。実際に見たことは無いけどね」



 そう言ってピッチさんはマーメイド居住区の奥に広がるマングローブ林を指さした。



「あの林の奥……島の中心に大きな泉があるんだけどね、まあ今はほとんど水が枯れてしまって巨大な穴みたいになっちゃってるんだけど……」



 『まあそれは置いといて』と言って話を続けるピッチさん。



「その泉はマーメイド族の間では音の泉……『水神龍の音泉』と呼ばれていて、その泉の近くで『オーケアニス様の声を聞いた』っていう子が結構いるんだよ」



「な、なんかそれって……」



「ちょっとホラーにゃ……」



 オーケアニス様の声かどうかって分からなくないか……?

幽霊とか魔物の鳴き声だったりする可能性もあるし。

それってあなたの幻聴ですよね?



「噂では『湧き出る泉の底がオーケアニス様の暮らす地底湖へと繋がっている』とかなんとか。まあ実際に調べたことは無いけどね。湖の底に行くほど強い魔物が棲んでるって聞くし」



「……じゃあ、うわさ話も、嘘かも?」



「まあその可能性も全然あるね……人魚新地にいる子たちはそういう話好きだから。あと病んでて虚言癖がある子も多いし」



「ええ……」



「飢えた男の相手は大変にゃ」



「はっはっは! 水商売って言うくらいだからね、水神龍様に縋りたくもなるのさ」



 人魚新地で医者をやってるピッチさんの話では、お客さんの相手に疲れて精神的にダウンしてしまう若い子が多いのだとか。

やっぱサービス業って大変だよなあ……しかもただのサービスよりも過酷なこともあるだろうし。



「というわけでホムラくん、少しうちの若い子たちの相手をしてくれないかい? 君みたいな若くて顔立ちの良い少年が来てくれれば、普段汚いオッサンの相手をして心をすり減らした子たちの癒しになるかもしれないからね」



「オレはアニマルセラピーかなにかか?」



 こっちの心がすり減りそうだよ。

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