第69話 シグレの水神龍様
昔々、オーケアニスという水神龍がハイドラの広い広い湖に棲んでいました。
オーケアニスはシェンドラ王国における水の循環を司る神の龍。
日照りの地あれば雨を降らし、洪水の地あれば水を引き、土地が荒れれば地の水に糧を分け与え、人々の生活に富と潤いをもたらしました。
そして今も、広い広いハイドラ湖の奥深くで穏やかにこの国を見守ってくれているのです。
……。
…………。
「って感じの伝承だよ!」
「なるほどなあ」
「いかにも人間が作った都合の良いお話しって感じにゃ」
「おい」
いやオレも思ったけどさ。
クロム、前世で殺されそうになってるから人間に対して結構厳しい所があるのかもしれん。
「あはは~! まあぶっちゃけるとそうだよねえ。ウチだってこの話が完全に真実だとは思ってないし」
祠守のウシロでもさすがにこの伝承を信じ切ってはいないらしい。
湖に面してるシグレでは大雨が続くと普通に街が浸水したりするらしいからな。
「家に代々伝わる祠守の日誌を読んだことがあるんだけど、昔はこの辺りももっと栄えてて、ハイドラ湖にもいろんな種類のお魚がもっといっぱいいたんだって。湖の真ん中に『ハイドラ島』ってダンジョンがあるんだけど、そこにある泉の水が影響してるとかなんとか」
「その話、スイムバスの船長からも聞いたな……」
「船長?」
「昨日乗った船の船長さんにゃ」
「……街まで、送ってくれた」
「それって、もしかして……」
ウシロが何かに気付いたような表情でオレたちを見る。
「いやあ、昨日は大変だったな……めちゃめちゃでかいヒトクイサギって魔物に襲われて、なんとか倒してこの街まで来たんだ」
「船の後ろに括り付けて船長さんが運んでくれたにゃ」
「……船旅、たのしかった」
「うわ~っ! それじゃあ昨日お父さんから聞いた『ヒトクイサギを一撃で倒した冒険者のお客さん』ってホムラくんたちのことだったんだ!」
「「えっ!?」」
「……船長、ウシロのお父さん?」
ここでまさかの繋がりが。
昨日お世話になった船の船長、ウシロの父親だったのか。
「昨日お父さんがね、『ウシロの婿にするならああいう少年が良い』とか言ってお祖父ちゃんと言い合っててさ。まさかホムラくんのことだとはねえ」
「船長そんなこと言ってたのか。なんか恥ずかしいな」
「うん……えへへ」
…………。
「なんか良い雰囲気になってるにゃ!?」
―― ――
ひと通りウシロの話を聞いたり祠を調べた後、ウシロの案内でシグレの街を見て回る。
湖畔にはオレたちが泊ってる普通の宿屋とは違う高級なリゾート宿などもあり、街として漁業だけでなくハイドラ湖の観光などにも力を入れているということだったが、カマドの街程の賑わいは感じられなかった。
「新鮮で美味しい魚料理が安く食べられるのがシグレの魅力のひとつなんだけど、年々獲れるお魚が少なくなってきてて、まったく獲れなくなった種類もあるんだって。今のところはそれでもまだ生活するには十分なくらいの量は獲れてるんだけどね。将来の事を考えちゃうとね~」
「それでリゾート化にも力を入れ始めてるってことか」
「そんな感じ。でもハイドラ島に棲んでる鳥型の魔物も出没するようになっちゃったせいで、観光のお客さんもあんまり来ないんだけどね」
ウシロの話によると、ハイドラ湖の中央にある『ハイドラ島』にある大きな泉の湧水量が減り、泉の縮小化が進んでしまっている影響でその泉に生息している生き物を捕食している魔物がエサを求めて島の外まで来るようになってしまったんだとか。
そういえば船長……ウシロの父親もそんなことを言っていた気がする。
「あっそうだ! ハイドラ島にはね、水神龍オーケアニス様の祠の本堂があるんだよっ!」
「本堂?」
「シグレにある祠よりおっきいの。もし興味あるなら、ちょっと危険だけど島に行ってみると良いんじゃないかなっ? ヒトクイサギを倒したホムラくん達なら何かあっても大丈夫だと思うし、お父さんにお願いすれば船を出してもらえるようにするからさっ!」
祠の本堂か……もしかしたらなにか水神龍の新たな手掛かりがあるかもしれないし、行ってみるのもありだな。
「あ、でも気を付けてね。ハイドラ島には〝マーメイド族〟が住んでるから」
「……え? マーメイド?」
「人魚が住んでるにゃ!?」
「……まあ、メイドさん」
水神龍伝説があるハイドラ島の人魚か……なんだか面白くなってきたな。
「ホムラくん、食べられないように気を付けてねっ」
「それはどっちの意味にゃ!?」
……なんだか怖くなってきたな。
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