第67話 祠守



「かっかっか! そうかそうか、カマドの炎神龍様を見てからこっちに来たのか」



「は、はい」



「おじいちゃん、何者にゃ?」



 シグレの街にある神龍様の祠を調べていたオレたちの元に現れた、謎の筋肉ムキムキ爺さん。

海パン一丁で片手にモリを持っていて、なんというか、いかにも『昔ながらの素潜り漁師です』みたいな出で立ちをしている。



「ワシは祠守のデンゲンじゃ!」



「……ほこらもり?」



「この水神龍様の祠を代々管理しておるんじゃ」



「なるほど、墓守みたいなもんか」



 前にカマドの街でアムラから聞いた話では、今オレたちがいるシェンドラ王国では女神信仰のポルテト教が国の宗教となってから、それまで広く親しまれていた神龍信仰は徐々に下火になって、今ではエルフ族などの長寿の亜人族やポルテト教が浸透していない一部の地域の人が僅かに信仰している程度だと説明された。



 このデンゲンと名乗った爺さんは見た感じ普通の人間族だ。

きっとシグレの神龍様の祠守として先祖代々受け継がれてきた信仰心により、今でもこうやって大切にしているのだろう。



「ちなみにその手に持っているモリはなんなんだ? 素潜りで魚を獲る器具ではないのか?」



「これは祠にいたずらする奴らをぶっ殺す武器じゃな」



 いや怖えよ。

下手したらオレたち背中からブスっとやられてたぞ。



「お主たち、シグレの水神龍様のことが知りたいんじゃろ? それなら祠守のこのワシが説明してやろう!」



「おお、それは助かるな」



「是非おねがいしたいにゃ」



「……ほこーら、いつもありがとう」



 オレたちみたいに神龍信仰に興味を持つ若者は少ないのだろう、デンゲンさんは嬉しそうにシグレの水神龍様について話してくれた。



「まずこの祠に祀られている水神龍様じゃが、本堂はハイドラ島のおゴホッゲホッグホッ……!?」



「爺さん!?」



 勢いよく話し始めたデンゲンさんだったが、速攻でむせて片膝をついてしまう。



「だ、大丈夫かにゃ……?」



「チユ、なんかいい感じの治癒魔法とか頼めるか?」



「……わかった」



 ヒーラーのチユにチユ魔法……じゃなくて治癒魔法をかけてもらい、爺さんを近くのベンチに寝かせる。



「ス、スマンのう……ワシはもう長くないかもしれん……」



「おじいちゃんしっかりするにゃ!」



「急に弱気になるなって爺さん、さっきまで筋肉ムキムキだったじゃねえか」



 いや今も筋肉ムキムキではあるんだが。



「少年、名前はなんと言ったかのう……」



「オレか? オレはホムラだ」



「ホムラ……良い名じゃ。ごっほげっほ!」



 そう言ってデンゲンさんはまた少し咳き込んだ。

なんだろう、少しわざとらしい感じが……いや、死にかけてる人にわざとらしいとか無いよな、うん。



「ホムラよ、神龍様を大切にしてくれているお主に頼みがある……」



「な、なんだ……?」



 デンゲンさんは死にかけの震える声でオレに最後の願いを託した。



「ワシの孫娘と結婚して祠守を継いでくれんか……?」



 …………。



「は? 孫と結婚?」



 この爺さん、死に際にしれっとオレを後継ぎにしようとしてやがる。



「そ、そんなのは認められないにゃ!」



「ゲホッゴホッ! ゴッホゴッホ!」



「そんな昔の絵描きみたいな咳き込みしたってお願いは聞けないにゃ!」



「なんだよ絵描きみたいな咳って」



 隣を見ると、首をかしげながら治癒魔法をかけ続けるチユの姿が。



「どうしたチユ?」



「……魔法、きいてない」



「そうか、ワシはもう魔法が効かないくらい末期……」



「……そもそも病気じゃない、感じ」



「…………」



「あーっ!! お祖父ちゃんまた祠に来てる!!」



「ん?」



 祠近くのベンチでオレたちがわちゃわちゃやっている所に1人の女の子がやってくる。

シグレの街でよく見かける健康的な褐色の肌に、こちらは少し珍しい青みがかった淡い銀色の髪。

歳はオレよりも少し上……アムラと同じくらいだろうか。



「お祖父ちゃん、今日は老人会に行く日でしょ!? 副会長なんだからサボっちゃダメだよ!」



「あっやべ……そ、それじゃあホムラよ、水神龍様の話はまた今度じゃ」



「おい」



 デンゲンさんは今までの衰弱ぶりが嘘のようにバッと起き上がると、女の子と逆方向に逃げ去っていった。

めちゃめちゃ元気じゃねえか。

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