第44話 チユの悩み



「……こんちは」



「チユ、こんにちにゃ」



「元気してたか?」



「……まあまあ」



 オレとクロムが泊っている温泉宿・四万屋に訪ねてきたのは勇者ギルドのクラン『女神の聖火』のヒーラー、ハーフエルフのチユだった。

そういえばチユとはギルド会館で初めて会ったとき以来だ。

エルフ族が多く暮らす秘境の集落出身らしくて、少しカタコトっぽい話し方をする。

ネコネコ族のクロムに親近感を覚えているのか、ふたりは結構仲良くしているらしい。



 ちなみにアムラは『ホムラくん、また可愛い子と知り合いになって……』とか言いながら宿の仕事に戻っていった。



「チユ、今日はどうしたにゃ? 宿まで来たってことは、なにかクロたちに用があるんだにゃ?」



「もしかして、アスベルになにか言われたか?」



 オレは決闘、クロムは勧誘に嫌気がさしてここ数日は宿に引きこもっていたのもあって、四万屋を出禁になっているアスベルがしびれを切らして説得のために寄こしたのだろうか。



「……リーダーには、内緒で来た」



「そうなのか?」



「……ここなら、女神の聖火、来ない」



「なんだか不穏な空気にゃ」



 チユは自分のクランメンバーにはここへ来ていることを隠しているらしい。

ということは、アスベルの件とは関係ないのか……?



「……ホムラ、お願い。リーダーを倒して……チユを、解放してほしい」



「なんだと?」



 ―― ――



「それじゃあ、チユは期間限定で冒険者をやる予定だったってことか」



「……エルフの村、戻る予定だった」



 チユの話を詳しく聞いたところ、彼女が住んでいたエルフの集落の慣習として、一定の年齢になったら人間族が暮らす街で短期間生活をして、期間が来たら集落に戻ってその経験を生かす……みたいな感じのライフイベントがあるらしい。

一度集落へ戻った後に、やっぱり自分は外の世界で生活したいということであれば再び旅には出れるらしいので、そこまで厳しい慣習というわけではないそうだ。



 チユはこの街に来たときのオレと同じようにまず冒険者ギルドに登録してひとりで活動していたところ、当時はまだ冒険者だったアスベルに声をかけられてクランに所属することになったのだが……



「……最初、クエストのお願いって言われた」



「騙されてクランに入れられたってことか?」



「ひどいにゃ!」



 クエスト依頼として一時的にヒーラーが欲しいとのことだったので、それならと承諾してクエスト依頼書にサインをしたらそれがクランの所属契約書だった……というのが彼女の説明だ。



「……人間族の文字、読むのはまだむずかしい」



「クランって勝手に抜けたりできないのか」



「クランごとの契約内容次第だったと思うにゃ」



「……ちーは、リーダーの許可が無いと抜けられない、らしい」



「それは……」



「自分勝手すぎるにゃ」



 最初、気づかずに『女神の聖火』のヒーラーとして活動し、しばらく経ってもクエスト依頼が完了しないと思ったチユが冒険者ギルドに確認したところ、チユがサインしたのはクランの所属契約書で、契約の解除にはクランリーダーの承諾が必須という条件が記載されていると説明を受けたらしい。

なんというか、ブラック企業もびっくりの手口というか……悪徳芸能事務所みたいな契約方法だな。



「……ちーは、おうちに帰りたい」



「なるほどな、クロムを欲しがってるアスベルと決闘する条件に、オレが勝ったらチユを解放する条件をぶつけてほしいってことか」



「……ちーの話、自分勝手。でも、ホムラ強いの、分かったから」



「チユは見る目があるにゃ! ホムラはめっちゃ強いにゃ!」



「そんなこと……でもまあ、そうだな。あの女好き詐欺クランリーダーよりかは強いぜ、オレは」



 格上の勇者だろうが魔王の手下だろうが、そんな卑怯なことをするやつには負ける気がしないな。



「チユ。お前のクエスト依頼、オレに引き受けさせてくれよ」



「クロも賛成にゃ!」

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