慌ただしい朝

正鵠ニュータウンに朝が訪れた。


住民の近代化に伴い、朝を告げるものはニワトリのときの声から目覚まし時計のビープ音へと取って代わられたが、それでも住民の朝が慌ただしく始まる事に変わりは無い。


雅史の朝は早い。

職場がある鳥見ヶ丘までは電車で15分程度だが、雅史の場合は家から最寄り駅までが、歩いて通うには聊か遠いのだ。


朝ごはん代わりに職場で飲用するチューブ入りゼリーと、書類の束をカバンに詰め、大急ぎで顔を洗い歯を磨き、服を着替える。

この数年間、全く変わらぬいとなみである。


支度が整い、ガレージのシャッターを開けて、愛車の運転席に座る頃には、雅史は既に「仕事モード」に入っている。

愛車を道路まで動かして、シャッターを閉めて、いざ出発!



雅史が住む新興住宅地・正鵠ニュータウンは、丁度雅史の職場である鳥見ヶ丘総合動植物公園の工事着工の頃に住宅地として整地が開始された。

今では守福線沿線でもそれなりに名の知れた住宅地だ。

雅史の住むマンションは、そんな住宅地を見降ろす丘の上にある。


マンションから続く緩い坂を車で移動すると、出来て間が無い白い家並みが、朝日の中に輝いて見える。

時々スーパーマーケットとコンビニと、洒落た造型のマンションが見える他は、殆ど同じような光景だ。

そして丘から続くなだらかな坂の眼下には、新しい家や宅地造成中の空き地がちらほらと見える。

さらに遠くには、ぼんやりと海が見える。

守福線を鳥見ヶ丘とは反対方向に乗り継ぎ、竹下駅で波鶴本線に乗り換えて移動すれば、もっと間近に海が見える事だろう。


水平線の向こうに海、背後に山と、良く考えたら此処は中々のロケーションなのだが、雅史を始め住民の殆どはあまり意識していない。

毎日見ている光景なのでそれが当たり前になっているからかも知れない。



住宅地として整地が始まったばかりの頃は、この近辺も草深い丘陵地帯だった。

雅史も帰宅中、幾度かタヌキやキツネと遭遇した事がある。最も、開発が進むにつれて稀になってしまったが。

そして、野生動物達との遭遇の機会が減るにつれ、動物と関わり合いになる職業に従事する雅史は言いようの無い罪悪感に捉われるのであった。


キツネやタヌキは、何処かで捲土重来しているのであろうか。ふとそんな思いに駆られる事が雅史にはある。

或いはイギリスなどで見られるように、人間の世界に順応したキツネやタヌキがこの先正鵠ニュータウンを賑わすようになるのか。

なったら楽しいだろうなぁ…と雅史は考える。


車の窓から見える光景は、いつの間にか駅前特有の賑やかな佇まいに変わっていた。

ショッピングモールやパチンコ屋が軒を連ねる。そして目の前には「正鵠ニュータウン前駅」の看板が。雅史の車は、駅前のコインパーキングへと吸い込まれていく。

雅史が車を預けて駅に降り立つ頃には、次の電車を求めて大勢の乗客が駅のホームに犇めく事だろう。


雅史の新しい一日が始まろうとしている。

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