Jack the painter外伝〜鳥羽根雅史の日常〜
テクパン・クリエイト
君の始まりの日
「たまには実家に帰って食事していきなさい」
西日本某所にある大型レジャー施設【鳥見ヶ丘総合動植物公園】の飼育課課長・鳥羽根雅史(とばね まさし)の元に母・鳥羽根咲夜(とばね さくや)からそんな電話があったのは、もうそろそろ夏も終わろうと言うある日の事だった。
普段、滅多な事で雅史の私生活に干渉しない母がそんな電話を寄越す事などそれこそ滅多にない話だったので、雅史は聊か狼狽した。
鳥見ヶ丘総合動植物公園で管理職につくようになってから、忙しさを口実にあまり実家に帰って居なかったのは事実だ。
然し、今まで母がその事で苦言を呈した事は無い。寧ろ「忙しいのは良い事よ」と激励の言葉をくれた位なのである。
ひょっとして実家で何かあったのではないか…等と、一瞬暗い考えが雅史の脳裏をよぎる。
そんな事があった翌日。
一日の業務を終え、明日はたまの休日と言うある日、帰り仕度を始めた雅史の元に若い飼育員が数人でやって来た。
「課長、お誕生日おめでとうございます」
「…?」
一瞬雅史の表情が固まる。然しその後、直ぐにその表情は柔らかくなった。
「俺の誕生日を覚えてくれてたのか。ありがとう」
「何もないですけど、良かったらこれ、受け取って下さい」
そう言いながら、女性飼育員の一人が豪奢なブーケを差し出す。
「みんなでお金出しあって買いました♪」
「おおー。重ね重ね済まない。随分立派なブーケじゃないか」
ブーケを片手に、何だかほっこりした気分で帰路についた雅史は、マイカーの運転席で昨日、母から来た電話の内容を反芻していた。
「…」
忙しさにかまけて自分の意識からも遠のいていたが、そう言えば今日は自分の誕生日じゃないか。
母が俺に帰って来いと言った理由は。いやまさか。
(案ずるより産むが易し…だな)
雅史はマイカーを路肩に寄せて止め、カバンの中から携帯電話を取り出した。
「…おふくろ?俺だ、雅史だ」
「あら雅史。お疲れ様。そちらから電話をかけるなんてどう言う風の吹きまわしかしら」
「明日休みになったから久々に今晩帰ろうと思うんだけど、大丈夫か?」
「大丈夫よ。いつでも帰ってらっしゃい。待ってるから」
母の答えは極めて簡潔だった。
**************************
「今日の晩ごはんはいやに豪勢だな」
フライドチキン、ローストビーフ、ポテトサラダ、五目寿司…一体いつ支度して揃えたのかと言う豪奢な料理を前に、雅史の父・鳥羽根濠(とばね ごう)は目を丸くした。
「ローストビーフと五目寿司は昨日から下準備をしておいたのよ」
咲夜の顔がほころぶ。
「…そうか、今日は雅史の誕生日だったな」
濠はしみじみと呟いた。
家族の…濠と雅史の誕生日を迎えた時の咲夜はいつもこうなのである。彼女は夫の、息子の誕生日を絶対に忘れない。
そう言えば、いつかの濠の誕生日の時もこんな感じだった。
「年に一度の記念日ですもの、出来る限り盛大に祝いたいじゃありませんか」
咲夜の顔は、まるで自分の誕生日を迎えたかのように嬉しそうだ。
最も、当の咲夜の誕生日の時は、濠が咲夜を伴ってホテルのレストランで静かな晩餐にて祝う事が多いのだけれど。
車が止まる音がして、その少し後に玄関の呼び鈴が鳴った。
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