第50話 ミライ

「良いんですか、Σ様? あいつら放置しておいて」


 守晴たちがようやく互いを名前で呼ぶことが出来るようになった時、それを彼らに気付かれない距離で見守っていた二人組がいた。その片割れであるαが尋ねると、彼の後ろに立っていたΣがフッと淡く微笑む。


「良いんだよ、α。折角頑張っているのだから、少しくらい気を抜く時があっても良いだろう? 彼らと次はいつ出会うかわからないが、その時は前回よりも更に絶望してもらわなければならないからね」


 Σの手のひらには、小石程の大きさの宝石が二つ転がっている。緑色と青色のそれらは、かつてβとγと呼ばれていた二人のなれの果てだった。

 二つの宝石を愛おしそうに撫でた後、Σは眉をひそめて呟く。


「……彼らの礼もしなくては」

「ボクもそうですが、βもγも貴方のクローンのようなものですからね。二人の分も、ボクがお支えします。ドラゴンたちと共に」

「頼もしいな。……そろそろ行こうか、α。世界を統べるまで、立ち止まるわけにはいかないから」

「はい」


 軽い身のこなしで立ち上がったαは、先に行ってしまうΣを追ってその姿を消した。

 彼らと守晴たちが再び相まみえるのは、後のこととなる。


 ✿✿✿


「――夢世界か」


 いつものように眠った後、守晴は夢世界で目を覚ました。

 目覚めた場所は、守晴がなかなか来ることのない自分の夢世界。かつて荒野が広がっていたそこには、今現実世界の隣近所に似た町並みが広がっていた。


(とはいえ、おれ以外には誰もいないみたいだな)


 巧も幸時もおそらくいない。心から呼べば来てくれるかもしれないが、Σたちに関連しないことで呼ぶのも野暮だろう。見慣れたような見慣れないような、そんなどっちつかずな景色を眺めながら、守晴はあてもなく夢世界を歩く。


(巧、幸時、クラスメイトや亡くなった人の記憶、それに仕組まれた夢世界……。Σに会った後も幾つも世界を巡ったけど、まだあいつらには出会えていない)


 幾つもの夢世界との出会いは、Σによって敷かれたレールの上だったのかもしれない。そんなことを思いながら、守晴は何となく自分が足を向けた方向にある者を眺めた。道の先にあったのは、自分が通う高校によく似た建物。


「呼ばれて、いる?」


 不自然な動悸を感じ、守晴は警戒を高めた。建物には行かなければならない気がしたが、何も携えて行かないのは良くない。


「……来てくれ、ミライ」


 幸時から貰い受けた鉛筆で小さなスケッチブックに描いたのは、昔飼っていた愛犬の姿。ミライと名付け可愛がっていたが、病気で守晴が十歳の時に亡くなった。そのミライという柴犬をイメージして、絵を描く。

 完成した絵は上手いとは言い難かったが、守晴自身のイメージも付加されて天使の翼の生えた柴犬に似た生き物が現れた。そのつぶらな黒い瞳が守晴を見て、一声「わんっ」と鳴く。向日葵を描いてから、守晴は彼を幸時の獅子のように召喚出来るよう訓練して来たのだ。


「ついて来てくれるか、ミライ」

「わふっ」

「あるがとな」


 ふわふわの毛並みを撫で、守晴は目的地となった建物へと向かう。その窓に、Σに似た白い影を見た気がした。


(何となくだけど、巧と幸時も近くにいるな。……あいつら、本当に頼りになる)


 ミライを召喚した直後、別の二つの気配がこの夢世界に降り立ったのを感じた。守晴は肩を竦めて微笑み、迷いを断ち切って前へと進む。


「いた、守晴!」

「守晴くん、巧くん!」

「――ほら、やっぱりいる」


 三人が合流したのは、学校のような建物の門の前だった。


 ――了

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