第49話 新たな力を
ファミレスでの作戦会議をしたその日の夜、守晴たち三人は幸時に呼ばれ彼女の夢世界に来ていた。二人が呼ばれた理由は、まさに作戦会議にある。
「じゃあ、始めよう」
「お願いします、桃瀬先生」
「お手柔らかに、桃瀬先生」
「せ、先生じゃないってば」
花畑のほど近く、守晴と巧は切り株に座っていた。彼らの手には淡く光る鉛筆が握られており、膝にはスケッチブックが置かれている。
先生と呼ばれ顔を赤くする幸時は、こほんと咳払いすると自らも愛用の鉛筆を手にした。空中に絵を描く力を得た彼女は、鉛筆でさらさらと向日葵の絵を描く。向日葵はその後、数秒で実体化する。
「えっと。じゃあ二人には、お花を描くところから始めてもらおうかな」
幸時の指示を受け、守晴と巧は鉛筆を動かす。花ならば何でも良いと言う幸時に見守られながら、それぞれに花の絵を描く。
守晴と巧が持っている鉛筆とスケッチブックは、幸時が絵を具現化する力で生み出したもの。それらを用いて、画獣を生み出す力を得ようというのが今回の趣旨だ。
「でも驚いたよ。葛城くんが『画獣の描き方を教えて欲しい』なんて言うんだもん」
「……今回αたちと戦っていて、一人で複数を相手にするのは限界があるって思ったんだ。だったらしーちゃんたち程でなくても、フォローしてくれるパートナーみたいな存在はそれぞれ必要なんじゃないかって」
「俺もそれを学校で聞いて、確かにってなった。しーちゃんとしーくんをいつでも借りられるわけじゃないし、更に増やすのは桃瀬さんには負担だろうってさ」
「そうなんだね。……わたしが力不足なわけじゃなかったなら、よかった」
「桃瀬さん?」
絵を描くことに集中していた守晴は、幸時が後半何と言ったのか聞き取れなかった。聞き返すと、彼女は緩く首を横に振る。
「何でもない。……じゃあ、あと三十秒ね」
「えっ」
照れ隠しでタイムリミットを告げた幸時に、守晴は急いで鉛筆を走らせる。隣の巧がニヤニヤしていたことには気付かない。
「五、四、三、二……一!」
カウントダウンが終了し、守晴と巧は幸時に出来た絵を見せた。二人の絵を見て、幸時はふふっと楽しげに笑う。
幸時の笑みを見て、巧が「おい」と眉を寄せた。
「下手なら下手って言えよー。自分でわかってるんだからな」
「下手とかじゃなくて、それぞれに注目するところが違って面白いなって思ったの」
「注目するところ?」
「そんなに違うか?」
守晴と巧が頭の上にはてなを浮かべると、幸時は二人からスケッチブックを受け取ると「ほら見て」と彼らに絵を見せた。
「葛城くんは花びら、鈴原くんは種の部分を大きく描いているでしょ? こういうところで個性って出るんだなって」
「……本当だ。こんな風に、人によって見え方って違うんだな」
「だな。……って、感心してる場合じゃないだろ。桃瀬さん、これから後はどうしたら良いんだ?」
幸時に貰った鉛筆とスケッチブックで描いた向日葵は、そのまま絵だ。彼女が描けば即刻具現化されていたため、やはり個人の力を模倣することは出来ないのかと守晴は腕を組む。
しかし、幸時は具現化するためにはもう一つ足りないのだと口にした。
「足りない?」
「そう。自分で描いたものを、どう動かしたいのか、どんなものが心に浮かんでいるからこう描いたのか。そういうことを想像することで、描いたものは夢世界で本物になるの。わたしは描きながらそういうことをイメージするようにって言われて訓練して来たから、描いたら具現化するって思われるかもしれないんだけど」
「……成程、イメージか」
やってみて。幸時に促され、守晴と巧はそれぞれ自分の絵を見つめて想像を膨らませていく。守晴は向日葵と言われて真っ先に思い浮かんだ夏の太陽の下で力強く輝く黄色の花びらを思い浮かべ、更に向日葵の花のイメージも鮮明化していく。
想像がリアルさを増した時、手にしていたスケッチブックがわずかに軽くなった気がした。想像するために目を閉じていた守晴と巧は、ほぼ同時に瞼を上げて目を瞬かせる。
「あ……」
「お……」
さわさわと爽やかに流れていく風を受け、二つの向日葵が守晴と巧の前で揺れていた。彼ら乗せた形状の高さのあるそれは、絵よりも向日葵らしい姿だ。
向日葵が具現化し、守晴と巧は「やったあ」と歓声を上げる。これで第一関門突破だと喜び合った。
「おめでとう、二人共」
ニコニコと称えてくれる幸時に、守晴と巧は「ありがとう」と礼を言った。
「桃瀬さんのお蔭で、一つ前に進めた気がする」
「だなっ。もっと練習を重ねて、しーくんたちとはいかなくても、近付けるくらいになりたいな」
「だったら、きっと練習あるのみだよ。頑張ろう、二人共」
心から嬉しそうに笑う幸時を見て、守晴はずっと考えていたことを提案することにした。ちらりと隣の巧を見ると、彼はニヤッと笑って頷いてくれる。
(おれが何を考えているのかお見通しって顔してるな)
どこまで筒抜けなのか。何となく、巧にそれを確かめるのは怖い気がした。
だから守晴はあえてそのことは口にせず、幸時に向かって「あのさ」と問いかけた。
「桃瀬さんは、おれと巧のことを名字で呼んでくれてるけど」
「え? うん」
「それを……っ。その呼び方を変える気はないか?」
「呼び方を……変え、る?」
それって。口ごもった後、幸時は躊躇いながらも守晴に尋ねる。
「あのそれって……名前で呼ぶってこと?」
「――っ。そ、そう」
無意識に上目遣いになった幸時を目の当たりにして、守晴の心臓が跳ねた。顔が熱いことを自覚しながら、守晴は何度も頷いて見せる。そして、言ってしまえとばかりに幸時への頼みを口にした。
「おれと巧のこと、よかったら名前で呼んで……くれないかな……って」
「声が小さくなってるぞ、守晴」
「こ、こんなこと言うの初めてなんだ! 仕方ないだろ」
巧に言い返し、守晴は黙ってしまった幸時の様子を窺う。
「ど、どうだろうか……?」
「何で突然弱腰なんだよ、守晴」
「うっさいな、巧。ちょっと黙って……」
「――守晴くん、巧くん」
「っ!?」
「おう、呼べるじゃん。幸時」
わいわいと巧と言い合っていた守晴は、不意打ちとも言える幸時による名前呼びで顔を真っ赤に染めた。何も言えずにいると、巧に先を越されてしまう。
「おまっ」
「早いもん勝ち」
「~~っ」
言い返す言葉が見付からない守晴だったが、幸時が不安そうにこちらを見つめていることに気付いて咳払いをした。喉が渇いているが、唾を呑み込んでもどうにもならない。意を決し、目の前の彼女の名を口にする。
「――幸時、さ」
「敬称禁止な、守晴」
「くっ……。ゆき、と……幸時」
「はいっ」
ぱあっと花咲くように微笑んだ幸時。彼女を目の前に照れ笑いを浮かべる守晴。そして、彼らを見守る巧。ちょっぴり甘酸っぱさを含む空気の流れる三人は、そのために気付かなかった。
三人を遠くから見つめる目が、四つあったことに。
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