夢と現の狭間

第48話 ファミレスでの作戦会議

 αたちとの激闘の翌朝、守晴はのろのろと瞼を上げた。


(体っていうか、めっちゃ疲れてるな……)


 体の疲労はそれ程でもない。しかし精神的に疲れているためか、引きずられて動きたくないという気持ちが勝る。

 どうやら、αたちの言っていた精神的疲労が起こるというのは本当だったようだ。


(起きなきゃ。学校……)


 しかし今日は平日であり、巧たちに会って話をしなければならない。守晴はいつもよりも時間をかけてベッドから起き出し、支度を整えて学校へ向かった。


「……精神的疲労って、こんなにしんどいのな」


 教室に着き、守晴は早々に自分の机に突っ伏した。幸い守晴を気にする者はほとんどおらず、次に傍で音を聞いたのは五分程経った後だった。


「守晴、おはよ」

「巧? おはよ。お前、元気なのな」

「空元気だよ」


 どかっと守晴の前の席に座った巧は、守晴の方を向いて頬杖をつく。


「体は元気。けど、思考とかそういうのが停止してるな。今日、小テストとかなくてよかった」

「マジでそれ」


 幸い、今日は座学ばかりだ。体育があったら無理だったなと思い苦く笑う守晴は、ふと教室の様子を見た。

 ふと顔を上げた守晴に、巧が首を傾げる。


「どうした?」

「いや……。昨日あんなニュースがあったけど、教室の中はあんま変わらないなって」

「あれな。……そういや今朝のニュースで、眠ってた奴らみんな起きたってさ」

「そう、か。……何か、もてあそばれてる気がするな」


 眠っていた人々が起きたということは、Σが起こしたということになる。苦々しい思いが湧き上がるのを感じつつも、守晴は一先ず現状を喜ぼうと気持ちを切り替えた。全てΣの手の中かもしれないが、必ずΣを見付け出して事を終わらせる。

 そんなことを考えていたためか、守晴の眉間を巧が指で弾いた。


「痛っ」

「難しい顔してるぞ、守晴。放課後、集まるんだろ?」

「……そのつもり」


 巧が言ったのは、今朝家を出る前にアプリのグループで送信したメッセージのことだ。Σとαを取り逃がした今、彼らを追うためにこれからどうするのかを三人で話し合いたいと守晴が提案した。巧と幸時から早々に了承の返信が来て、場所は幸時の家に近い場所にあるファミレスに決まっている。


「だから、一日乗り切ろうぜ」

「だな」


 二人は拳をぶつけ合い、互いの健闘を祈る。その時、丁度チャイムが鳴り響いた。


「――で、まあ何とか一日過ごしたよ」

「半分寝かけてた現国はヤバかった……」

「あはは……二人共お疲れ様でした」


 ファミレスでドリンクバーを頼み、それぞれの飲み物を持って来たところで守晴と巧が一日のことを何となく言い合う。それを向かいの席で聞いていた幸時は、苦笑い気味にリンゴジュースを一口飲んだ。


「わたしも、初めて授業中に居眠りしちゃった。珍しいから、先生がおっかなびっくりしながら起こしてくれたよ」

「……優等生。俺なんて普段からよく寝てるから、先生起こしてもくれないぜ」

「自分で起きろってことだろ、巧。……って、それは良いんだよ」


 本題に入るぞ。守晴が炭酸とオレンジジュースをミックスしたものを一口飲み、話題転換を試みる。


「さっきネットニュースを見たけど、今朝からは不自然に眠り続ける人は、医療機関に報告はないらしい。一旦、落ち着いたとみて良いんだろうか?」

「わたしのクラスメイトにも二日くらい眠っていた子がいたけど、今日は登校して来てたよ。とっても楽しい夢を見たんだって話しているのは聞いた」

「楽しい夢、か。夢が楽しければ、ずっと見ていたい、起きたくないって思うかもしれないな」


 実際、楽しい夢を見た後に目覚めると「もっと眠っていたかった」と思うことがある。もしもΣがそんな人々の願望を叶える形で夢世界に引きずり込むことに成功していたとすれば、今後もその手段を使う可能性は高い。


「夢の中で恐怖を植え付け捕らえるか、楽しい夢に自ら囚われさせるか。より簡単なのは後者だろうな」

「今回は実験的試みだったってことか? ……夢世界から現実を支配するなんて不可能だって言い切れなくなってきたな」


 難しい顔をしながら、巧は紅茶に口を付けた。ストレートティーが好みらしい。

 そんな話をしていると、店のスタッフが「お待たせしました」とトレイを持って来る。彼女がテーブルに置いたのは、ポテトの盛り合わせだ。


「ごゆっくりどうぞ」

「ありがとうございます」

「とりあえず、食いながら話そうぜ。腹が減っては戦は出来ないからな」


 いの一番に巧がポテトに手を出し、それに守晴と幸時も続く。

 各自好きな時にポテトを摘まみながら、話は本題へと戻る。Σたちを止めるためにやるべきことは何かという話だが、出来ることは一つしかなかった。


「――これからも、夢世界であいつらを捜す。手掛かりは何もないけど、現実で何か異変があれば、夢世界でも何かが起こるから。……後手に回るみたいで悔しいけど」

「こっちは三人いる。俺は兎も角、二人は夢世界を渡れるだろうから、聞き込みしながらあいつらに近付いて行こうぜ」

「そうだね。でも多分、鈴原くんも夢渡りは出来ると思う。そう思わない? 葛城くん」


 幸時に話を振られ、守晴は「そうだな」と頷いた。


「おれが呼べば同じ夢に渡れるし、問題ない。これから力を得るかもしれないしな。夢世界に渡る度、巧のことは毎回呼んでやる」

「そうしてくれ。お前は何となく危なっかし……おい、あれ」


 巧が視線を向ける先を守晴と幸時も見ると、丁度店内に親子連れが入って来たところだった。両親と小さな男の子と、彼よりも少し年長の男の子。巧が言ったのは、年長の男の子についてのことだ。


「……よかった。目覚めたらしいな」

「あの夢世界の」

「だな。走り回ってるし、元気そうだ」


 男の子は、昨晩夢世界で守晴たちが目覚めさせるために奮闘した夢世界の主だ。あの時は眠っている状態しか見なかったが、きちんと目覚めていたらしい。大きな声で、お子様ランチが食べたいと親にねだっている。

 男の子はやんちゃらしく、父親が手を焼いているのが遠くからでも見て取れた。それを見て、幸時が小さく笑う。


「ふふっ。楽しそう」

「そうだな。……そうだ、桃瀬さんに頼みがあるんだ」

「頼み?」


 かくんっと首を傾げる幸時をふと「可愛い」と思い見惚れてしまった守晴は、隣の巧に肘で小突かれて我に返った。咳ばらいを一つして、話を戻す。


「おれたちに、画獣の描き方を教えて欲しいんだ」


 守晴の頼みに、幸時は目を丸くした。

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