第43話 Σ
白い髪、色素の薄い瞳。体の色とは正反対の、黒一色の服装。突然何処からともなく現れたその人を見て、守晴は息が詰まった気がした。
「どうして……貴方が……?」
「おや。記憶はいじったんだけれど、不完全だったらしい。それとも、私が記憶の戸を開けてしまったのかな」
感情の薄い声色で呟き、彼は首をひねる。
α、β、γの三人が、静かに彼の後ろに控えた。そのうやうやしさと親友の変化に疑問を抱き、巧が口を開く。何気ない動きで、守晴を背中に隠す。
「あんた、何者だ?」
「この御方に『あんた』なんて無礼だぞ」
「良いんだ、α」
「ですが……いえ、承知しました」
白い男に
「私の名は、Σ。夢狩人のボスを名乗っている」
「シグマ……。ついでにもう一つ答えろ。どうして、守晴のことを知っている? 少なくとも、俺はあんたと会うのは初めてだ。おそらく、桃瀬さんも。でも、明らかに守晴の反応はおかしい」
巧がちらりと後ろを見れば、守晴が青白い顔をして俯いている。彼の傍にやって来た幸時がおろおろしていたが、そっと両手で守晴の手を包み込んだ。
「葛城くん、独りじゃないよ」
「桃瀬、さん」
「俺もいるしな。……で? どういうことなんだよ、Σさん」
巧の問いに、Σを名乗った男はゆっくりと口を開く。「簡単な話だ」と前置きをした。
「夢世界を渡る力を目覚めさせたのは、他ならぬこの私なのだから」
「何だ、と? そうなのか、守晴」
体ごと振り返った巧の言葉にビクッと肩を震わせた守晴は、わずかな時間躊躇った後に小さく頷いた。
「そう。幼いおれに、夢世界っていうのがあることを教えた人。おれが、ずっと会いたくて捜していたあの人は……貴方なんですか。Σさん」
「ふふ。大きくなったね、守晴。あの時の病弱な子どもが、私に楯突けるほど大きくなったのは感慨深い」
うんうんと頷くΣを見て、守晴は唐突に悟った。もしかしてと思い付いた考えを、慎重に口に出す。
「……貴方は、おれに自分のすることを止めさせたいのか? それとも、反対におれを叩きのめすために夢世界の存在を教えたのか?」
「どちらだと思う? どちらだったとしても、私ときみは対立せざるを得ない。目指す場所が違うから、ぶつかり合うしかないんだ」
残念だ。肩を竦めて眉を寄せる姿は、守晴との対立を望んでいるようには見えない。しかしΣの瞳の奥に別の感情を見付け、守晴は奥歯を噛み締めた。そして無意識に力を入れてしまっていた手を包む温かいものの正体を知り、幸時に対して辛そうに笑った。
「ごめん。ありがとう、桃瀬さん」
「葛城くん……」
たまらない気持ちになった幸時だが、そっと手を離して守晴が飛び出すのを止めることはしない。その代わり、いつでも援護出来るように獅子たちを待機させていた。
守晴は幸時の温かい手が離れ、ふいに寂しくなる自分に驚く。それでも手を握り締め、一歩引いた巧の前に出た。真っ直ぐにΣを見上げ、険しい顔で言葉を紡ぐ。
「Σ、囚われた人たちを目覚めさせろ」
「断ったら?」
「――意地でも助ける。例え、お前たちと何度戦うことになったとしても」
「良い覚悟だ」
楽しみにしているよ。そう言い置くと、Σは踵を返して何処かへ歩いて行こうとする。
まさかそのままいなくなろうとは思っていなかった守晴は、手を伸ばして「待て!」とその背を追おうと足を前に出す。
しかし、その手の前に鋭い牙が立ち塞がった。思わず守晴が手を引くと、顔を突き出していたドラゴンが顔を引っ込める。
そのドラゴンの顎を、αが撫でた。
「いい子だ」
「α、そこをどけ」
「どかないよ。わざわざ、ボスを倒そうという奴を通すほど、ボクはお人好しじゃないんだ」
「そういうことだ」
αの両隣に、βとγが立つ。Σを追うことは出来なくなり、守晴は「くそ」と奥歯を噛んだ。
「みすみす逃がすなんて……」
「まずは、こいつらをどうにかしないといけないってことか」
「うん。でも、やらないとね。でしょう? 葛城くん」
「巧、桃瀬さん……。ああ、そうだな。最初から決めてたんだから」
夢世界に自分を引き込んだ張本人に色々と問い質すことは今出来ないが、やるべきことは変わらない。今すべきは、この夢世界の主を起こすこと。そして、眠らされた人々を全員起こすこと。
「最短ルートは、こいつらを倒して」
「Σって奴を止めること、だな」
「うん」
守晴、巧、幸時の三人は互いに視線を交わし、頷き合う。それを見ていたγが、不意に話しかけて来た。
「最期の挨拶は終わったかい?」
「最期になんかしないけど?」
「んじゃ、行っとくか!」
景気よく合図したのはβ。彼の掛け声と共に、二頭の黒虎たちが地面を蹴って守晴たちへと襲い掛かる。
「ここはわたしたちが!」
幸時の合図で、しーちゃんとしーくんが同時に飛び出す。虎たちに炎と氷で攻撃を仕掛け、隙を作り出した。
「じゃあ私も行こうか」
「あんたの相手は俺がやんよ」
剣を抜くγの目の前に剣を向ける巧は、ひらりと宙を舞うと斬撃を放った。
当然一度目は軽々と受け止められるが、反動をつけて距離を取り、もう一度挑む。次はフェイントをかけ、更に一打、二打と打ち込んで行く。
「なら、あんたはボクだね。守晴」
「ああ、そうだな」
αの左右で、ドラゴンたちが息巻く。普通に考えれば、多勢に無勢。負けることは確定している。
(だとしても、勝ってやる)
守晴は柄を握り、呼吸を整える。そして代わる代わる襲いかかって来るドラゴンたちに向かって、怯まず一歩踏み出した。
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