会いたかった人

第41話 閉じ込めたもの

 臨時ニュースを見たその夜、守晴は誰かの夢世界に降り立っていた。普段ならばそこからすぐに夢の主を捜し出し、影がいれば倒し、いなければ夢の主と時を過ごして現実世界に戻る。しかし、守晴は目の前にあるものが信じられずに思考停止していた。


「……何だ、これは」


 守晴の目の前にあるのは、虫のさなぎのような、まゆのような何か。半透明のそれをよく見つめれば、中に何かがいる。その何かの正体に気付き、守晴は青ざめた。


「見間違いじゃない。中にいるのは人間だ」


 自分を抱き締めるように肩を抱き、体育座りをするような体勢の少年だ。彼の体は蜘蛛の糸のようなものでがんじがらめにされており、蛹の壁のあちこちから糸が伸びている。固く閉じられた瞼は、守晴が幾ら呼びかけようと開くことはない。

 蛹はだだっ広い公園の真ん中、滑り台やブランコという遊具から伸びる太い糸の塊によって吊るされている格好だ。

 舌打ちしたい気持ちを抑え、守晴はどうやって起こすかと考える。しかし、この蛹のようなものを壊してしまっても良いのかと躊躇った。


「ただ壊してはいけないんだろうな、これは……」

「正解だ。よくわかったね」

「――誰だ!」


 守晴が振り返ると、いつの間に現れたのか、壮年の男が一人立っていた。にこやかな表情で自分を見つめる男に若干の気味悪さを感じつつ、守晴は真っ直ぐに彼を見返す。


「……お前は、誰だ?」

「年上は敬うものだろう? まあ、良いさ。我が名はγ。葛城守晴くん、この前はαを助けてくれてありがとう。お蔭で、無事に会うことが出来たよ」

「αを……? もしかして、あの時の保護者って」

「そう。この私、γだ」


 胸をぽんっと叩き、γが目を細める。傍から見れば物腰柔らかそうな紳士の装いだが、守晴には彼の持つ強さが感じ取れた。決して油断するな、と警告音が聞こえる気がする。

 守晴は警戒をマックスにして、手に剣の柄を握る。手のひらには汗がにじんでいるが、夢世界だからと気を抜かずにγの動きを探る。


「γ。お前たちは、何をしようとしているんだ? 人々を眠らせて、こうやってがんじがらめにして……何が目的だ?」

「……βがまだ話していないのに、私が話すのもな。ボスには、そろそろ話しても良いんじゃないかとも言われたが」


 ふむと顎に指をあてるγを見つめ、守晴は気になる単語を心の中で復唱した。


(また、ボスか)


 組織内のボスということは、この騒動の首謀者だ。α、β、γを止めたとしても、ボスを説得して止めさせなければ騒動は続く。解決の最短距離は、ボスが何処の誰かを突き止め直接止めること。


「何を考えているかは知らないが、そう簡単にボスに会えるとは思わないことだな」

「……!」


 守晴の考えを読んだのか、γが勧告する。無意識に下げていた目線の位置を上げ、守晴は唇を引き結んだ。


「……。何故、そんなことを言う」

「簡単な話だ。お前たちはおそらく、この眠っている奴らを起こしたいんだろうからな。起こさなければ、永遠に死ぬまで眠り続けることになるのだから」

「永遠に……っ」


 守晴の眉間のしわが深くなる。眠りが永遠になれば、食べることも学ぶことも遊ぶことも、大切な誰かと会うことも話すことも触れ合うことも、何もかもが出来なくなる。そんなことを、容認出来るはずもなかった。

 守晴は深呼吸を繰り返し、気持ちの高ぶりを抑え込む。


「……」

「おお、ここで激昂すれば面白かったのに。きみは、なかなか自分をコントロールするのが上手いんだな」

「……激昂したところで、自分の体調が良くなるわけではなかったから」


 淡々と言い返す守晴は、突然背後に迫る殺気に気付いて振り返った。すると、目の前に見覚えのある虎が一頭立っている。その鋭利な牙は、守晴の鼻先数センチの場所で光っていた。


「――っ」

「γ、ぬるいんじゃないか?」


 そう言って、虎の横に立つ男がいる。彼と会うのは二度目であり、守晴は眼光を鋭くした。

 γは指摘を受け、肩を竦ませ苦笑いを浮かべる。


「そう言うな、β。彼に説明するのは、きみの役目だよ」

「わかってる」


 βは頷くと、虎と間近に対峙したままの守晴を見下ろす。彼がいるのは、ドーム型のジャングルジムの上。バランスを一切崩さず、虎を侍らせて立っている。


「また会ったな、葛城守晴」

「……β」


 顔をしかめる守晴に、βは口端を引き上げて笑ってみせる。


「約束は約束だ。お前に、オレたちの目的を教えてやろう。ついでに、これから起こることもな」

「そりゃどうも。――っ!」


 真横に殺気を感じ、守晴は飛び退く。その瞬間、さっきまで守晴のいた場所に、虎の太い前足が勢い良く置かれた。あのまま逃げなければ、潰されていたかもしれない。


「あっぶな……」

「よく躱したな。こうやって戦いながら、話してやるよ」


 クックと嗤うβを守晴が睨みつけると、γが「どうせだから、私も参戦しよう」と何処からか弓矢を取り出した。

 全長二メートルはありそうな弓を引き絞り、γは守晴に狙いを定めた。


「さあ、どうする? 一人で私たちは厳しいだろう?」

「――っ」


 γの煽り文句に、守晴は迷った。しかしその迷いはわずかな間のことで、守晴は「仕方ない」と笑う。あの二人を巻き込まないという選択肢は、彼の中にもう存在しない。


「巧、桃瀬さん。……来るなら来い!」

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