第39話 助け
「凄い……」
守晴の髪を熱波がもて遊ぶ。
ドラゴン二頭に対し、画獣であるしーちゃんとしーくんが応戦中だ。前回はドラゴン側に分があったが、今は力が拮抗している。前回の戦闘から、それ程時は経っていないはずだ。αも意外だったのか、わずかに顔を歪ませる。
守晴が振り向くと、幸時は真剣な顔をしていた。守晴の視線に気付き、照れた笑みを浮かべる。
「恥ずかしいな」
「こんな短い期間で、こんなに強くなるものなのか? だとしたら、凄いな。画獣は」
「……画獣は、わたしの想像力だから。わたしにはもともと他人の夢世界へ渡る力はないから、自分の世界で敵を想像して訓練していたの」
幸時の話によれば、彼女の夢世界にドラゴン等の影は出現しなくなっていた。だから訓練の相手はおらず、己の絵を具現化する力で擬似的な敵を生み出し、戦い方を学んでいたのだという。
「画獣はわたしの指示で動くけど、敵にしたものからは、あえてその操縦権を一時的に放棄したの。そうしたら、なかなか強いのが生まれちゃって」
倒すのに苦労した。そう苦笑いした幸時は、しーくんの前にドラゴンの爪が迫っていることに気付いて叫ぶ。
「しーくん、右!」
「しーちゃん援護を!」
続けて放たれたのは、巧の声だ。二人の声に応じ、二頭の獅子はそれぞれ行動に移る。
しーくんが飛び退いた場所にドラゴンが突進し、そこへしーちゃんの炎が浴びせられた。
「ギャウッ」
「やった!」
「巧、まだだ! しーくん!」
「うおっ」
守晴の指示を受け、しーくんが氷のビームを放ち、後ろから忍び寄っていたもう一頭のドラゴンを撃退する。
「巧、しーちゃん!」
「すまん、油断した」
「ああ、無事なら良いよ」
「二人共、あれ!」
幸時の指差す方を見て、守晴と巧は険しい顔をした。
バサリ、バサリ。大きな翼をはためかせ、ドラゴンが守晴たちを見下ろす。その片割れの背には、いつの間にかαが乗り込んでいた。
「α……」
「一気に片付けようと思ったけど、そうもいかないみたいだ。今回は、これで終わらせとこうかな」
「……良いのか? おれを殺さない程度に痛めつけなくて」
αが本気を出したのかはわからない。しかし今、畳み掛ければαが勝つ可能性はないとは言い切れない。そもそも彼は、守晴たちを倒しに来たのではなかったのか。
守晴の問いに対し、αは「やれるもんならやるけどさ」とあっけらかんと言う。
「正直、今は分が悪い。次こそ、βとγと一緒に全力で絶望に突き落としてあげるよ」
じゃあね。αはそう言い置くと、ドラゴンたちに指示して空へと浮かび上がる。そのまま脇目も振らず、真っ直ぐに白濁とした雲の中へと消えて行った。
「……」
「……」
「……」
あまりにも呆気ない戦いの終わりに、守晴たちは互いの顔を見合って黙り込む。
「降りよう」
巧の提案を拒否する理由もなく、しーちゃんとしーくんはゆるゆると地面に降りる。彼らから全員が降りると、幸時が二頭を「お疲れ様」と労った。
「二頭とも、休んでて」
「ガゥ」
「クゥン」
幸時に顔を擦り付け甘えた後、獅子たちの体が淡く光って消える。それから幸時がスケッチブックを開くと、体を寄せ合い眠る二頭の姿があった。
「休めば、二頭とも元気になるよ。だから、大丈夫」
「そっか。……無理させたな、しーくんにもしーちゃんにも」
ほっと胸を撫で下ろし、守晴は紙越しに獅子たちを撫でた。そしてようやく肩の力を抜き、巧と幸時に何故αと戦っていたのかを説明する。
「……っていうことでさっきに至るんだ」
「お前が助けた迷子がさっきのαってやつで」
「αは『夢狩人』で、何かの目的のために夢世界を渡れる葛城くんを邪魔に思っているっていうことだね」
「桃瀬さん、おれだけじゃない。あいつらの標的には、きみと巧も入っている。だから、桃瀬さんの夢世界にαのドラゴンが現れたんだ」
守晴が眉を寄せ、そう指摘する。幸時を責めているわけではなく、二人までも巻き込んでしまった自分と二人を攻撃する夢狩人たちへの憤りだった。
「……ごめん。二人を巻き込んだのは、おれだと思う」
今から一般人に戻ることはおそらく出来ない。それでも言わずにはいられなかった守晴の肩に、巧が正面から手を置いて見つめる。
「――違う」
「っ」
はっきりとした巧の口調に、守晴はビクッと肩を震わせる。俯く彼に、巧は再び「そうじゃないんだ」とゆっくり言った。
「俺は進んで巻き込まれた。だから、責任があるなんて思う必要はない」
「わたしもそうだよ、葛城くん。夢世界で会ったのは、きっと偶然なんかじゃなかったんだよ。出会うべくして出会って、仲良くなれて、一緒に戦いたいって、心の底から思ってる。だから、わたしも連れて行って」
「巧……桃瀬さん……。ごめん、ありがとう」
「あーもう、泣くなってー」
一時的に顔を上げたものの、守晴はすぐに下を向く。巧に茶化され、間髪入れずに「泣いてなんかない」と反論するが、その声はどう聞いても震えていた。
巧と幸時は顔を見合わせ、肩を竦めてそれぞれに守晴を慰める。巧がゴシゴシと乱暴に守晴の頭を撫で、幸時が守晴の背中をさする。二人の厚意が更に守晴の顔を上げにくくしているなど、思いも寄らないだろう。
しかし、あまりにグリグリと無遠慮に撫で回されるため、守晴は耐えられなくなって顔を上げた。
「いい加減にしろ!」
「あ、泣き止んだ」
「泣いてない!」
「ふふっ」
守晴と巧のじゃれ合いを見ていた幸時が吹き出し、男子二人は少し恥ずかしくなって動きを止める。にこにこしている幸時に、守晴は「えーっと」と言葉を探した。
「色々一旦置いておいて、かっこ悪いとこ見せてごめん。……あいつらが何をしようとしているのかはまだ判然としないけど、止めなきゃいけない。だから、おれと一緒に戦って欲しい」
「うん、一緒に戦おう。相手がどんなに大きくても、三人なら大丈夫だよ」
「そういうこと。お前を一人にはしないさ。だから、ちゃんと目を覚まして、母親を安心させてやれ」
「……母さん?」
目を瞬かせる守晴に、巧と幸時は病室での守晴の母の様子を伝える。それを聞き、守晴は「そうだな」と肩を竦めた。
「この夢世界が閉じたら、たぶん起きれる。母さんには謝っておくよ、心配かけたから」
「あと、お礼もね?」
「わかった」
幸時のアドバイスに守晴が頷いた時、丁度夢世界が閉じる時となった。徐々に下りて来る白濁の空を見上げ、三人は笑い合った。
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