第38話 絶体絶命

 無理矢理引きずり込まれた夢世界で、守晴はあるたと名乗っていたαと剣を交えていた。おそらく眠っているであろう自分がどれだけこの夢世界にいるのかわからないまま、必死に柄を握り続けている。


「――ッ!」

「意外と粘るね」

「そりゃ、どうも」


 小学生の小柄な児童のように背の低いαだが、見た目に反して戦闘能力が高い。背中に冷汗が伝うのを自覚しつつ、守晴はチャンスを探し続けていた。


「甘いよ」

「ぐっ」


 剣を振り上げた直後、がら空きになった鳩尾目掛けて拳を叩き込まれる。わずかに身をよじり、守晴はαの拳のあたる位置を調節した。しかしそれでも、ヒットした痛みは守晴の表情を歪ませるのには充分だった。

 よろっと体を揺らすが、守晴は膝をつくことなく足で全身を支える。

 そんな守晴を眺め、αは「へぇ……」と感嘆の声を上げた。


「頑張るんだ。さっさと降参したら早いのに」

「……するかよ。お前の口、割らせてみせるからな」


 何度痛めつけられ実力の差を思い知っても、守晴はαに挑み続ける。夢世界では息切れしないし傷を受けることはないという常識を逸脱しても、口の中に苦いものを感じても、柄を握って挑む。

 そんな不屈の守晴に対し、αもまた驚きを抱えながら剣を操り続ける。実力は確実にαが上だが、守晴が食い下がるのだ。


「単純な剣技じゃ、埒が明かないね! だったら、これで即終了させてやるから!」


 守晴から距離を取り、αがパチンッと指を鳴らす。すると何処からか雷鳴が鳴り響き、天上から二頭のドラゴンが姿を現した。


「ドラゴン……。桃瀬さんの夢世界にいた奴らか」

「正解。あの子もボクらにとっては脅威だから、出来れば夢の中で始末してしまいたかったんだけど……なかなかそうもいかなかったみたいだ」


 αの言葉に、ドラゴンたちが鼻を鳴らす。己の不甲斐なさでも口にしているのだろうか。あいにく、守晴には理解出来なかった。

 だからさ、とαは嗤う。


「ボクらにとって、君たち三人は邪魔なんだ。とある目的のためには、夢世界を渡れる力を持つ者は全て、排除する必要がある」

「……夢は、生きている限り皆見る可能性がある。おれたち以外にも、夢を渡れる力を持つ者はいるかもしれない。これからだって、生まれる可能性はゼロじゃない」

「そうだね。だから、芽は一つずつ、確実に潰すんだ。――まずは、きみたちさ!」


 行け。αの指示を受け、ドラゴン二頭がいななく。その低音は空気を揺らし、守晴は圧に負けないように気合を入れ直す。

 守晴へ向かって、二頭のドラゴンがそれぞれ炎と光の放射を行なった。あまりの眩しさと威力に、守晴は最期を覚悟して全力の防御壁を想像する。

 パキン。涼やかな音と共に、守晴の目の前に半透明の壁が出現した。それに炎と光がぶつかり、ぶるぶると震える。


(何とか、耐えてくれ!)


 しかし守晴の願いも虚しく、防御壁は限界を迎えた。ピシッと音をたて、ヒビが入る。そのヒビは徐々に広がり、欠片がパラパラと落ち始めた。

 守晴だけではなくαも気付き、薄く嗤う。


「もう、耐えられないみたいだね?」

「くっ……」

「まだ頑張る? もう、きみの力は限界なんじゃないかな」


 αの指摘は守晴にとって図星を突かれるもので、言い返すことが出来ない。しかしその間にもヒビは大きく修復不可能なほどに広がり、ドラゴンたちが息を合わせて威力を強めたことで限界を突破した。


「あっ」

「ドラゴンたち、そのまま消せ!」


 二つの声が同時に発せられ、圧倒的な力が爆発する。

 己を守る手段を失い、守晴はその場に立ち竦んで動けなくなった。コンマ何秒の世界で脳裏に浮かんだのは、折角仲間になれた友人たちの姿。


(ごめん。巧、桃瀬さん。……本当に、ごめ)


 目を閉じかけた、丁度その時だ。守晴の耳に、短い雄叫びが二つこだました。それに聞き覚えがあり、パッと瞼を上げる。その瞬間、守晴は何かに体当たりされてかっさらわれた。

 一瞬の出来事であったため、守晴は自分に何が起こったのか理解が追い付かない。自分の体が何かに乗せられていることにようやく気付いたのは、それが立ち止まった時だった。


「……うわっ!?」

「何で時間差なんだよ、守晴」

「間にあってよかったぁ……」


 しーちゃんの背中から守晴を振り向き、巧が呆れ顔で笑う。次いで幸時が、しーくんの上でほっと胸を撫で下ろした。彼女の前に、獅子の背中に引っ掛けられたように乗せられた守晴がいる。

 幸時の手を借りまたがった守晴は、突然の仲間の登場に驚いた。それでもまずは礼を言わなければ、と空を駆ける獅子の背で仲間二人に頭を下げる。


「来てくれたんだな。ありがとう、二人共」

「マジでビビったけどな?」

「あとで説明してね、葛城くん」

「ああ、必ず」


 しかしまずは、この状況を脱しなければならない。下を見ると、さっきまで守晴がいた場所が黒焦げになっていた。あのまま助けられずにいたらどうなっていただろう、そう考えると血の気が引く気がした。


「助かった……」

「助かっちゃったな、残念。でも、飛んで火にいる夏の虫っていうやつだよね、これは」


 αがフフと笑い、ドラゴンたちを位置につかせる。守晴たちも方向転換し、改めてフルメンバーで向かい合った。


「全員、ここをお墓にしてあげるよ」

「それは断る」


 ドラゴンたちが雄叫びを上げながら、守晴たちへと襲い掛かった。

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