第4章 それでも夢を見続ける
迷子の正体
第37話 αとの対峙
「夢、狩人……」
αの、ひいてはβの組織の名を聞き、守晴は息を呑む。狩人という名から、何か良くないものを感じる、ただそれだけだ。
黙る守晴の目の前に、αが剣の刃先を向けた。その間、わずか数センチ。
「何のつもりだ?」
守晴が問うと、αは「何のつもりも何も」と笑顔のままで言葉を続けた。
「言っただろう? 『殺さない程度に痛めつけても良い』って言われてるんだってさ」
「……だから、か」
「そう、だからだ……よっ!」
いったん刃を引いたかと思うと、αはその剣を上から叩きつけるように守晴へと振り抜く。それを間一髪で躱し、守晴は握った柄を翻してαに迫った。
ガキンッと金属音が鳴る。剣で受け止められ、更に弾かれた。思わず舌打ちしたい衝動に駆られつつ、守晴はそれを別のものへと変えていく。足に力を入れ、反動で倒れないよう地面を捉える。
「やあっ」
短い気迫の声と共に繰り出される技は、αへ目掛けて飛ばされる。ゴオッと風が巻き起こり、大抵はそれで終わるはずだった。
「――こんなもの?」
「これじゃ無理か」
しかし当然のようにαは斬撃を叩き斬り、余裕の笑みを浮かべる。わかっていたことだが、守晴は顔をしかめることしか出来ない。
(だからって、諦めるわけにはいかないんだよな)
前回のことを思えば、αたちを野放しは出来ない。夢世界を通じて、たくさんの人を苦しませる可能性を持っているのだから。
守晴はクラスメイトや先生たちの辛そうな顔を思い出し、奥歯を噛み締める。
「もう一度行くぞ、α」
「良いよ、守晴。おいでよ、返り討ちにしてあげる」
楽しげなαに煽られそうになり、守晴は浅かった呼吸を意識して深くする。相手の思う壺に入ってしまえば、きっと後はない。
「口を割らせてみせる。――必ず」
「楽しみだなぁ」
ジャキン。およそ友好的ではない音を鳴らし、守晴とαは互いに的を絞って地を蹴った。
✿✿✿
バタバタバタッ。騒がしい足音は、一人の少年から発せられるものだった。
血相を変えて走る彼を、何人かの看護師が引き止めようとして止めている。彼が何処へ向かっているのかわかっていたし、その階には幸いにも他に患者がいなかったから。
「――っ、守晴!」
「貴方、もしかして巧くん?」
勢い良くドアを開けた巧のが目にしたのは、白を基調とした病室とベッドの手前で椅子に腰掛けた女性。彼女に問われ、巧は肩で息をしながら頷いた。
「急いで来てくれて、ありがとう。守晴の母です」
「ご挨拶、しなくて、すみません。鈴原巧、です」
「巧くん。こっちに来て、水飲んで」
「ありがとう、ございます」
巧は守晴の母の招きに応じ、彼女の手から水の入ったコップを受け取った。それをゴクゴクと飲み干し、息をつく。
それから巧は、病室のベッドを見下ろす。そこに寝ていたのは、メッセージをくれた守晴だ。点滴を受けながら、目を閉じている。
「守晴のお母さん、何があったんですか? 俺、守晴からメッセージ貰って返信したんですけど、全然返ってこないから電話して。そうしたら」
「私が出たから、驚いたわよね。わたしも守晴を助けて下さった病院からの連絡で知ったから……。何でも、本屋さんから出た直後に倒れたとか」
どうしたのかしらね。守晴の母は眉を寄せ、眠る息子の額を撫でる。その様子を見ながら、巧は守晴から受け取ったメッセージの意味を考えていた。
(こいつは、あるたくんを見たから話しかけに行くと言っていた。あるたくんってのは、前に助けたって子だよな)
あるたという少年がどんな子どもなのか、巧は知らない。しかし今守晴が眠っているということは、何かアクシデントが生じたということに他ならないのだ。
「巧くん、よかったら座って?」
「あ、ありがとうございます。……あの、これから多分もう一人来ます。その子の分も椅子借りて良いですか?」
「もう一人? 構わないわよ。……あれかしら?」
守晴の母がドアの方を見た直後、控えめな音をたててドアが開いた。そこに立っている少女を見て、守晴の母が目を見開く。
「あら……あらあらあら、可愛らしいお嬢さん」
「桃瀬幸時さんです。桃瀬さん、こちら守晴のお母さん」
「はっ、はじめまして。桃瀬幸時と申します。守晴くんと巧くんと、仲良くさせて頂いています」
「ご丁寧にありがとう。守晴の母です」
挨拶が終わり、幸時も椅子を勧められて腰を落ち着けた。それから巧と幸時は、病院に来てからのことを聞く。
「守晴の後にお店を出た方が気付いて下さったみたいで、救急車で運ばれてここへ。お医者様によれば、原因はわからないけれど寝ているだけだって」
「寝ているだけ……」
「つまり、守晴が起きないと何もわからないってことですよね。今まで、こういうことは?」
巧の問いに、守晴の母は首を横に振る。
「この子は幼い頃から病気がちで体は弱かったけれど、最近は寝込むこともなくなって元気にしていたわ。それに、小さい時もこうやって眠って目覚めないなんてことはなかった。大抵、熱を出したりしんどそうにしていたりしたもの」
「……守晴、目を覚ませよ。待ってんだぞ」
巧はそう声をかけたが、当然のことながら、守晴が目覚めることはない。
面会時間が終了し、巧と幸時はまた来ることを約束して、守晴の母と別れた。担当医師の所へ行くという彼女を見送った後、巧は幸時に「どう思う?」と問いかける。
「怪しいというか、おかしいと思わないか?」
「思うよ。本屋さんを出てすぐに倒れるなんて、何かあったとしか思えない」
「だよな……」
悩む巧の横で、幸時が心配そうに病院を振り返る。
幸時を呼び出したのは巧だ。病院に行く電車の中で、幸時にメッセージを飛ばした。まさかあんなに早く来てくれるとは思わなかったが。
幸時が振り向き、巧に顔を向ける。
「鈴原くん、何かきっかけとか知らない?」
「実は、守晴が倒れる前にメッセージを貰ってたんだ。それが、手がかりになると思うんだけど」
そう言って、巧はスマホの画面を幸時に見せる。そこには、守晴から最後に送られてきたメッセージが表示されていた。
メッセージを見つめていた幸時が、ぽつりと言う。もしかして、と。
「鈴原くん、もしかしたら葛城くんは……」
「桃瀬さんもそう思うよな」
「うん」
明確には言わなくても、二人共頭の中にある考えは同じだった。
「今夜、夢世界に行こう」
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