第36話 相対する者の名は

 結局、守晴は巧と遊んでいる間にドラゴンと同じ気配をまとった何者かを思い出すことは出来なかった。またなと別れる時もそのままで、守晴は眉を寄せた。


「ごめん。思い出せなかった」

「気に病むなよ。必要なら、必ずふと思い出すさ」

「だと良いんだけど」


 巧に軽く背中を叩かれ、守晴は苦笑いを浮かべることしか出来ない。巧の言う通りかもしれないと思い直し、彼と別れた。


「ただいま」


 帰宅し、夕食を食べて風呂に入る。宿題等を終わらせれば、もう寝る時間となっていた。明日も休みのため夜更かししても何とかなるのだが、夢世界に行かなければ虎を連れていた男の正体を知ることも出来ない。


(寝るか)


 くあぁと欠伸をして、守晴はベッドに潜り込む。


 ✿✿✿


 しかしその夜、守晴は夢世界に降り立つことなく朝を迎えた。心身共に休んだことで回復はしていたが、釈然としない。


「まあ……そんなこともあるよな」


 巧に言った通り、夢世界に行かずに朝を迎えることは珍しくない。守晴はそう結論付け、今日は用事もないから家でゆっくり過ごそうかとTシャツに着替えた。


「守晴、お願いがあるんだけど」

「何、母さん?」


 しかし、守晴の計画通りとはいかない。母親に買い物を頼まれたのだ。家から少し離れた商店街にある百円均一ショップで、買って来て欲しいものがあるという。


「暇でしょって、な。まあ、そうなんだけど」


 頼まれたものを買い、守晴は店の外へ出た。まっすぐ帰っても良いが、折角だしと近くの書店に入ってみる。自宅の近所にある書店とはまた違う品揃えで、見ているだけで楽しい。


「……ん?」


 コミックコーナーを物色していた守晴は、ふと目を向けた入口近くの絵本コーナーにあの時の少年がいるのを見付けた。迷子になっていたのを守晴が交番に連れて行った、「あるた」と名乗った子である。

 守晴はスマホを取り出し、巧にあるたに出会ったから話を聞いてみる旨を送った。何故か、そうした方が良い気がしたのだ。それからスマホを仕舞い、絵本コーナーへ近付く。


「『あるた』くん?」

「……」


 しかしあるたは守晴に気付いた様子はなく、そのまま書店の外へ出てしまう。その姿を追い、守晴も店を出た。


(おれ、何で走ってるんだっけ?)


 書店を出た時、あるたは既に走らなければ追い付けない距離にいた。それを見付けた直後、守晴はわずかに眩暈を覚えたが、あるたを追わなければという気持ちが先行して足を動かす。

 おかしいと思ったのは、走り出した直後のこと。守晴は実力以上のスピードで走り、あるたとの距離をぐんぐん狭めている自分に気付いた。

 しかし急に止まることも出来ず、前を行くあるたの手首を掴んで「あるたくん!」と名を呼ぶ。すると呼ばれたあるたが守晴を振り返り、にやっと嗤った。


「こんにちは、守晴おにいちゃん」

「……ん? この気配は」


 不意に守晴に感じられた、あるたのまとう気配。それは思い出せなかった記憶と結び付き、力いっぱい引き出した。思わず息を呑み、守晴はおそるおそる思い浮かんだことを口にする。


「きみは、あのドラゴンの……」

「正解」


 あるたがニッと口角を上げた直後、守晴の周囲の景色が変化する。青かった空は曇りよりも白く濁ったものへと変わり、周囲の景色も荒野と化す。

 突然の変化に戸惑う守晴は、唐突にその理由に思い当たった。


「そうか。本屋を出た時に!」

「察しがよくて助かるよ。気付いた通り、あの本屋を出た後からは全て夢世界だ。きみの本体は、今頃大騒ぎの中にあるか、病院だろうね」

「……だから、おれの意思とは関係なく走っていたのか。きみが、あるたくんがそう仕向けたんだろう? 夢は、意思の強い方が勝つから」

「またまた正解」


 手を叩き、あるたはくるんっとその場で一回転した。それから打ち明け話でもするかのように、人差し指を口元にあてる。


「βが、次に会った時に目的を教えるって言ったんだって? 勝手なこと言うよね、あいつ」

「ベータ? あの虎を連れた男はβっていうのか」

「そうそう。……ああ、ボクの自己紹介が遅れたね」


 楽しそうに笑い、あるたと名乗っていた少年は真名を口にした。


「ボクの名前は、α。以後、お見知り置きを」

「アルファ……」

「そうだよ、守晴。それと、この格好も夢だから。本当の姿は内緒だけどね」

「……」


 次々と明かされる、あるた――もとい、αのこと。まだ謎は多いが、情報過多で守晴は口を閉じた。

 そんな守晴に、αは「あれれ?」とクスクス笑う。


「びっくりしたでしょ? でもこれで終わりじゃない。……ボクら『夢狩人』の目的は、これからが本番なんだから。βじゃないけど、これは挨拶。きみの仲間にもよろしく伝えてよ、守晴」

「これからが本番? 一体、何をしようとしているんだ?」

「……そう言うと思った」


 トンッと地面を蹴り、αは瞬時に守晴の前に降り立つ。目を見開く守晴に、αは更に告げた。


「知りたければ、ボクをある程度満足させてよ。ボスからは、死なない程度なら痛めつけて良いって許可は貰っているんだ」

「死なない程度って……。そもそも、夢世界では怪我なんて……」

「しないと思った? じゃあ、?」

「……!」


 パシュッという音がしたかと思うと、守晴の右腕に痛みが走った。見れば、二の腕に赤い線、切り傷が出来ている。


「痛い……!?」

「……ね? 痛みを感じるだろう?」

「くっ……。お前たちは、一体」


 何者なんだ。守晴の問いに、αは「だから言っただろう?」と肩を竦める。


「『夢狩人』。それが、ボクらの名前だよ」

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