第35話 ハヤシオムライスと唐揚げ丼

 その後しばらくは、現実も夢世界も静かなものだった。守晴は何度も他人の夢世界へ渡ったが、以前のように影を退治したりただ夢の主と話をしたりして朝を迎えていた。時折巧や幸時も合流し、それぞれに経験を積んだ。

 そして、季節は秋から冬へと移り変わる。その頃になれば、全国で悪夢を見たというあの事件はほとんど忘れられ、別の話題へとって代わられていた。


「……でもそういう時に限って、事件みたいなものに巻き込まれるんだよな」

「言うなよ、巧。ガチになりそうで怖い。気を抜くなっていう話だろう?」


 後少しで冬休み、そんな日だった。吐く息が白くなり、そろそろ分厚いコートが必要かと考える頃。

 守晴と巧は何でもないことを言い合いながら、ゲームセンターにやって来ていた。巧が最近ハマっているアニメキャラクターのプライズ品、所謂ぬいが今日から店頭に出ているのだ。

 賑やかなBGMが流れる中、巧は百円玉をクレーンゲーム機に入れた。チャリンと音がして、ゲーム機が動き出す。


「うーん、こっちか?」

「そうだな。……後もうちょい右じゃないか?」

「え、マジ? ……ああっ! 落とした!」

「頑張れ、巧」


 ハンドルを握って四苦八苦する巧を見守りながら、守晴はぐるっと店内を見渡した。彼の立っている場所から見られる範囲は限られるが、こちらを見ている目等は感じられない。


(杞憂に終わればそれで良いんだけど)


 クラスメイトの夢世界で自分たちと敵対する組織の存在を知ってから、ずっと守晴の心はざわついている。このまま彼らを追っていたら、見たくないものを見る気がして。しかしその『見たくないもの』が何なのか、全く分からないが。


「――っしゃ!」

「お、取れたのか!」

「取れたぜ、ほら!」


 巧が手にしているのは、アニメキャラがデフォルメ化されたぬい。主人公のライバルキャラだ。


「やったな、おめでとう」

「へへっ。付き合ってくれてありがとな。さて、何か食いに行くか?」


 気付けば、正午を過ぎていた。守晴と巧はゲームセンターを出て、近くにあったファミレスに入る。するとタイミングが良かったのか、すぐに席へと案内される。


「何にする?」

「俺は……」


 守晴がハヤシオムライス、巧が唐揚げ丼を注文した。それを待つ間に、二人のスマホに幸時からメッセージが入る。アプリを開くと、可愛らしいパンジーとビオラの写真が送られてきていた。これから絵を描くのだという。

 写真を見て、巧が思わず笑った。


「ははっ、平和な写真だ」

「ああ。桃瀬さんの夢世界には、あの後ドラゴンは現れていないんだよな?」

「そう言ってたな。ってことは、あのドラゴンもこの前の男が?」

「いや、おそらく違う。あの人は虎を連れていたし……気配が違った」


 確信を持った守晴の言い方に、巧は「気配?」と首を傾げる。


「気配なんてあるのか?」

「ある。今思えばだけど、あの虎たちとあの男は気配というか、まとっている空気がよく似てたんだ」


 しかし、ドラゴンは虎とは違うと守晴は言う。


「つまり、俺たちはまだあのドラゴンの主人に会ってないってことだよな。……あいつの仲間、何人いるんだ?」

「うん……そうだな」

「守晴?」


 何故か、腑に落ちないという顔をしている守晴。その理由を問おうと巧が口を開いた直後、二人の間に皿が置かれた。


「お待たせ致しました! ハヤシオムライスと唐揚げ丼でございます。ごゆっくりどうぞ」

「ありがとうございます」

「ありがとうございます。……とりあえず、食おうぜ。話はそれからだ」

「ああ、そうだな」


 いただきます。行儀良く手を合わせ、守晴と巧はほぼ同時に食べ始める。どちらも作りたての熱々で、猫舌の守晴はふーふーと息を吹きかけながらオムライスを口に運んだ。


「……で、さっきの続きだけどさ」

「ふぁに(何)?」


 唐揚げ丼を半分程食べ終えた巧に問われ、守晴は口にオムライスを入れたまま応じた。それから飲み込み、水を飲んでから口を開ける。


「あのドラゴンに似た気配、俺は何処かで感じたことがあるんだよな……」

「何処か? それが何処か思い出せたら、あいつの仲間が一人わかるってことだよな?」

「そうなんだけど……何処だったんだろ?」


 記憶が曖昧で、思い出せない。何とか思い出そうと、守晴は眉間にしわを寄せた。


 ✿✿✿


 また別の場所。αは一人、ドラゴンたちと戯れていた。彼がいるのはとある庭園の一角で、今そこにはαとドラゴンたち以外に誰もいない。


「……静かだな」

「やぁ、α」


 そこへ突然姿を見せたのは、αたちがボスと呼ぶ青年だ。彼の姿に驚いたものの、αはすぐに落ち着きを取り戻す。


「こんにちは、ボス。お散歩ですか?」

「そのようなものかな。……次の段階へ向け、一つ踏み込もうかと考えていたところさ」

……」


 穏やかながら、ボスと呼ばれる青年の眼光は鋭い。そのアンバランスさが、周囲の者に恐怖感を植え付けることもしばしばだ。

 αは特に気にせず、何をするのかとボスに尋ねた。するとボスは、秘密を打ち明ける時のように笑う。


「きみに、もう一度彼の前に現れて欲しいんだ。それを皮切りに、夢世界から現実を支配する計画を、一段階進めるよ」

「では、殺さない程度に痛めつけましょうか」

「うん、よろしくね」

「承知致しました」


 αがペコリと頭を下げると、ボスは「では、準備があるから」とその場から風のように消える。後には、再びαとドラゴンたちだけが残された。


「……再び、か。また会えるな、守晴」


 子どもの見た目をしたαが、嬉しそうにククッと嗤った。

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