夢狩人
第33話 挨拶
守晴たちの前に突如として現れたのは、見覚えのない青年だった。二十代から三十代の容姿に、角張った印象のあるガタイの良い男だ。ゴロリと転がった大きな岩の上に、彼は立っている。
見知らぬその男を胡乱げに見上げ、巧が物騒な声色で尋ねた。
「誰だ、お前?」
「年上に『誰だ』なんて、ご挨拶だな。……こいつらの主人だって言えば、答えたことになるか?」
そう笑った青年の傍に、先程から守晴たちを苦しめる二頭の虎が侍る。虎たちの
出来るだけ落ち着くよう自分に課しながら、守晴は男を見上げて問う。
「……この悪夢は、全国での悪夢の多発は、お前の仕業か?」
「オレだけじゃないけどな。オレたちのその上、ボスの命令だ。そして、オレたちの目的でもある」
「ボス……目的?」
「目的は、次に会った時に教えてやろう。……今宵は、こちらも挨拶ついでの土産だ」
満足したとばかりに、男は踵を返す。そのまま去ろうとするのを察し、守晴は「逃げるな!」と斬撃を放った。
「おっと。危ないじゃないか」
「危なげなく躱した……」
見えていなかったはずの攻撃を軽々と躱す男に、幸時は目を丸くする。
改めて柄を握り直した守晴は、振り向いた男にその切っ先を向けた。今相手をする危険性以上に、このまま行かせて良いはずがないという気持ちが勝る。
それは、守晴だけではない。巧と幸時もそれぞれに臨戦態勢を取り、男を睨む。
「おっ、良いね。敵意ばっちりで」
余裕のある態度を見せるのは、虎たちと守晴たちの戦闘を見ていたからかもしれない。そんな悔しさを胸の奥に留めながら、守晴は男の動きを注視した。
しかし少年たちの煽りに対し、男の反応は薄いものだ。クッと嗤うと、ひらりと手を振る。
「じゃあ、また会おう。……ああ、追おうなんてするなよ? お前たちの実力じゃ、返り討ちどころかその場が墓場になりかねないからな」
「……くっ」
二頭の虎を従え、男が霧の向こうに消える。守晴は拳を握り締め、追いかけたい衝動を抑えた。男の言う通り、今のままでは無駄死にするかもしれない。
「……終わった、のか?」
重い空気が流れる中、中村亮がぼそりと呟く。それに対し、巧が「ああ、一旦はな」と含みを持たせて応じた。
「何だよ、一旦はって」
「そのままの意味だよ。さっきの男が言った通り、彼らにとっては挨拶程度の意味しかないんだ」
「つまり、序の口。これからだっていうことだな」
巧の言葉を引き取り、守晴が付け加える。そして守晴は、自分の言葉にぞっとした。
(これから、か。今でさえ、全国で被害が出ているんだ。これが始まりに過ぎないなんて、一体何を考えている? ……おれたちは、やつらから守れるのか?)
眉をひそめ難しい顔をする守晴に、幸時が「今はお疲れ様、で良いんじゃないかな」と微笑んで見せた。
「彼を助けることが出来た。それに、この事態の首謀者の一人を引き出せたっていうのは、今回の成果だと思う」
「桃瀬さん……」
「今太刀打ち出来ないとしても、これからもずっとそうだって決まったわけじゃない。三人いるんだから、絶対大丈夫」
「だってさ、守晴。俺もそう思うんだけど、お前は?」
「おれは……」
考える余地などない。軽く煽って来る巧の額を指で弾き、わずかでも迷いそうになった自分を鼓舞する。「痛っ」という悲鳴が聞こえた気がしたが、守晴は気付かなかったことにした。
「おれも、信じてる。もうおれは、独りじゃないから」
「うん」
「おう」
幸時と巧も、守晴の言葉に笑みを浮かべる。白濁とした空が徐々に下りてきており、もうすぐ夜が明けることを示していた。
「――さて、中村」
「お前ら、俺のことなんて忘れ去ってると思ってた」
「それはごめん」
この夢世界の主である、中村亮。虎との戦闘時に最も怯えていたのは彼だが、脅威が去った今は怯えていたのが嘘のようにすねている。
守晴たちは素直にごめんと謝り、中村亮が気を取り直すのを待った。しかし、待つ時間をそれ程長く取ることは出来なかった。彼自身が意識を浮上させつつあるため、別れを告げる必要が生じたのだ。
「夢世界が終わる……って、どういうことだ?」
夢世界の存在を知らない中村亮の疑問符のついた言葉に、守晴はあらかじめ用意しておいた答えを提示する。
「簡単に言えば、朝が来るってことだ。体が目覚める準備をしているんだよ」
「そういうこと。だからそろそろ起きようぜ」
巧に促され、中村亮は頷く。空の白いものがすぐ近くまで降りてきており、朝はもうすぐそこだとアピールした。
「助けてくれて、ありがとう。三人共」
手を振り、中村亮は霧に巻かれていなくなる。夢の主を失った夢世界は、時を空けずに消えてしまう。
「じゃあ、また」
「うん、またね」
「またな」
夢世界を渡るための扉が三つ現れ、守晴たちはそれぞれに夢世界に出現した扉を通り、自然に目覚めるのを待った。
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