第32話 呼べ
――キンッキンッ!
「――っは! はぁ、はぁっ」
「っのやろ!」
鬱蒼とした森の中、金属が打ち合う音と少年の吐息が響く。それは二組あり、それぞれ守晴と巧が1頭ずつの虎を相手に剣を振るっていた。
夢世界だから身体的な疲れはない。しかし、精神的な何かがゴリゴリと削られていた。
「キリがない!」
「守晴、前!」
「――っ」
巧の注意喚起を受け、顔を上げると同時に剣を振り上げた。虎の前足がのしかかり、力負けしそうになる。守晴は歯を食い縛り、腰の抜けたクラスメイト兼夢の主である
「中村、生きてるな?」
「あ、ああ。こいつら、何なんだよ!? この前から俺の夢に現れて、毎回追いかけられるんだ」
「……意図的な悪夢、か」
意図的な悪夢。ふと思い付いた言葉ではあったが、現状を表す言葉としてぴったりだった。
(何者かが、意図的に悪夢を人々に見せている。……でも、一体何のために?)
考えても答えは出ない。守晴は頭を切り替え、虎との戦闘をどう終わらせるかを考えた。
数も戦力としても、こちらが圧倒的に不利だ。相手はかなり戦闘に慣れていると考えた方が良いだろう。それに対し、こちらはただの高校生。
「どれだけ不利だとしても、諦めるわけにはいかないんだよ!」
半ばやけくそで、守晴は力いっぱい剣を振り抜く。斬撃は虎の横腹を直撃し、吹き飛ばすことに成功した。
わずかな時間だ。虎が再び突進して来るのを警戒していた守晴の耳に、その時巧の声がはっきりと聞こえた。
「守晴! 桃瀬さんを呼べ!」
「巧……」
「お前が言ったんだろ! 俺を夢世界に引き寄せられたのは、夢を渡れるお前が呼んだからだって。だから今回もしもうまく渡れなかったら、お前が呼ぶって!」
成功するまでは、俺が引き受ける。巧はそう言うと、目を閉じて呼吸を整える様子を見せた。更に、守晴の目の前でもう一頭の虎の牙を受け止める。そして押し負けず、気迫と共に弾き返すのだ。
「早く!」
「――っ! 桃瀬さ……ぁあもうっ! 幸時!!」
急かされ、守晴は大声で幸時の名を呼ぶ。その声は真っ直ぐに天へと昇り、雲を引き裂くようにして何かをこの夢世界に引っ張った。
地上に湧き立った雲が消え、一人の少女が目を覚ます。長い黒髪がなびき、手にしたスケッチブックを胸に抱える。その人物の姿を目にして、守晴はほっと息を漏らした。
「桃瀬さ……」
「聞こえたよ、葛城くんの声。……幸時って呼んでくれた声」
「うっ……。き、緊急処置だから。嫌だったらごめん」
そもそも、守晴には女子を名前で呼び捨てにするという経験がない。同性でさえ、大抵は名字呼びで終わる。名前で呼んだのは、実は巧が初めてだ。
耳を赤くして目を逸らす守晴に、幸時「ううん、そんなことない」と首を横にふって微笑む。
「嬉しかった。二人のいる夢世界に行けなかったらどうしようって、行く方法を探していたから。……呼んでくれてありがとう」
「――いや、うん。こちらこそ」
「……お取込み中のとこ悪いけど、いちゃつくのはこいつらどうにかしてからにしてくれ」
冷静聞こえる声で突っ込みを入れたのは、二頭の虎を相手にしていた巧だ。彼の顔はニヤついていて、先程の言葉も本気ではないことがわかる。
しかし巧の突っ込みで我に返った守晴は、同じく我に返った幸時に、現状を簡単に説明した。幸時の飲み込みは早く、早速スケッチブックを開く。
「この虎たちを夢から追い出すってことだね」
「そういうこと。一緒にやってくれないか?」
「今更? 戦わないなら、わたしはここに来たいなんて思わないよ」
愛用の鉛筆を滑らせ、幸時は何かを描き続ける。虎は彼女が描き終われば自分たちへの脅威が増えることに気付いているのか、不意に二頭共に攻撃の標的を幸時へと変えた。
「あ、待て!」
「巧、行くぞ」
「任せろ」
短い掛け合いだけあれば、互いに今何をすべきかはすぐにわかる。守晴と巧は連携して、幸時に襲い掛かろうとする虎たちから幸時を守った。
「――お待たせしました!」
幸時が叫び、両手で持ったスケッチブックを前に突き出すように持つ。するとページが白く輝き、二頭の獅子が現れた。それらに守晴と巧は見覚えがあり、思わず声に出していた。
「しーちゃん」
「しーくん」
獅子の姿をした二頭の画獣は、守晴と巧を見下ろして「ガウッ」と鳴いて見せる。そして軽い身のこなしで虎たちに近付くと、大きな体で突進し、吹っ飛ばし噛み付き追い駆けた。
「二頭が戦っている間に、その男の子を出来るだけ安全なところに」
「中村!」
守晴が呼ぶと、中村亮はしりもちをついている状況から、大慌てで守晴の傍まで這うようにしてやって来た。小パニックを起こしている彼をなだめすかしつつ、森を突き進むかサバンナに出るか。
「もう……何なんだよこれ!?」
「落ち着くのは無理だろうが、大人しくしていてくれると助かる」
守晴は中村亮に幸時のことを簡単に説明すると、彼は納得してから頷いた。
「凄く可愛いから、驚いた。リアルにいるのなら、是非かの……」
「――あの虎の目の前に突き出すぞ、お前」
守晴の口から出た声は低く、怒気をはらんでいた。やり取りを聞いていた巧が吹き出し、中村亮は顔を青くする。
守晴は軽く息を吐き出し、改めて剣の柄を握った。巧と共に立ち、この虎との戦いの最終局面と信じ、同時に力いっぱい斬撃を放つ。画獣たちと協力してフェイントをかけつつ、攻めまくっていると、ようやく虎たちがひるんだ。
「あと一息っ」
「――それは、どうだろうか?」
「えっ?」
突然降って来た声に、四人は思わず動きを止めた。
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