第31話 眠りたくないの夢世界
「……ここか」
守晴が瞼を開けたのは、荒野の中。風のない砂地の上に立ち、周囲をぐるりと見回す。しかし、正体不明の動くものは何もない。
「守晴」
「よう。来れたんだな、巧」
守晴が振り向くと、そこには巧が立っていた。どうやら今回は巧も知っているクラスメイトの夢世界ということで、道が繋がりやすかったようだ。
「桃瀬さんの夢世界に行けたから、巧の夢世界に他と繋がる扉が出来たのかもしれないな」
「確かに、夢を見た直後に自分の前に見たことのない扉があったんだ。それを開けたら、目の前に守晴がいた」
「そっか。後は、桃瀬さんだけど……」
もう一度、周囲を見る。しかし、二人以外には見当たらない。どうやら、幸時はまだ来ていないようだった。
「桃瀬さん、守晴の考えたやり方試したよな?」
「と、思う。メッセージ送って説明したし、彼女は理解していた。……とりあえず、この夢世界の主を捜そう」
「わかった。もしかしたら、別の場所に辿り着いているかもしれないもんな」
守晴と巧は連れ立ち、夢の主であるクラスメイトを捜す。荒野で砂以外は何もないように見えた夢世界だが、歩いているとやがてこんもりとした森が見えて来た。半径一キロもなさそうなエリアに、草木が生い茂っている。
「あそこに行こう」
二人が立ち入ると、外から見るよりも広かった。夢世界にあるあるで、見た目の大きさは内側と同じではない。
守晴は巧と手分けして、クラスメイトの姿を探す。彼は今朝、教室で突っ伏して寝ていた。そして、昼前には早退していたはずだ。
(夢世界が存在するのなら、主は眠っているはずだ。何処にいるんだ、
守晴たちが捜しているのは、クラスメイトの中村亮。普段は所謂陽キャグループに所属し、巧とよく話をしている男子生徒だ。
しかし今朝は、いつもの明るい笑顔は見られなかった。始終ぼんやりとして、眠りこけては起きるを繰り返していた印象を守晴は持っている。
「守晴、あれ」
「ん? あ、あれか」
巧が指差したのは、とある巨木の影。そこに、周囲を気にして身を小さくしている中村亮の姿があった。
どうする? と巧が守晴に目で問う。少し考えて、守晴は巧に耳打ちした。
「巧、剣を抜く準備しておいてくれ」
「わかった」
守晴に剣を渡され、巧は小さく首肯する。それを確かめた後、守晴は中村亮に向かって声をかけた。向こうは、こちらにまだ気付いていない。
「中村!」
「――ッ! 呼ぶな、バカ!」
守晴と巧がいることに驚くよりも先に、中村亮は顔面蒼白にして慌てた。何かを恐れている様子の彼にその理由を尋ねようとした矢先、守晴と巧は同時にその場を飛び退いた。
――ドスッ!
守晴たちのいた場所に降り立ったのは、一頭の虎だ。黒い体に灰色の模様という一風変わった姿をしたそれは、太く鋭い爪で地面を掴むと、低い声で呻った。
「虎!?」
「桃瀬さんの時と違うな」
「何悠長なこと言ってんだよ! 殺されるぞ!」
中村亮の悲鳴に近い叫びが聞こえた直後、守晴は剣を抜いていた。キンッという金属音が響き、柄を握った手にジンという鈍い痛みが走る。
(攻撃が重い)
虎の爪を弾くことに成功したが、それは完全ではない。守晴は頬に違和感を覚えた。触れてみると、赤いものが指につく。
思わず動きを止めた守晴のもとに、離れていた巧が駆け寄る。そして守晴の頬が切れていることに気付き、サッと顔色を変えた。
「守晴!」
「痛みはない。だけど……夢でも見ると痛いような気がするな」
「のんきだな」
呆れられ、守晴は「そういうわけじゃないんだけどな」と肩を竦める。そんな二人をどう思ったのか、虎は再び地面を蹴って守晴目掛けて飛び掛かった。
「――ちいっ!」
「守晴っ」
守晴を助けようと、巧が前に出る。その運動神経を活かしてステップを踏んで虎の爪を回避すると、苛立った虎が巧へと標的を変えた。
「守晴、今のうちに中村を!」
「無茶する……。わかった」
巧の技術と体力を信じ、守晴は隠れている中村亮のもとへと駆け寄る。そして、怪我はないかと尋ねた。
「怪我は、ない。……いつもなら、とっくに俺は」
「ここは、おれたちが食い留める。逃げる当てはあるか」
「そ、そんなのないに決まってるだろ! そもそも何でお前たちがここにいるんだよ! ここは、俺の夢の中じゃないのか!?」
「中村、落ち着……」
不安や恐怖からか、中村亮は半ば混乱状態だ。それをなだめようとした守晴だが、その目的は達成されずに終わる。何かの気配を感じて振り返った守晴たちの目の前に、もう一頭の虎が現れたのだ。模様は最初の虎と同じ、黒い体に灰色の模様である。
「もう一頭!?」
「で、でででで……出たぁっ!?」
「あっ、おい!」
守晴が引き留める隙もない。彼の伸ばした手をすり抜け、中村亮はその場を逃げ出した。追うべきか否かを迷った守晴だが、巧に「行け!」と促されて走り出す。
守晴を後から現れた虎が追い越し、中村亮に追い付こうとする。
「うわあぁぁっ」
「落ち着け中村! ――っ、伏せろ!」
「わっ」
守晴の声に驚いたのか、中村亮はすっ転んだ。そのお蔭で、虎は勢い余って彼に襲い掛かることが出来なかった。大きくジャンプして木々をなぎ倒して着地し、体ごと振り返る。
そして虎の目に入ったのは、こけた中村亮を守るように立ち塞がる守晴の姿だった。
「葛城……? その手の剣って……」
「夢だから。そう思って忘れてくれ」
振り返らず、守晴はそう中村亮に願う。そして、怒りに瞳を光らせる虎に向かって剣を向けた。
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