第30話 悪夢の同時多発

 月曜日になり、守晴はいつも通り高校に登校した。しかし、何か普段と違うような気がして首を傾げる。いつもざわざわと騒がしいクラスメイトたちが、何人か机に突っ伏しているのだ。


(ゲームか何かで寝不足なのか? にしても、クラスの半分くらいも……?)


 流石に多過ぎる。そう思ったのは守晴だけではないようで、突っ伏す友人を案じた他の生徒が、どうしたのかと聞いている様子も見られた。しかし、守晴のいる場所から、彼らの会話は聞こえない。


「守晴」

「おはよう、巧。……お前、どうした?」


 先に登校していた巧が守晴の元へとやって来たが、顔が険しい。このクラスの雰囲気と何か関係があるのかと問おうとした守晴だったが、それよりも先に巧が守晴の手首を掴んだ。


「大変だよ。こっちに来てくれ」

「あ、おい」


 抵抗する間もなく、守晴は廊下の端へと連れて行かれる。そこは以前、守晴と巧が話をした屋上へ繋がる階段だった。階段に腰を下ろし、巧はようやく守晴の手首から手を離す。


「ごめん、痛かった?」

「いや。驚いただけだから、大丈夫。それで話って?」


 教室の雰囲気と関係があるのか。守晴が尋ねると、巧は「ああ」と頷いた。守晴が自分の隣に座るのを見て、口を開く。


「俺が来た時には、何人かもう登校していたんだ。その中の何人かが、眠そうにしていた、だから、その中の一人にどうしたのかって聞いたんだよ。そうしたら」

「そうしたら?」

「……眠いんだって言った。夢見が悪くて、熟睡出来ないんだって」

か。変な夢を見るとか、怖い夢を見るとかっていう?」

「そうらしい。俺が聞いた一人は、『正体不明の化け物に追いかけられる夢を見て、怖くて夜中に目が覚めて眠れない』と言っていた。他にも、『際限なく落ちる夢を見る』とか『殺されかける夢を土曜も日曜も見て眠れない』とか。……どれも、所謂怖い夢ばかりなんだ」


 しかも巧によると、このクラスだけの現象ではないという。他のクラスメイトが別のクラスでもそういう話を聞いた、と証言しているらしい。


「この学校だけで、そんな悪夢が同時多発的に起こることなんて……あり得ないだろう? 大抵、みんな夢のことなんて忘れているだろうし」

「そうだよな。だから調べないとわからないけど、少なくとも、十人以上……もしかしたら五十人とか六十人とかっていう単位で悪夢を見て眠れなくなっている人がいるかもしれないんだ」

「何だよ、それ……」


 守晴は唖然とした。今まで生きて来て、こんな状況に行き会ったことはない。おそらく、今後もないだろうが。

 しかし、辛そうなクラスメイトたちを放置して日常を送れる程、守晴たちの世界は広くない。学校と言う場所に毎日通う以上、彼らを視界に入れずにいることは不可能だ。更にこの状況が学校以外にもあるとするならば、放置は出来ない。


「……夢世界に原因がある、と考えた方が良いだろうな」

「俺もそう思う。でも、どうやったら解決出来るのかさっぱりわからない。誰かの夢世界に調査しに行くか? 今度も願って行けるかどうかはわからないけど……」

「例え不完全な方法でも、それが今一番確実に近い。……休み時間にでも、桃瀬さんにも連絡しよう。もしかしたら、向こうもこっちと同じような状況にあるかもしれないからな」

「わかった」


 一応の方向性が決まった直後、朝のホームルームを告げる。守晴と巧は顔を見合わせ、教室に戻った。

 しかし、そこから普段通りとはいかない。

 まず教室に戻って数分後、数学の教科担任が現れた。そして、衝撃的なことを口にする。


「担任の高橋先生は、今日体調不良でお休みです。……今日は、先生も生徒も休みの者が多いようだ。学校閉鎖や学級閉鎖をしている学校も全国にはあるようだから、皆気を付けるように」


 先生の言葉を聞き、クラスがざわめく。当然、守晴も目を見開いた。


(全国で……?)


 この学校だけ、地域だけではない。唐突に突き付けられた情報に、眉をひそめる。

 すると先生は、ぐるっと教室を見回して険しい顔をした。


「このクラスも同じか。ゲームや動画を見ていたという自業自得の理由以外で寝不足の者、必要ならば親御さんに連絡を取る。起きているのが辛いのなら、応急処置で保健室と多目的室を解放するからいつでも先生に申し出なさい」

「先生、他のクラスでもこういう状態なんですか?」


 手を挙げたのは、クラス委員の男子生徒だ。彼は眠そうではないが、同じクラス委員の女子生徒は机に突っ伏している。

 先生は「そうだ」と頷くと応じ、他の伝達事項を伝えていく。そして一時間目が始まり、やがて昼休みに突入した。


「半分くらい帰ったか」

「みたいだな。誰かが、昼から休校になるかもしれないって言ってた。先生の中にも早退した人もいるって話だし、深刻だよな」

「しかも、これはこの学校だけじゃなくて日本全国で起こっている、か」


 昼休み、守晴と巧はいつもの渡り廊下で弁当を食べながら話す。守晴は先程幸時にメッセージを飛ばし、彼女の学校の状況を尋ねていた。その答えはまだ返って来ていない。


「別のクラスの奴にも聞いたけど、どのクラスも学年も同じみたいだ。どうする、守晴?」

「一度、今夜やってみようと思う。……あ、来た」

「桃瀬さんか?」


 巧に頷き、守晴はスマホを見る。そこには、幸時の学校でも同じような状況であることが記されていた。更に彼女の学友の話から、学校だけでなく会社でも、つまり社会人も悪夢にうなされ眠りを妨げられていることが判明していた。


「……桃瀬さんにも、今夜誰かの夢世界に行くことを連絡した。多分彼女なら一緒に行くと言いそうだけど」

「桃瀬さんがいてくれるのは心強い。けど、条件はかなり難しくないか?」


 前回成功したのは、幸時の夢世界という全員共通で知っている人物の夢世界だったからだ。しかし今回は、守晴たちのクラスメイトとなる。つまり、幸時とは面識もない人物だ。

 巧の不安に最もだと頷いた守晴は、一つ考えがあるんだと応える。


「考え?」

「ああ。一か八かだけど、やってみる価値はあると思う」

「じゃあ、それで行こう」


 理由も聞かずに賛成した巧に、守晴は目を丸くした。


「……聞かないのか?」

「え? だって教えてくれるだろ?」

「――ああ」


 笑い出しそうになって、守晴は頷く。無条件に信じてくれる友だちがいる、それはとてつもない勇気になるんだと知った。

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