第29話 迷子

 守晴が向かったのは、最寄り駅前ビルの中にテナントとして入っている書店だ。この辺りでは最も大きく、品揃えが良い。守晴は読んでいるマンガと小説の新刊、そして目ぼしいものがないかを探しに来たのだ。


「おっ、新刊発見」


 守晴が見付けたのは、続きを待っていたバトルマンガ。異世界が舞台の転生ものだが、何となく夢世界に通ずるものを感じ、勝手に親近感を抱いている。

 その後も三十分程店内を見て回り、空腹を覚えて外に出た。ファストフード店にでも行こうか、と知っている店に向かおうと体の向きを変える。


「……ん?」


 ふと立ち止まり、守晴は前を見て固まった。見付けたのは、道の端にしゃがんで泣いている男の子だ。リュックを背負い、小さくなっている。


(迷子か?)


 キョロキョロ周りを見回すが、親らしき人はいない。というか、何故か丁度人通りが絶えている。

 守晴は何と声をかけようかと思案しながら、男の子の前にしゃがんだ。出来るだけ優しく聞こえるように、ゆっくりと声を出す。


「少年、どうした? お父さんとかお母さんと一緒じゃないのか?」

「……はぐ、れた。ぐずっ」

「はぐれたのか。うーん、どうするか……」


 セオリー通りなら、交番に連れていくべきか。しかし近くに交番はなく、このまま男の子を放置するわけにもいかない。


(交番は、少し離れた所にあるよな。そこまで行くか、この子が親とはぐれた所に行くか)

 守晴は行動に迷い、もう一度少年に尋ねる。


「少年、幾つ?」

「なな、さい」

「七歳なら、わかるか。これから、おれと一緒に交番に行こう。そこで、親御さんを探してもらうんだ」

「……ぐすっ」


 わかったとも嫌だとも言わない少年に、守晴は根気強く説得を試みる。


「交番に着くまでは、おれもきみのお父さんとお母さんを捜す。どうだ?」

「……一緒に、いてくれる?」

「交番まで、もしくは親御さんが見つかるまでは。それまでは、絶対一緒にいる」

「わかった。行く」

「よし、偉いな」


 少年の頭を撫で、守晴は立ち上がると少年に手を差し伸べた。すると小さくて温かい手が応じてくれ、ほっとする。


「まずは、きみが親御さんとはぐれた場所に行こう。どっちから来たか、わかるか?」

「……こっち」

「こっちか。よし」


 少年の指差す方を見て、守晴は足を踏み出す。いつも通りに歩くと歩幅が合わないため、ゆっくりと歩くよう心掛けた。


「……」

「……ぐずっ……ぐすっ」

「……きみ、名前は?」

「あるた」

「あるた、な。あるた、お父さんかお母さん見付けたら言ってくれ。すぐにそっちに行くから」

「ん」


 素直に頷く『あるた』を連れ、守晴は交番に向かいながら歩く。土日ということもあり、町は混んでいた。


「ちゃんと手を握っててくれよ。おれも離さないから」

「……おかーさん、おとーさん……」

「そうだなぁ、寂しいよな」


 幼い子どもの扱いなど、一人っ子の高校生である守晴にはわからない。それでも無下にはせず、何とか少しでも気持ちを晴らしてやろうと苦手な雑談を試みていた。


「おれは、高校生なんだ。あるたは、小学生?」

「……うん」

「学校は通ってるのか?」

「行ってるよ。今日は、おかあさんたちと買い物に来たんだ」

「そっか。おれは、本を見に来た。あるたは見たいものあるのか?」

「……。ぼくのふく、見に行こうねって約束した」

「約束したんだ。じゃあ、早く会わないとな」

「うん」


 ようやく泣き止んだあるたに両親の姿はあるかと尋ねるが、芳しい答えはない。守晴は頭を悩ませつつ、交番にたどり着いた。中には、お巡りさんが二人いるのが見える。


「交番だ。入ろうか」

「……ん」

「よし。……すみません」

「あら、どうかしましたか?」


 応対してくれたのは、女性の警官だ。もう一人は年嵩の男性警官で、あるたを見て少し後ろに下がる。強面のため、怖がらせると思ったのかもしれない。


「実は、迷子らしくて……」

「なるほど。あるたくん、おうちか、お父さんお母さんのスマホの番号、わかるかな?」

「えっとね……あ、これ」


 ごそごそと下ろしたリュックから取り出したのは、メモ用紙。開くとそこには、あるたの親の電話番号らしき数字の羅列があった。


(先にここに電話をかけるべきだったか……。いやでも、誘拐と間違えられても良くないよな)


 守晴はやはり交番が最適解だと思い直し、警官とあるたの会話を聞いていた。

 やがてあるたの保護者と連絡がついたということで、守晴は役目終了となる。あるたの前にしゃがんで目線の位置を合わせると、守晴は「よかったな」と笑った。


「もうすぐ、ご家族来るってさ。あともう少しだけ、我慢していてくれるか?」

「わかっ……た。お兄ちゃんは、もうばいばい?」

「うん。ここにいたら、もう大丈夫だから。おれとはばいばいだ。……この子のこと、宜しくお願いします」


 守晴がぺこりと頭を下げると、警官たちも頷いた。


「任されました。一応、貴方の連絡先を聞いておいても良いですか? 今日一日何もなければ、廃棄しますので」

「わかりました」


 簡単なアンケートのような用紙に記入し、守晴はあるたに手を振って別れを告げた。


(連絡は取れたみたいだし、後は本職の人たちに任せれば大丈夫だ)


 ちらりと交番を振り返ると、あるたが守晴に向かって手を振っている。その顔に笑顔があることに安堵し、守晴は手を振り返して帰宅した。


 ✿✿✿


「――まことにご迷惑をお掛けしました」


 あるたを迎えに来た壮年の男は、そう言って警官たちに頭を下げた。


「いえいえ、私たちは職務を全うしただけです。あるたくん、お父さんに会えてよかったです」

「あるた……、そうか。あるた、お二人にご挨拶して」

「……ありがとうございました」

「よく出来ました。それでは」


 交番からあるたの手を引き出て行こうとした男は、不意に振り返る。警官たちは何か忘れ物かとそちらを見て、突然意識を失った。

 警官二人が起き上がらないことを確かめ、男―γ―はあるた―α―の手を離した。


「α、お疲れ様」

「γ、本当のお父さんのようだったね」

「ふふ。きみに褒められるとは、なかなか嬉しいものだな」


 微笑んだγは、ちらりと床に倒れている警官たちを見下ろす。彼らは呻き、そろそろ目を覚ましそうだ。


「ここを離れるぞ。彼らはお前に関する記憶を失っているのだから」

「わかっている。……あ、そうだ」


 αは交番を出る直前、守晴が書いた紙を手に取った。それをポケットにねじ込み、γについて外へ出る。

 その直後、警官たちは目を覚ます。互いに突然の睡魔に襲われたことを不思議に思いつつ、そのまま職務に戻った。

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