変化する世界

第28話 礼を伝えたい

 翌朝、守晴は朝食を食べてから部屋に戻った。机の上に置いていたスマホを手に取り、メッセージアプリを起動させる。

 開いたのは、巧と幸時との三人のグループだ。


「二人共、スマホ見れるのかな……」


 夢世界で事前宣告しておいたとはいえ、若干の不安は残る。それでもいつでも確認出来るのがアプリの良いところのため、夜までに返信が来れば良いくらいの気持ちでいることにした。

 しかしそんな守晴の心配をよそに、数分後には二人から返信が来る。


『おはよう、守晴』

『夢世界では、助けてくれてありがとう。おはよう、二人共』

「二人共、思ったより早いな」


 ふっと笑みを浮かべ、守晴は新たなメッセージを打つ。


『桃瀬さん、体調はどうだ?』

『体調は良好だよ。今夜寝てみないとわからないけど、もう来ないと良いな……。流石に、連日の戦闘は二頭に申し訳ないから』

『そうだな。もう一晩、様子を見た方が良いだろうと思う。守晴は?』

『賛成。夢世界のことだから現実には何も起こらないと思うけど、二人共気を付けて』

『わかった。葛城くんも、鈴原くんもね』

『おお。二人共な』


 短い会話を終え、守晴はスマホを置く。肩の力を抜き、何となくベッドに倒れ込んだ。夢世界だったとはいえ、気を張る戦闘を全力でやったのだから精神的疲労は大きい。


(桃瀬さんは、何ともないみたいで良かった。巧は……あ、礼言ってないな)


 まさか、巧が幸時の夢世界に辿り着くとは。最初にいないとわかった時、守晴は「やっぱりか」と諦めていたのだ。それでも来たのは、あの白蛇の言うように彼が仲間だからだろうか。


「礼は早めに言うべきだよな」


 体を起こし、スマホを引き寄せる。メッセージアプリを開き、選択したのは巧との個人的なチャット画面だ。


『巧、今良いか?』

『どうしたんだよ? さっきの所で話せば……ハッ、もしや桃瀬さんには言えないような……』

『……何を想像しているのかは知らんが、おそらく違う。それにこっちにしたのは、単純にお前に礼が言いたかったからだよ』

『礼?』


 おそらく、スマホの向こう側で首を傾げているのだろう。そんな巧の姿が見える気がして、守晴はふっと吹き出した。それからすぐに、巧に『桃瀬さんの夢世界に辿り着いてくれてありがとう。巧が一緒に戦ってくれて、凄く頼もしかった』と送った。


(これ……恥ずかしいな)


 一気に送ってから照れを感じたが、既に既読がついているため消すことも出来ない。大人しく巧の反応を待っていた守晴のスマホに、早速返答が返って来る。それは、目を丸くした犬のスタンプだった。次いで、照れている同じ犬のキャラクターのスタンプ。


「……何か言えよ、巧」


 スタンプだけでも勿論会話は成立するが、何か文字情報が欲しい。守晴がそれを要求しようとした直後、巧からのメッセージが表示された。


『待ってくれ、恥ずい、照れる』

『おれの方が恥ずいから。……でも、本音でもあるから』

『……俺は、言ったかもしれないけど、彷徨ってただけだ。どうしようもなくなって立ち止まった時、お前の声が聞こえたから、導かれた。礼を言うのは、こっちの方。あのまま迷っていたらどうなっていたか、わからない』


 守晴は知らなかったが、巧は強がりながらも心細かった。黒と白の世界で、閉じ込められていたらと思うとぞっとする。

 巧から簡単に話を聞き、守晴は『お互い様だな』と返した。


『礼を言いたかっただけだから』


 それだけ打って送り、もう一つ『学校でな』と送ろうとした守晴は、先に巧が送って来た文章を見て固まる。


『でも、かっこよかったぞ。ドラゴンたちを地面に落とした直後に、桃瀬さんを助けに行く守晴は』

「――っ。改めて言われると、相当恥ずかしいな」


 ベッドに突っ伏したくなる気持ちを抑え、守晴は巧に『五月蝿い』と返すのが精一杯だった。


 あの時。ドラゴンたちが地面に落ちた直後、守晴と巧は獅子たちに頼んで急降下した。しかし地面に到着する前に幸時がバランスを崩ししそうな姿を見て、飛び降りたのは守晴だ。その後を獅子たちに追ってもらった巧は、倒れる直前の幸時を抱き留めほっと息をつく守晴を目撃していた。

 当時は幸時を助けることだけを考え、次いでドラゴンたちに気を取られていた守晴は、自分のしたことを思い返して顔を赤くした。夢世界での出来事のため手に感覚が残っているはずもないが、思わずスマホを持たない左手を握り締める。


『照れんなって』


 そんな守晴の心情を知ってか知らずか、巧は形勢逆転とばかりに楽しげだ。

 守晴は言い返す言葉が見付からず、半強制的に『じゃあ、また学校でな!』と会話を終わらせた。するとすぐに巧から、「またな」と手を振るようなキャラクターのスタンプが送られて来る。


「……出掛けよ」


 今日は、駅前のビルに入っている本屋に行くつもりにしていたのだ。気を取り直した守晴はショルダーバッグに財布やスマホを入れ、白い雲が目立つ青空の下へと繰り出した。

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