第27話 幸時の機転

 幸時が思い悩んでいた時、守晴と巧はなかなか突破口を開くことが出来ずにいた。幸時の獅子たちは十分強かったが、ドラゴンを上回ってはいない。


「……守晴、気付いてるか?」

「何に?」


 夢世界で疲れを知らないとはいえ、状況が進んでいる実感がないのはしんどいものがある。何度目かのドラゴンとのぶつかり合いの後、巧が守晴に問い掛けた。


「あいつら、視線も交さずに連携してる。そんなことが可能なのか?」

「夢世界だから、ぶっちゃけ何でもアリだ。相手はドラゴンだから、思念で会話してる可能性もあるだろ」

「もしくは、誰かが操っているかだ。しーちゃんたちみたいにさ」

「……その可能性は大いにあるよな。現に、桃瀬さんの夢世界に何度も同じ影が現れるとも思えない」


 大抵、夢世界に現れる影の形はその時々で変化する。全く同じ気持ちがずっと続くことがないのと同様、主の気持ちの変化に呼応するのだ。

 しかし、このドラゴンたちは何かが違う。意図的に幸時の夢世界に攻めて来ているように、守晴たちには思われた。

 目の前にドラゴンの鋭い爪が突き出され、巧はそれを剣で弾く。火花が散った。


「だからって、このまま責められっぱなしも癪だよな」

「それな。だけど、どうやって一矢報いるよ?」

「それは……」


 巧に問われ、守晴は言葉を詰まらせた。彼自身、必ず勝てる秘策があるわけではない。それでも何とかしなければ、と激しくせめぎ合う獅子とドラゴンの攻防の最中で剣を振るう。


「くっ」


 ガキンッと音をたて、守晴の剣とドラゴンの尾の先がぶつかる。器用にしーくんを躱し、守晴を狙っていた。しかしそのぶつかり合いも一瞬のことで、ドラゴンはしーくんの反撃を見事に躱す。

 互いに致命傷を与えられない。その時だった。


「――いっけぇっ!」


 何かが発射される音と同時に、地上にいる幸時の叫び声がこだまする。何事かと守晴が見下ろした瞬間、しーくんの前に何かが飛び出した。


「壁!?」

「桃瀬さん!?」


 扉程の大きさの壁が、ドラゴンと獅子たちの間に浮かぶ。壁はほとんど透明で、獅子は的確にドラゴンの攻撃を躱した。

 しかしおかしなことに、ドラゴンは今までのように獅子を狙うことが出来ない。光線が明後日の方へ向けられ、腹を立てているのがわかる。


「何でだ!? 凄いな、この壁」

「――そうか、マジックミラーみたいになっているんだ」

「正解!」


 守晴の導き出した答えに、幸時が拍手した。


「葛城くんたちはドラゴンが見えるけど、ドラゴンからはみんなの姿が隠れているの。ドラゴンからは、ただ空が広がっているように見えているはず」

「すっげぇ……」

「ああ。これなら、いけるかもしれない」


 マジックミラーは二枚。どういう原理か、しーちゃんとしーくんの前から動かず、二頭が動くとそれにぴったりとシンクロする。二頭と二枚の動きを完璧に制御する幸時だからこそ出来る技だ。

 守晴と巧はそれぞれドラゴンの背後に移動し、キョロキョロと敵を捜しているドラゴンたちの後頭部に向かって、同時に技を全力で叩き付けた。


「巧!」

「守晴!」

「しーくん、しーちゃん!」


 三人の声が重なり、同時に二頭の獅子が吼えた。

 途端にマジックミラーが四散し、ドラゴンたちが守晴たちの存在に気付く。振り返るが、もう遅かった。


 ――おおおおおぉぉぉぉぉぉぉっ!


 二つの斬撃、水流と火炎の放射、そしてバラバラになったマジックミラーの破片がドラゴンたちを襲う。


 ――ギャッ!


 顔面と顔の側面にそれぞれ攻撃が直撃し、ドラゴンたちはもんどりうって地面に叩きつけられた。その土煙は激しく、小石等も湧き上がる。


「わっ」


 少し距離のあった幸時は、それでも吹き飛ばされないようにするのに必死だ。姿勢を低くするが、風にあおられ倒れそうになる。慌てて手をつこうとするが、間に合わない。


「――っぶな」

「……え」


 倒れたのに、痛みを感じない。ぎゅっと閉じていた瞼を上げ、幸時は息を呑む。彼女のすぐ傍に守晴の顔があり、ドラゴンたちが落ちた方を睨んでいるのだ。そしてようやく、幸時は自分が守晴に抱き留められて助けられたことに気付いた。


「か、葛城、くん……」

「ごめん、桃瀬さん。大丈夫か?」

「あっ……うん。助けてくれて、ありがとう」

「無事なら良いよ。――下ろすな?」


 俯き加減で礼を言う幸時に一言断りを入れて地面に下ろすと、守晴は巧と共に警戒して柄を握り締めた。


「来ると思う?」

「ありったけの力籠めたけど、どうだろうな」

「……これ以上、時はかけられない」


 守晴の言う通り、夜明けが近かった。空の白さが増し、夢世界が閉じる時が近いことを告げている。

 やがて土煙が収まり、ドラゴンたちが首を上げた。いつ攻撃されても良いように体勢を整える守晴と巧と睨み合い、ドラゴンたちは翼をわずかに動かした。


「……?」

「来ない、な」

「ああ」


 ドラゴンたちは、一向に襲って来ない。そればかりか、空を見上げて動きを止めている。

 守晴と巧は目で合図し合い、幸時を促してドラゴンたちから更に距離を取った。何が起こるかわからないからだ。

 やがてドラゴンたちは前触れもなく飛び立ち、何処かへと去って行った。それを見送り、守晴は胸を撫で下ろす。


「何とか、危機は脱したか」

「だな。夜は明ける前でよかった」

「二人共、来てくれて本当にありがとう。……凄く、心強かった」


 ふわっと微笑む幸時を真正面から見てしまい、守晴は胸の奥がドクンと音をたてるのを感じた。顔を赤く守晴は、咳払いをして「と、兎に角」と話題転換を試みる。


「もうすぐ夢世界が閉じる。桃瀬さん、午前中にメッセージ送る。巧もな」

「わかった」

「了解」


 じゃあ、また。三人の姿は白い靄に溶け、夢世界は閉じた。


 ✿✿✿


 標的の夢世界が閉じ、少年の姿をした男はふっと息をつく。そろそろ手下であるドラゴンたちが戻って来るだろうが、どれだけの情報を得られるかと思案した。


「α」

「……β」


 ノートパソコンから顔を上げ、αと呼ばれた少年は眉をひそめる。


「何か用か?」

「冷たいな。さっき、お前のドラゴンたちが帰って来たぞ。迎えてやらないのか?」

「様子を見て来る」


 パソコンを閉じ、小脇に抱えたαが部屋を出て行こうとする。その背中に、βが「言い忘れたことがあった」と声をかけた。


「γが呼んでいた。後で来い」

「わかった」


 パタン。部屋の戸が閉まり、βは軽く鼻で笑った。

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